Happy Halloween Second Season
Side : B
− 2 −
………違和感だ。
ものすっごい違和感だ。
鏡に映るあれってば誰だよ……。
膝をつきそうになるのを、なんとか堪える。
「はい、出来たよ。まったく、なんで僕が手伝わなきゃなんないんだろうね」
シーナの衣装を調えながら、ルックの溜め息混じりのセリフ。
まず、ルックがシーナの衣装を…ってところからして間違ってる。
何かが間違ってる。
「おおお、すっげぇ。なんかオレじゃないみたいだと思わない?」
「そうだね、真面目に見えるよ。それじゃあんたじゃないね」
「真面目に見えたらオレじゃないわけ? そりゃないぜルック」
「僕は真実を述べたまでだよ」
夢……。
そうだ、僕まだ目が覚めてないんだ。
夢見てるんだ。
そうだそうだ、きっとそうだ。
今にグレミオが起こしに来るに違いない。
あとは幻かも知れない。
鏡から目をそらして深呼吸すれば、きっと次に鏡を見た時にはいつもの僕に戻ってるはず。
すー、はー、すー、……。
「……って、わー、レイ!!」
わっ。
いきなりシーナの大声。
何事かと思って顔を上げると……突然抱きつかれた。
「ちょ…っ。なぁにすんだシーナっ」
「だって可愛いんだもん〜」
「嬉しいかっ!!」
あれ、お、おかしいな。
目が覚めない…?
僕はすがるようにルックを見た。
「あの…これは一体?」
腕を組んだルックが遠くを見つめる。
「コンセプトは見習い魔法使いだそうだよ」
「僕は…そういうことが聞きたい訳じゃ」
「レイが聞きたいと思ってることは、聞くだけムダなことだと思うよ。諦めて現状に納得しなよ。……レイは今年は仮装班。それ以上のことを聞いても意味はないんじゃないの」
………。
そりゃ…なんとなく気付いたけど。
振り向いたあの瞬間、二組の衣装が吊されてたのを見た。
基本的な型は違うけど、細かい装飾品やら紐の組み方やら……これは、「一対の衣装」だ。
気付いた。
たぶん自分の中で理解もできてたんだろう。
短めの方は魔法使いというより剣士っぽい。
長い方は大きな円錐の帽子までセットになってる。
…あぁ、これはこの長い方着せられるんだろうなあと。
そう思ったら案の定だよ。
でも2着なんだ。
答えはわかってるけど、一応聞いてみるか。
「で……。ルックは?」
「僕が? 丁重にお断りするよ」
…だろうね。
見たかったけどね。
それにしても、だ。
「……シーナっ! いつまでくっついてるんだよっ!!」
パーティの開始まで、あとほんのわずか。
さすがに始まる前からこの外に出るのは抵抗がある。
だから僕は飛び出したがるシーナを押さえつけて、ドアのそばで外を窺っていた。
「なー、ルック、本当に行かないの?」
「何度も言ってるだろ。それでなくとも人が多いのは苦手なんだから」
「でも一緒にいたいのに……」
「わかってるよ。だから、約束しただろ。ちゃんとここにいるって。帰ってきたら迎えてあげるから」
うしろでは、シーナがルックを連れ出そうと説得を試みている。
でもルックは今日は本当に表に出る気はないらしい。
「…ほら。そろそろ時間だ。行っておいで」
ルックの静かな声。
名残惜しそうなシーナがもう一度ルックに抱きついて殴られた。
やれやれ。
『ぱらぱらぱーんっ。只今より、ハロウィンパーティを始めまーすっ!!』
突然、外から明るい音楽。
これって…ユウキの声?
とうとう始まっちゃうのか…。
「じゃ、ちょっと行ってくるからねっ。すぐに戻るからっ」
「いいよ、ゆっくりしておいで」
「あー…じゃあ僕もちょっと出かけてきまーす」
「健闘を祈るよ」
この場合、どうすることが「健闘」なんだろう?
?マークが頭の中にあふれる。
そうこうしてるうちに、シーナに腕を捕まれて、僕は部屋の外に出ていた。
……わー。
なんだか今大きな袋が走ってった。
とんでもなく大きなウサギも走ってったぞ。
ものすごく異様な気がするのは僕だけ……?
