大騒ぎな毎日

〜偽トライアングル〜

January 1st, 2001

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− 1 −

 ばたばた、ばたばた……。
 城の中を、あちらへこちらへと足音がかけずり回る。
「すみませーん、これなんですけどぉ」
「そこどいてどいて、危ないよっ!」
「ええ、ですからそれは手配書通りで…えっ、足りない?」
 すっかり華やいだ城内だが、人が走り回っているせいか、どうも落ち着きがない。
 それを眺めていたものの、すっかりあきれてしまった。
 はあ、と溜め息をひとつ。





「やあ、暇そうだね」
 そこに、笑いを含んだ声がかかる。
 頭上からだ。
 聞き慣れた声にふと顔を上げると、そこには想像通りの顔が笑っている。
 階上から、手すりにもたれて。
 さらりと流れる、目の覚めるような黒髪。
「……レイ」
「そこでなにやってんの、ルック」
「…いつも通りだけど?」
「マイペースだね」
 そういって手すりに手をついたかと思うと、レイはそのまま階下へひらりと飛び降りた。
 一瞬、走っていた人々の足が止まる。
 そして、「おおおお…」という歓声。
 誰もが惚けたようにレイの所作に見とれていた。
 しかし、それに最も関心がないのは当のレイ本人だ。
 すたすたとルックのもとに歩み寄ってくると、すとんとその場に座り込んだ。
「…どっちのがマイペースだろうね」
 ぼそりと呟くと、レイはにこりと笑う。
「どっちもどっちってコトで、引き分け。どう?」
 ルックはそっと肩をすくめた。





「しかし…なんだって人ってこんなにお祭りが好きなんだろうね」
 興味もなさそうにルックが呟く。
 それを苦笑しながら見上げて、
「騒ぐ『理由』が欲しいからなんじゃないかな。それでなくとも、日頃から抑圧されてるわけだから。みんなで騒いで、それを解消してるのかもしれないね」
 レイが答えた。
 色素の薄いルックの瞳が、駆け回る人の姿を追う。
「わざわざ忙しくしてるようにも見えるけど?」
「でも楽しそうだよ」
「……一応、戦争中なんじゃないの、ここって」
「余計だろ?」
 さらりと答えるレイは、なんでもないことのよう。
 膝を抱えて、ルックと同じように人々を見つめる。
「戦争だなんてさ…抑圧以外のなにものでもないし。例えそれが、『偉いヤツ』にとっての『正義』だったとしてもね」
 そんなふうに他人事みたいに言える立場でもないけどね、とレイは付け足した。
 同盟軍リーダーであるユウキに招かれた、客将、という立場。
 その裏には当然、『門の紋章戦争の英雄』としてのレイの姿が重ねられているのだろうから。
 ふう、とルックは息を吐く。
「…で? 結局は、そのお祭り好きの一端なわけなんだろ? レイ」
「あ。……わかる?」
「わからないと思う? 結構長いつきあいなんだからさ」
 レイの笑い。
 つまらなそうにしていた自分を誘いに来たんだな、と今更気がついた。
 それがほんの少し、嬉しい。
 もちろん、それを顔に出すようなルックではないけれど。





 出会う人出会う人が、明るい挨拶をくれる。
「おめでとうございます!」
「おめでとー!」
 そのたびに立ち止まり、会釈をするレイを、ルックは後ろから眺めていた。
 人懐こい笑顔。
 みんなに好かれる、というのはレイのような者のことをいうのだと改めて実感する。
 時折レイにつられて会釈をするのを、びっくりした顔で見られるのは心外だが。
「…何がおめでたいんだろう」
 人混みに揉まれながら、ルックがぼそりと呟く。
 どうやらそれはレイにも聞こえていたらしい。
 いたずらっぽい顔をして振り返ったかと思うと、ひとこと。
「『新しい』からだよ」
「新しい?」
「そ。その響きって、なんだかわくわくしない?」
 まるで子供みたいな顔。
(レイは、『ひと』が好きなんだ)
 ルックはぼんやりそんなことを思う。
 みんなが『幸せ』であることを願える人だから。
 だから、ひとつの戦争を制し得たのだろう。
「それにさ、新しいってコトは…前のことを精算できるってコトでしょ。だから『やり直し』ができる気がするんだよね。…もちろん、そんなの気のせいに決まってるんだけど。でも、『やり直し』が出来るって思ってた方が気が楽だからさ」
「そんなもの?」
「じゃ、ない?」
 レイに関しては、理解できないところも、正直なところ、ある。
 でも、ほかの人間に対してはそれでもいいと思うけれど…レイのことは、理解したいと思う。
 そうでなきゃ、こんな人混みの中をついてきたりしない。
 そのレイが、ぱたりと立ち止まった。
 視線の先には、人だかりが見える。
「あれ。なんだか人が集まってるね」
「倉庫かな」
「行ってみる?」
「そうだね」



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