Happy Halloween Second Season
Side : B
− 4 −

 ……ばたばたと。
 遠くから足音が近付いてくる。
 ものすごい勢いだ。
「…シーナ? 誰か来るよ」
「やだ。もっとこうしてる……」
「いいから、一度離して。下手な噂は鬱陶しいからいやなんだよ」
 勝手な想像は事実じゃない。
 歪んで伝えられるのがいやなんだ。
 もう一度背を叩くと、仕方なさそうに腕をほどく。
 だだをこねるような表情に、僕は思わず笑ってしまう。
 なんて顔、してるんだよ。
 そんなに僕に触れていたい?
 嬉しいけどね。


 ばたばた、足音はさらに近付く。
 建物の陰から……と思っていると、いきなりその角から人影が飛び出してきた。
 うっわ。
 ものすごいドレス!!
 1メートル以上近付けないんじゃないかってほどに膨らんだスカートにたくさんのフリル…。
 よくこれで走れるもんだよなあ。
 そのドレスの人は僕たちに気付いたらしい、急ブレーキをかける。
「あ、こんにちはー」
 一応の挨拶。
 …えっと……ニナ…だったよね。
 フリックファンの。
 なんとなく、彼女が必死な形相で走ってきた理由をなんとなく察した。
 そしてそれは、案の定。
「あの! フリックさん見ませんでした?」
「あー、ニナちゃんすごいドレス。似合ってるじゃん、可愛いよ〜」
 ……待てこら。
 なんだよそのいきなり明るいナンパ師モードは。
 さっきの顔とは全然違うんですけど?
 ったく。
「フリック? 見なかったけど。このあたりにいたの?」
「さっきこっちの方に言ったって聞いたんです…。向こうの建物の方には来てないっていうんですよー。行き違ってるはずはないと思うんですけど」
「僕たちはさっきからここにいたよ。おかしいね…。誰にも気付かれてないけど中に戻ったんじゃないの?」
「そうなのかなぁ…。あ、ありがとうございます〜」
 きょろきょろしながら、ニナが走り去る。
 すごいなあ……。
 彼女、ナルシーチームに入っても十分通用するんじゃない?
「すっごいドレスだったなぁ。あれって入り口入れるのかな。つっかえそうだよな…」
 …………。
「? レイ?」
 …………。
 さぁて。
 このあたりの茂みから行くか。
「レイ? なに怒ってんだよ?」
「別に」
「じゃあなにしてるわけ?」
「さがしもの」
 大体僕の腰くらいまでの高さがある低木だから、座れば姿は見えないはずだ。
 あっちから来た目撃情報があって向こうの建物で目撃情報がないということは……。
「…見つけた」


 観念したように青いのが茂みから出てくる。
 やっぱ着せられてたんだ。
 そしてやっぱり青いんだね。
 そう思ってよくその格好を見て……。
 まずシーナが笑い出した。
 僕は何とか堪えたけど。
「……笑うなっ」
 そう言われても、ねぇ。
 まさか、白いタイツのフリックを見る日が来るなんて思ってもみなかったもんな。
「それ、あの子に着させられたんだ…」
「オレが自らこんな格好すると思うか?」
「思わない。…でも似合ってるんじゃない?」
 フリックは嬉しくなさそうな顔。
 そうだろうね、いろんな意味でものすごく目立つから。
 ちょうちんブルマーってやつ…だよね?
「……そう言えば、ヴァンサン元気?」
「オレを見てその連想すんなっ!」
 シーナはかがみ込んで爆笑してる。
 昔語りに出てくるような王子様とお姫様ってわけだ。
「残念だったなあ」
「なにが!」
「ん? ニナとペアで見てみたかった。古典的な王子様とお姫様って感じで似合うと思うんだけどな」
「王子食いそうな姫かよ」
 そこまで言っちゃうか。
 たしかに、ちょっとつかまったら危険そうだよね、あの姫……あはは。
「あ、ビクトールは? 今年はニナに狙われなかったの?」
「あぁ…あいつなら、今年も逃げた。ニナがあいつを馬車を引く熊役にするだなんて言ったもんだから、次の瞬間には一目散だったよ。要領のいい奴だからな」
 どちらかというとフリックが要領悪すぎだって噂もあるけどね。
 そうか、今年もビクトールは逃げ切ったんだ。
「よし、あいつを成敗してくれる」
「え?」
「ビクトールだ。なんだか誰でもいいから責任を押しつけたくなってきた。愛剣オデッサのサビにしてくれる…」
 あ、フリック、壊れた。
 王子様、熊の成敗ですか?
 まあ穏便にね。
「さっさと逃げればよかったのに。早くしないと彼女戻ってくるよ?」
「出てけなかったんだよ。目の前でおまえらがいちゃいちゃしてるから」
「!? ちょ…っ、フリック! なんだよそれ!」
「ラブシーンの邪魔するわけにはいかないだろう。さすがにそこまで野暮じゃないからな。それじゃ、オレは熊を探しに行ってくるから、姫君には内密に頼むぞ」
 いや、だから、ちょっと…!
 聞き捨てならないことを言って去っていくなー!
 待て、王子ーっ!!


