〜Happy Halloween〜

Second Season Side:B

November 22th, 2004

★ ★ ★







− 1 −

 のんびりと、雲が流れていく。
 薄い青のグラデーションがとても綺麗だ。
 ふわりといくつかの雲。
 なんだかとても静かな光景だと思った。
 空を眺めながら歩く。
 それってすごく怖い。
 足もとに、何があるかわからないから。
 大きな石があるかもしれない、落とし穴があるかもしれない、道を踏み外しているかもしれない。
 刻々と流れていく時間の中で、今は決して平和じゃない。
 だけど、今はそうやって首をあおのかせて歩いていても怖くない。
 穏やかな気持ちのまま、歩いていける。


「危ないよ」
 横から静かな声がかかる。
 そっちを向くと、表情を浮かべないルックの顔。
 ともすれば素っ気なくも聞こえるその口調。
 でも、僕の隣を歩いてる。
 絶対にそこにいなきゃいけないわけじゃないのに、そこにいてくれる。
 顔には出さないけれど、それだけでわかる気がする。
「うん、今日の空は綺麗だもんな。レイって空、好きだよね」
 反対側の隣、シーナの声。
 さりげなく僕の視線の先を知っている。
 僕が今まで生きてきた時間、それを敷き詰めて眺めてみても、シーナのいる時間はさほど大きな面積は持たない。
 でも、その存在感は、気が付くとびっくりするくらい大きい。
 シーナだけじゃなくて、ルックもね。
 だから僕は、心を占める割合は、時間じゃないんだと実感する。
 実感して、それを教えてみたくなる。
 たとえば……。
 本当は、ちょっと手を伸ばしてみたい。
 伸ばしてみた手を、繋いでくれたら嬉しい。
 ……なんて。
 できないけどね。
 反応が怖いような気もするし、そんな子供みたいなこと……。
「…にしても、本当に好きだよね、バイオスフィア城の人たちって」
「あぁ…お祭り騒ぎがね。僕にとっては迷惑この上ないけど」
「あははは。軍って一口に言っても色々あるんだって事だよな」
「あそこは立地いいしね。周囲から人も集まりやすいかな、たしかに」
「立ち寄りやすいのかな、一般人の割合が高くない? オレも抵抗なく入れたし」
「歩いて入れるのもあるだろ」
「あー…そうだね。砦としては弱点もあるけど、ひらけてていいね。……そういえば、湖に浮かんだ城って入りにくいか。キルキスも泳いできたって言うもんなあ……」
 しゃべって、僕は何とか僕を誤魔化す。
 うん、誤魔化せた。
 ふと本当に、手を伸ばしたくなってしまったから。
 もうすぐバイオスフィア城に着く…その前に、試してみたくなったんだ。
 やばい、そんなことしたらどんな反応されるか。
 そうだな、たぶんシーナは嬉しそうにするんだろうな。
 ルックは呆れるかな。
 そんなことを考えるのは、ようやく見えてきたバイオスフィア城…あそこで行われていることから目をそらすためなんだったりして。