なんだかどうしたらいいのかわからなくなって、僕は隣のシーナの顔をちらっと見る。
シーナは嬉しそうに首を傾げた。
気が抜けそうになるくらいに嬉しそうな顔。
……んー…状況を楽しんでればいいってことなんだろうか。
とりあえず、いつまでもここに突っ立ってるわけにもいかないよね。
仕方なく僕は歩き出す。
すると一歩遅れてシーナの着いてくる気配がした。
「…えーっと。なんだっけ。見習い魔法使いだっけ?」
何を喋ったらいいのかもよくわからない。
だからまずそれを話題にしてみた。
「そ。見習いって感じが微妙でいいだろ?」
「微妙、ねえ。よくこんな衣装用意できたもんだと思うけど」
「即席の仕立屋があちこちに出現したんだよ。いい商売になると思ったんだろうなー」
だろうな…この城のお祭り好きを考えれば、願ってもない臨時収入になりそう。
もしかして、その裏で手を引いてるのはあの軍師じゃ、と思わないこともない。
それでこっそり軍資金を集めてるんだったりしてね。
シャレにならないけど。
「でも…服についてるマーク一緒なんだね。同じ魔法使いに師事してる設定なんだ」
「だってどうせならストーリーがあった方がいいじゃん。さる高名な魔法使いの元にひとり普段真面目にやんない弟子がいるところにある日現れた才能持ちの少年……。性格が違うからどうも気が合わない感じがするんだな。そんなふうにぎくしゃくしつつも同じ師の元で修行をしている、と。ところが先生が攫われちゃったりして、旅に出たふたりは力を合わせて先生を救い出すのでした……とかってどう? オレはちょっと剣とかにも憧れちゃってる兄弟子」
「……待った、僕が弟弟子ってこと!?」
「だってレイのが可愛い系統だからさー」
「なんかさ、僕の方がシーナより年上だってこと忘れ去られてない…?」
「もとからレイって幼く見えるよな」
どうせ……。
それに、見た目の年齢はもうシーナに追い抜かれてるわけだから別にいいけどさ。
だけどなんかちょっと悔しいんだよな。
「…いいけど。ただの設定なんだし。しかもそれを触れ回るわけじゃないんだから」
「あ、せっかくだから役になりきる? 行く先々で芝居して回るの」
「冗談! 無理だって。大仰な身振りで『兄さん! 一体どこに先生はいるんだろう…。僕たちの力ではみつからないんじゃないだろうか』…」
「『諦めちゃダメだ。大丈夫だ、必ずオレが何とかするから!』」
「『兄さん、それは封じられた黒魔術…!』」
「『オレのことは気にせずに…先に行け! オレはオレの命より、おまえが大切なんだ…!』」
「『兄さん!』……って待てよなんか方向が違ってきてないか?」
ダメだって、芝居はもう無理。
だってもう既に僕たち笑っちゃって語尾が震えてるもんね。
いったい何なんだよ封じられた黒魔術って。
しかも会話の流れからして、先生のことより弟弟子の方が大切だろ、この兄弟子。
全然違うから。
「……あれ。そっか。はーい、提案」
「? どうぞ、シーナくん」
「じゃあ攫われた先生はルックなんじゃないの?」
は?
「いや、オレたちってきっと3人組ってイメージ持ってる人もいるんじゃないかなって。それでひとり欠けてるとなれば、兄弟弟子と攫われた先生…ほら、配役はばっちり」
「そうかなー。じゃ、ルック先生を攫った奴は誰なんだよ」
「……レックナート様」
わ。
僕も思わず吹き出しちゃったけど。
ヤバいことさらりと言うねぇ、シーナ。
でもそんな話をしてるうちに、なんだか気持ちが軽くなってきた。
周りも妙な格好してるんだから、大丈夫だ、きっと。
うん。
なんだかもう絶句することにも慣れてきた。
普段ルックがいる広間がパーティ会場になっていた。
なるほどねぇ、これじゃルック、部屋から出たがらないはずだよね。
見渡す限りの人………。
しかもいつもよりいろんな格好の。
「みなさ〜ん、ハッピー、ハロウィ〜ン!!」
聞き慣れた声だ。
亀の体にウサギの耳がついた奇妙な石像の前でユウキがグラスを掲げている。
去年はカボチャだったけど…今年はまたマジシャンのような出で立ちだなぁ。
オレンジの服に黒の刺繍…意外に似合ってる。
ああ、頭の上に乗ってる小さい帽子が今年はカボチャなんだね。
「レイ、飲み物取りに行こーぜ」
「そうだね。にしても、すっごい人」
「あはは。誰が誰だかわからなかったりしてなー」
たしかに、それはあり得るね。