 まだシーナは笑ってる。
「いつまで笑ってんだかなぁ。フリックにも思いっきり誤解されたんだけど」
 呆れて言うと、顔を上げてにっと笑う。
「いいんじゃない?」
「いいの?」
「だってさ、全部が仮装パーティだもん。なんだって大丈夫だよ。いやそうにしながらフリックだって微妙に王子の立ち回りしてたじゃん。それごと楽しんじゃおうぜ」
 ……たしかに「姫君」とか言っちゃってたけど。
 悪い熊を倒した王子はお姫様と幸せに暮らしましためでたしめでたし、になっちゃうんじゃないかって思うと面白くてしょうがないけど。
 いいのかなぁ……。
「さぁて、そろそろ先生を捜しに行きませんか?」
「え? ……ルック先生ですか?」
「そ。魔女の手をかいくぐって自分で戻ってきてるかもしれないだろ?」
 魔……?
 知らないぞー、あの人神出鬼没だから。
 聞かれてたりしたら大変だと思うよ?
「そう、それにあれだよ。『トリック・オア・トリート』って言って、お菓子もらえないって口実でいたずらしに行かなきゃな!」
「それって去年のはかりごとじゃないか。1年越しで実行するの?」
「今年こそは、さ!」
 がばっと立ち上がったシーナが、笑顔で手をさしのべる。
 いたずら好きな子供の顔になってるよ。
 僕は、笑って手を重ねた。





 僕たちは、ノックもそこそこに部屋に飛び込んだ。
 って、飛び込んだのはシーナなんだけど。
 僕は後ろからついて入った。
「トリック・オア・トリート!」
 シーナの明るい声。
 部屋の中では、バスケットを抱えたエプロン姿のルック。
 ……エプロン?
「お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞっ」
 ルックに詰め寄るシーナ。
 でもルックは顔色ひとつ変えずに首を傾げた。
「パンプキンパイなら今焼けたところだけど」
 …なんだって?
「パンプキンケーキにクッキーもあるよ。それじゃ足りない?」
「……いえ。十分です」
「それじゃ、改めて、おかえり」
 …ただいま。
 ただいま、なんだけど。
 意外。
 ものすごく意外……。
 シーナは複雑な顔してる。
「言いたいことがあるなら、どうぞ」
 そう僕が促すと、シーナは頭を抱え込んだ。
「いや、さ……。オレの策略が見事阻止されたことを悔しがるべきなのか、ルックがわざわざお菓子を作ってくれたことを喜ぶべきなのか、について考えてる」
「考えるよりも、いったん頭真っ白にしてみなよ。まず、どんな気持ち?」
「…嬉しい。ルックがオレたちのために…」
「そう。じゃ、喜べばいいんじゃない?」
「そっか。そうだなっ」
 弾かれたように駆けてった。
 そのままの勢いでルックに抱きつく。
「ルック〜v 好きだよっ!!」
「ああもう邪魔だよあんたは」
「来年は一緒に衣装着ようぜ〜」
「来年の話をすると鬼が笑うよ」


 シーナは嬉しそうに机の上を片付けてる。
 僕は、そっとルックに近付いた。
「……あのさ」
「なんだよ」
「シーナは気付いてないみたいだけど……。ルック、普段はそんなエプロン着けないよね?」
 真っ白で。
 大きなフリルのついた可愛らしいエプロン。
 間違ってもルックが身につけるとは思えない。
 さりげなく、それってパーティに準じてるって事だよね。
 大勢の人のためじゃなくて、ただ、僕たちのために。
「……余計なこと言うなよ。僕は別にそんなつもりじゃないんだから」
「うん。そういうことにしとく」
「…………。これ、持ってって。それから、あの箱。いったんレックナート様のところに戻って作ってきたんだから」
 え?
 僕はびっくりしてルックを見た。
「なに? 驚くこと? だってここの厨房を使うわけにもいかないだろ。どうせ今日のパーティ用の料理を作るのでいっぱいだろうし、人が多くて目立つから」
「あ、いや、そうなんだけど」
 レックナート様のところで?
 そうか……。
 思わず僕は吹き出した。
「? レイ?」
「なんでもないっ。そうだ、紅茶入れよう。僕、家から持ってきたのがあるんだ」
「そうだね。のんびりお茶会にしようか」





 いなくなった先生を捜して、ふたりの弟子は旅に出ました。
 途中困難を乗り越え、色々な人に出会いましたが、結局先生はみつかりませんでした。
 仕方なくふたりが家に戻ると、先生は魔女の手から自力で逃げ出して戻っていたのでした。
 そうして、先生とふたりの弟子は、いつまでも仲良く暮らしましたとさ……。
 そんなオチ?
 楽しいね。
 いいんじゃない?
 それごと楽しんじゃおう。
 だって、ハッピー・ハロウィン。
 どんな格好をしてても、僕たちは僕たち。
 一緒にいられることが、心の底から嬉しいんだから。





End




<After Words>
おまたせしました。
いや、まったく。
まさかこんなに遅くなるとは自分でも思っていなかったので、
ただただ驚くばかりでございます、ハイ。
こんな騒動が起きていたんですよ。
バイオスフィア城では。
このあとレイはちゃんと約束を守ってユウキともお茶をしております。
律儀だよね。
でも、そのあとでまたシーナの部屋に戻ってきてるんだ(笑)。
それにしても…書いてる途中で「これってヤバいだろ…」と呟くことが
何度あったことか。
レイ様がなんだか普段と違うご衣装の雰囲気に流されちゃってます。
さんざ騒いでおきながら、仮装後は意外と素直ですよね。
普段とは違う格好をするといつもは越えられない垣根がすんなりと
越えられちゃったりすることがあるんですよねー。
それで、あんまりシーナがそれを喜ぶもんだから、あのルックまでが
思わず自ら動いちゃってます。
なのにまだ「嫌い」とかって言うんですか?
そろそろ観念してもいいだろうに…。
無理なのかなぁ。



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