Second Season Side:A
October 31th, 2004
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− 1 −
今年の秋は、急にやってきた。
この間まであっちへ行ったりこっちへ行ったりで季節を感じる暇がなかったって噂もあるけど。
強い陽射しをよけるためにかぶっていた布でさえ熱くなってどうしようもなかったはずが、ある日その布が防寒具に変わった。
すり抜けていく風が枯れ葉の匂い。
懐かしいグレッグミンスターの景色。
「今夜も寒くなりそうですねぇ。毛布を出した方がいいかもしれませんね」
窓の外を眺めながら、グレミオ。
つい最近まで薄手の布団1枚でよかったのに。
体がついていかなくなりそうなほどに、気温差がすごい。
半月前と10度くらい違うもんね。
風邪でもひいたら大変だ、注意しなくちゃ。
そりゃ、小さい頃に比べて僕も丈夫になったけどさ。
なにせ昔はことあるごとに熱出してたから。
「じゃあ、夕飯はなにかあったまるものにしましょうか。ぼっちゃん、何が食べたいですか?」
「うーん……。そうだな、カレーがいい」
「カレーですね。具は何にしますか? 魚介にしましょうか、それともお肉に?」
「それじゃあ………かぼちゃと挽肉の」
「かぼちゃですか。いいですね、アーモンドと…チーズも入れて」
「うん、そうする」
やっぱりその季節に合うものを食べなくちゃね。
今夜の食卓を思い浮かべて、嬉しくなる。
そういえばグレミオってもともとそんなに料理する方じゃなかったんだって。
それが、僕の家の食事を作るようになってからちゃんとやるようになったって言ってたっけ。
だから今じゃ料理どころか家事全般なんだってこなす。
すごいよなぁ、と思う。
僕も多少の手伝いはするけど、料理なんて出来ないしさ。
けど何が嬉しいって、グレミオの得意料理ってイコール僕の好きなもの、なんだ。
僕の好きなものを、それだけ作ってくれてるんだよね。
大切に思われてるって思うのは、自惚れじゃないよね。
「それじゃ、グレミオは買い物に行ってきますね」
「あ、僕も行く。荷物持ちするよ」
言うと、なくなるんじゃないかってくらい目を細くして笑った。
「では…一緒に参りましょうか」
家路を急ぐ、その間のなんでもない話。
昔と変わらない。
………本当は、いろんな、たくさんのことが変わってしまったんだけどね。
取り返せないことが多すぎて、僕の手のひらじゃ掬いきれないくらい。
実際、信じたくないくらいの何かを取りこぼしてしまっているんだろうな。
大きな袋を提げたグレミオと、ふたりの帰り道。
その先で待っていたのは、大切な人たち。
今だって大切な人たちが待っていてくれてるんだけど………。
「…ぼっちゃん? どうか、されましたか?」
「ううん。なんでもない。……そういえば、クレオたち帰ってきてるかな」
「そうですねぇ。そろそろ帰っているかもしれませんね」
先に立ったグレミオが、ようやく着いた家のドアをがちゃりと開く。
鍵はかかってない。
じゃあ、クレオたち戻ってるんだな。
台所に荷物を置きに行く途中、居間に向かって声をかける。
「ただいまー」
「おかえりー♪ 荷物、重そうだなあ」
「あぁ、うん、平気だよ」
このくらいの重さならなんとも……。
……。
…………。
……………はぁ!?
えええ?
僕はがばっと顔を上げる。
だ…っ、だって、この声…っ。
「シ……シーナっ!?」
「はーいv」
またこいつは脳天気にひらひら手なんか振ってる。
って、おかえり!?
何事!?
「シーナくん、いらしてたんですか。いらっしゃい」
「お邪魔してますー」
………。
グレミオ、なんでふつーに対応してるんだよ…。
ここはどう考えてもつっこむところなんじゃないの?
たしかここ、僕の家のはずなんだけど。
どうしてこいつがくつろいで紅茶なんか飲んでるわけ…?
「おやー、レイ。どうしたんだよその不審げな顔」
「どうしたもなにも。なんでおまえ僕の家にいるの……」
「そりゃ決まってんじゃん。外でクレオさんたちに会ったから入れてもらったんだよ。いくらオレでも他人の家に無断で忍びこんだりしないし? なぁ、レ・イ♪」
「〜〜〜〜っ……。あぁそうだよ僕はおまえんちからおまえが今腰に提げてるその剣、拝借しようとしたよっ」
まだ言うのかこいつっ。
何年前の話だよっっ。
そ、そりゃあれだ、時効にするには早い…かもしんないけどさ……。
グレミオはそんな僕たちのやりとりをどう思ってるのか、にこにこと見てる。
そうして床に僕が置いた荷物を今度はひとりで持った。
「私は夕飯の仕度をしますから、ゆっくりなさってくださいね。シーナくん、今夜はカレーにするんですが…お食事はご両親と?」
「出来ればご相伴願えればなーと。ぜひレイと一緒に。それ以前にオレ、親には連絡せずに来てるんで……。ついでに泊めてもらえませんかー?」
!?
なんだって!?
「あはははは。どうぞ、構いませんよ」
グ…グレミオ……っっ!?
僕は息を吐いて、居間の椅子に座る。
力が抜けちゃったよ、まったく。
テーブルに顎をつけて、手をだらりと伸ばして……とことんリラックスしきった様子のシーナが、ちらりと視線を上げる。
「怒ってる?」
……拍子抜けするようなこと聞いてくるなぁ……。
「別に? 呆れてはいるけど。ここまでちゃんと歩いてきたの? それもひとりでさ」
「うん。オレってちゃんと腕立つしー」
「自分で言うところが怪しいんだよ。一体、なんだってわざわざここまで来たわけ? 親に黙ってってことは資金に困ったわけでもないだろうし」
「もちろんレイに会いに」
っ……。
な、何を言い出すんだこいつは…。
僕に会いに?
ひとりで?
モンスターのうじゃうじゃいる森を抜けて?
「あー…迷惑?」
「めっ、迷惑なんて、言ってないだろ。いるはずもないおまえが家にいるからびっくりしただけで…っ」
うわ、なんだ…?
急に心臓がばくばくいいはじめた……。
どうして?
「そっかー、それならよかった。そこでばっさり切られたら次の目的を果たせないとこだったしな」
「次の目的?」
問い返すと、ぱちんとウィンク。
「そ。レイを攫いに」
「は?」