みにまむ’
=スイート=
− 2 −

 別れたあとも、こんなふうにあったかな気持ち。
 家路はいつも嬉しい。
 今まで一緒にいたことが嬉しくて、どんなことをして遊んだかを話して聞かせるのが楽しみで。
 耳に、風の声。
 気持ちがいい。
 もうすぐ家に着くから、グレミオに今日のことを話そう。
 絵は完成しなかった。
 もっともっと、描きたいことがたくさんあったから。
 だから今度会う時までに描いてくるね、とふたりに言った。
 シーナとルックもそう決めて、3人でお互いに宿題にした。
 そのことも、話そう。
 あとわずかで家に着く……けれど、レイの足はその手前で止まった。
 その家からこぼれる香りが、甘い。
 レイは首を傾げて、
 思わずドアに近付いた。


 台所まで行くと、そこは暖かいというよりも、暑い。
 家人に案内されたレイは、台所に立つ背中を見つけた。
「おねえちゃん」
 声をかけると、驚いたように振り向く。
「レイ。びっくりした、いつ来たの?」
「今だよ。おいしそうな匂いがしたから、来ちゃった」
「食べ物につられたのね」
 ソニアが笑う。
 いつも風になびかせている濃い色の金髪は、今日はきりりと結ばれている。
 それにエプロンがよく似合っていて、普段のソニアとは違う雰囲気だ。
「…めずらしい」
「……ちょっと、レイ、何が?」
「だっておねえちゃんが台所にいる……」
「失礼なことを。こう見えても修行中なんだから」
 憤慨したように言うソニアの手元を覗き込むと、何やらボールがふたつ重なっている。
 さらに背伸びをすると、甘い香りの正体がチョコレートだと言うことがわかった。
「なにしてるの?」
 その正体がわかっても、何故突然ソニアがこんなことを始めたのかがわからない。
 どちらかといえばソニアはおてんばな方で、レイと遊んでくれる時も外に行くことが多かったからだ。
「レイにはまだわからなくていいの」
 つん、と顔を背ける。
 何か気に触ることを言っただろうかとレイは首をひねった。
 と、くすくす笑い声がする。
 振り向くと、ソニアの母であるキラウェアが肩を振るわせて立っているではないか。
「お母さん!」
 娘の抗議はものともせず、キラウェアはレイに手招きをする。
 きょとんとして近付くと、そっと耳打ちするように。
「明日はね、特別な日だから」
「とくべつ?」
「そ。バレンタインって言ってね。大好きな人にチョコを贈る日なんだって」
「……大好き……」
「誰にあげる気か知らないけどねぇ……」
 ちらり、とソニアを見る。
 知っているくせにわざわざ知らないふりをしているような、笑い含みの視線。
「レイくん。こんな娘だけど、末永くよろしくね」
「? うん」
「ちょ…っ。おかーさんっ!!」
「あははは」
 意味がつかめずにレイはすねたようなソニアと笑い続けるキラウェアを交互に見た。
 けれど、頭の中はもう別のことでいっぱいで。
(…好きなひとに、チョコ……)
 それだけが強くインプットされた。