 はっきりと城の姿が見えてきた。
 ………黒い。
 あと、オレンジ色。
 普段のあの城の、品格だの重厚さだのといったものが見事に払拭されちゃってる感じ。
 どこまでも「イベントしてます」が先に立ってるというか。
 なんだかなぁ……。
 遊園地とかテーマパークとか…そんな感じがする。
 そのうちアドバルーンでもとばしちゃうんじゃなかろうか。
 今更だけど怖じ気づいちゃうなあ…。
 遠目から見てもわかる楽しそうな雰囲気に飛び込むのは勇気がいるぞ。
 しかも門から3人で入っていったら目立つよね。
 だったらこっそりひとりずつで入った方がいいかな。
 でもひとりで入って誰かにみつかったらそれはそれで終わりだろうし。
 あぁ、別にイベント自体を否定するわけじゃないよ。
 気が紛れていいんじゃないかと思うから。
 だけど、勇気が必要だってあたりは仕方ない。
 そう悩んでいるうちにまた城は近くなる。
 どうしようかな……。
 頭を抱えてると。
「…こっち」
 ルックがぽつんと言って手招きをする。
 僕とシーナは顔を見合わせた。
 なんだろう?
 目的地は目の前なのに。
 疑問をはさむ余地もなく、ルックはとっとと轍の続く道からそれた。
 慌てて後を追う僕たちに気付いてるんだろう、振り返りもせずに大木の陰に入っていく。
「ルック?」
「もうすぐ着くけど、どうしたの?」
 僕たちが口々に聞くと、ようやくちらりと振り向く。
「このまま堂々と門から中に入ったんじゃ目立つだろ。……一気に中まで飛ぶ。あんたの部屋でいいんだよね」
「え? あ、うん。オレの部屋で…」
 なるほど。
 ルックも目立つことを懸念してたんだね。
 だろうな、シーナならともかく、僕たちはどうもああいうノリは苦手だから。
 たぶん周りの人たちのルックに対するイメージは、およそ派手なイベントとはかけ離れているはず。
 そのルックが城から出て行っただけなら理解は出来るけど、わざわざ戻ってきたとなれば目立つだろうな。
 それは僕にも言えることで、一応名の売れてしまってる僕がイベントだからってそんな凱旋みたいな微妙なことしちゃったら………。
 あんまり嬉しくない。
 ……あれ?
 でも。
「ねぇ、ルック?」
「なんだよ」
「ルックの魔法で戻るってこと…だよね?」
「そうだけど。他に方法がある? 瞬きの手鏡はユウキが持ってるんだから」
「あー、うん、そうじゃなく」
 ルックの転移魔法は的確だ。
 面倒だからって言って普段は滅多に使わないけれど、ビッキーの魔法とは正確さがまったく違う。
 ビッキーのは……いろんな意味ですごいけど。
 ルックは誰かを飛ばすだけじゃなくて、複数の人数で行ったり来たりが出来る……と、いうことは。
「転移に使う魔力ってさ。距離とか人数に比例する?」
「急に何を訊くかと思えば…。そうだね、多少は影響するけど。でもさほどの違いはないよ」
「じゃあさ、シーナだけがグレッグミンスターに来て…帰りにバナーまでルックが迎えに来るんじゃなくても、行きも帰りも転移魔法なら簡単だったんじゃないの?」
「!」
 シーナがぽんと手を叩く。
 たぶん城と外部との行き来を手鏡とビッキーに託しているからそこまで気が回らなかったらしい。
 こいつ、回転が速いところは速いんだけどな…。
 ルックの方を見ると、……おや。
 少し目を伏せて……照れてる?
「……滅多にないだろ。レイがシーナとふたりでちゃんと話す時間ってさ。だけど…それもあるけど、それだけなら…シーナを飛ばして、僕があとで合流して…そこから転移すればすむけど。でも………ここまで言えば十分だろ」
 え…。
 そ、そりゃ……なんとなくわかるけど……。
 そう思っちゃってもいいの?
 僕とシーナに時間をくれただけじゃなくて……ルックも、僕と喋りたかったってこと?
 バイオスフィア城に行けば大抵僕はユウキのパーティに加わる。
 3人だけでいられることって少ない。
 シーナは、さっき、去年自分じゃなくユウキが僕を迎えに来たことが悔しかった、って言った。
 ……ルックもそう思ってたって、こと?
 うわ……。
 めっ、珍しいっ。
 ルックって普段そういうこと言わないからっ。
 普段言わないルックが照れながら…って。
 僕の方が照れるよ……。
「………なんかさ……なんか、ふたりとも……」
 もごもごとシーナが口を動かす。
 なんだか呆然とした様子。
「…………なんだよ」
「なんか……」
 っ!!
「可愛いっっっ!!!!」
「わっ…」
「なにすんだ、は・な・せっ!!」
 急に抱きついてくんなーっ!
 突拍子もないんだからっ!


 やれやれ。
 そんなこんなで一悶着あって、僕たちは城の中に入った。
 一瞬ふわりと暖かくなり、もう一度目を開けるとそこはもう室内だ。
 何度か来たことがある、シーナの部屋だ。
 でもこんなふうに転移で入るのは初めてだけどね。
 シーナの部屋に魔法で飛ぶルック、だなんて、なんだか妙な感じがするのは何故だろう。
「レイ? 今なんか余計なこと考えた?」
「え? そんな、滅相もない」
 慌てて否定。
 ルックは勘がいいからな……。
「さぁて。ちょうどいいタイミングだったな。もうすぐパーティ始まるところだよ。早速準備しよーぜv」
 もうすっかりイベントモードのシーナの声。
 はいはい、楽しいこと大好きだもんね。
 去年も数時間に渡ってレストラン近辺で大々的なパーティが催されてたんだけど、なんだかんだ言ってシーナ、輪の中心で盛り上がってたから。
 今年もああいうパーティが…………。
 僕は振り向いて、言葉を失う。
 ………ちょっと待て。
 ちょっと待て、これ……っ。
 まさか?
 救済を求めてルックを見るけど、ルックは小さく肩をすくめた。
「だから、確認しただろ? ここに来るにあたってはちゃんとレイの意思はあったんだろうね、って。そういうことだよ」
「だ…っ、こ……僕……話っ……」
「素直に諦めたら?」
 あきらめ……って、ルック!
 そんな他人事みたいに!!



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