 ばたばた、と大慌てで台所に駆け込む。
 こちらは、自宅の台所だ。
 ソニアの家とは違って、甘い香りではなく、刺激的な香り。
「あ、ぼっちゃん、お帰りなさい。今日はですねー、鶏肉のカレーにしましたよ。そうそう、明日はテオ様が帰ってらっしゃるそうです。ずいぶん急ですけど、よかったですねぇ」
 包丁を持っていたグレミオがちらりと振り向き、嬉しそうにそう切り出す。
「もうすぐご飯にしますから、手を洗ってきて下さいね……って、ぼっちゃん?」
 見ると、レイはぜいぜいと肩を上下させている。
 相当慌てて走ってきたらしい。
 どうしたのだろうかとグレミオは心中穏やかではない。
「ぼっ、ぼっちゃん? ど、どうかしたんですか???」
「あのね……あのね、グレミオ」
「は、はいっ」
 大きく息を吐いて、レイは続ける。
「チョコ、作りたいの」
「は……い?」
 一瞬、グレミオは呆気にとられた。
 どうしてそんなことを急に言い出したのだろう。
 しかし、言ったレイの表情は真剣そのもので。
「あの、ぼっちゃん? チョコレートですか?」
「うん」
「作りたいと言いますと」
「おしえてもらったの。バレンタイン、っていうんでしょ? 好きなひとに、チョコレートをあげるんだって」
「あぁ! 明日のことですね。なるほど、そういうことですか」
 グレミオはようやく合点がいったように頷いた。
 たしかに明日は「バレンタインデー」とカレンダーに書いてあった、その日だ。
 好きな人…普段は告げられない思いを告げる女の子のためのお祭り。
 だから、元来男の子であるレイには関係のないことで。
 困ったように見上げてくるレイ。
 グレミオはちょっと笑って、レイと目線の高さをそろえた。
「…わかりました。でも、ご飯が終わってからにしましょうね。グレミオもお手伝いしますよ」
「うん!」
 レイはぱっと顔を輝かせた。


 そして、天気のよい朝。
 冬特有の高い空、気温は昨日よりもわずかに低い。
 レイは窓の外の青を見つめて、にこりと笑う。
 何度も何度も結んだリボンを直してしまうのは、手持ちぶさただからではない。
「ぼっちゃ〜ん、おふたりが来ましたよー」
「! はぁい!」
 階下からのグレミオの声。
 ふたつの包みを抱えると、ぱっとレイは駆け出した。
「おはよー」
「おはよう」
 シーナの楽しげな顔。
 ルックの穏やかな顔。
 あぁ、ほら、こんなに嬉しい。
「ね、今日ってなんの日かしってる?」
 コートを脱ぎながらシーナが、ふたりの顔を覗き込む。
「今日?」
「うん」
 得意満面のシーナ。
 持ってきた袋の中から、包みをふたつ取りだした。
 そうしてそれをレイとルックに差し出す。
 思わずレイとルックは顔を見合わせた。
「……チョコレート?」
「そ! 受け取って! 母さんにならったんだよ。へただけどね」
 ルックが怪訝な顔をする。
 シーナの差し出したものを受け取って、自分も手提げの中から小さな箱をふたつ。
「…ぼくも。作ったんだ」
 可愛い包装。
 レイもほとりと首を傾げた。
「ぼくも。…じゃあ、みんな、おなじことしてたんだね?」
「あははっ。そうみたいだなっ」
 自分が作った、ふたつ。
 そうして受け取った、ふたつ。
 数は同じ。
 だけど気持ちは、たくさん増えてあふれそうになる。





 大好きなひとからもらったものは、とても嬉しい。
 そのもらったものも嬉しいけれど、
 それをくれた貴方の心が嬉しい。


 大好きなひとに何かを贈りたい。
 その何かが貴方の利益になるとかそう言うことじゃなくて、
 ただ笑ってくれればそれでいい。





 3人がそれぞれに出した宿題の、絵。
 好きな景色を描いた絵。
 その景色の中に、お互いの姿が笑っていた。





Continued...?




<After Words>
うわー。すごー。
何がって……あまりの書けなさがです(汗)。
書けないのに無理矢理書いてるのがありありとわかる
文章ですよねー。ヤバいです。
でもなんとか絞り出してみました。
そんなわけで今年のバレンタインはみにまむ’です。
ちっちゃい3人はなんといいますか…幼い故か、
好意を隠しませんね。書いてて焦ります。

今回は…なんだか女性をたくさん書いたような。
最近のわたしではものすごく珍しいんですが(笑)。
最初はソニアだけのつもりだったんです。
絶対テオ様に手作りでプレゼントすべく頑張るだろうなと。
水軍将としてのソニアばかりが記憶に残っているのは
当然といえば当然なので、いっそのこと17歳の恋する乙女で
書くことにいたしました。
10年前なので、まだキラウェアさんいますし。
…アイリーンさん22だもんなぁ…6歳の息子がいるのに。
日本でも1000年前なら普通だったんですけどね。



戻るおはなしのページに戻る