大騒ぎな毎日
〜偽トライアングル〜
− 2 −

 倉庫の前には、樽だの木箱だのがたくさん積まれている。
 どれにも札がついていて、それをちらりと見ると、様々な場所から届いていることがわかる。
「すごい数だよ」
 レイの言葉にルックも頷く。
 その品々は珍しいものばかりらしく、人々はそれを見物しに集まっているようだ。
 確かに、見たこともないような壺や絨毯や食器などがあちこちに置かれている。
 見るだけでも楽しそうだ。
「交易品?」
「それもあるかもしれないけど…にしたって、面白いものばっかりだね」
 言いながら、レイは真鍮(しんちゅう)の像を手に取った。
 それを後ろから覗き込む……と。
「うっわ。似合う! 似合うよアイリちゃん!!」
「そ…そうかな」
 ぴたり。
 まさしくそんな形容があてはまるように、見事にふたりの動きが止まった。
 年明け早々、聞きたくなかった声。
 しかしついいつもの癖で。
 ちら、とそちらを見てしまう。
 ベリーショートの金髪。
 やっぱり。
 どちらからともなく、溜め息がハモる。
「そうねぇ。やっぱり赤が似合うのね」
「え…そう、かな」
「うんうん、綺麗だって!」
 1人ではない。
 そのそばにはアイリとリィナの姉妹がいて……アイリが、変わった衣装を着ていた。
 見たことはある、東方の者が多く着ている衣装だ。
 襟を前で重ね合わせ、帯でとめる衣装。
 けれど、普段皆が着ているそれよりも、もっと鮮やかで柄もはっきりと美しい。
 その鈍い赤に白い花の模様を描いた衣装は、確かにアイリに似合っていた。
 どうやらそのアイリを口説こうとしているらしい、あの軽い男。
「あ、じゃあそれ着てさ…」
「ねぇ、ユウキさんに見せてきたら?」
「えっ……な、なんでユウキにっ!!」
「あらいいじゃない。折角着せてもらったんですもの」
「だ、だから!」
「ほら、行きましょ。それじゃあね、シーナさん」
 ぐいぐい、とリィナに背中を押され、アイリは顔を真っ赤にして連れ去られていく。
 そのふたりの後ろ姿を、つまらなそうに見送って。
 …そんな様子を、ついつい一部始終見てしまったレイとルックである。
「えーと。新年明けて間もないのに、もう1回目の撃沈?」
「いい気味だね」
「まったく」
「じゃ、行こうか、レイ」
「だね」
 気分も良く、歩き出そうとしたのだが。
 しかし、それを最後まで見ていてしまったのが失策だったようだ。
「あ。レイ! ルック!!」
 とたん、すうっとふたりの目が据わる。
 ばたばたとかけてくるそいつを、あからさまに迷惑です、という顔で見上げた。
「「なに?」」(ステレオ効果)
「うっわ。相変わらずふたり、ハモるねぇ。それよりさ、ちょっと来てくれない?」
 トゲトゲのついたセリフをものともせず、シーナが2人の袖を引く。
 機嫌の悪いレイとルックに話しかけられるのは、このシーナくらいのものだ。
 とはいえ、このふたりの機嫌を悪くするのもほとんどがこのシーナなのだが。
「ほらほら。…バーバラさーん、次着付けお願いしまーす」
 新年早々、有無を言わせない強引っぷりでふたりを倉庫のドアの前まで押し出す。
「いったいなんなんだよ」
「気にしない気にしない」
「…全然答えになってないよ」
 仕方ない、年明けに怒るのもあれだよな…などと思って、レイは特に文句は付けなかった。
 結局、あとでそれを後悔することになるのだが。
 とにかくルックとふたりシーナにバーバラのもとに連れてこられてしまい、軽く息をつく。
「ねっ? 色白いから。似合うと思うんだよね」
 嬉しそうににこにこと喋るシーナに、バーバラが呆気にとられる。
「へえ? この子に? …いいけどねぇ、あたしは。あとで何言われても知らないよ」
「だーいじょうぶ。ねっ、ルック」
「は? なんで僕に振るのさ」
「いや、うん、その…ほら、お願いしますっ」
「ちょ……っ」
 一瞬ルックが何かを言いかけてレイを見たが、頼みのレイもシーナに捕まってしまった。
 バーバラに背を押され、倉庫に入って。
 パタン、とその戸が閉じた。





 …わずかな、沈黙。
 頭の上でへらへらと笑うシーナを、レイはちろりと見た。
「……知らないよ。僕はどうなっても」
「あれ。レイにはわかっちゃった?」
「…話の流れでカンペキにわかるよ……。いいの? 僕、助けてあげる気なんて毛の先程もないよ」
「冷たいなぁ」
 シーナがとん、と壁に背をもたれかける。
 レイも隣に、同じようにしてもたれた。
 まったく、いつも酷い目に遭っているのに、どうしてこうも懲りないのだろう。
 ルックの魔法を、もしかしたらモンスターより喰らっているかもしれないのに。
「んー。だってさ。見てみたい気しない?」
 その沈黙の意味を悟ったのか、シーナがレイの顔を覗き込みながらそう言った。
「何を?」
「だから、ルックの着飾った姿。あいつって普段そういうことあんまり気にしないじゃん。綺麗な格好したら、絶対似合うのにさ。もとから美人なんだから、もったいないって」
「…本人が聞いたら即《切り裂き》だね」
「だってそう思うのは確かだし。あ、レイも着てみる? レイも似合うと思うんだけど」
「断固拒否」
 シーナとおしゃべり、だなんて癪に障るが、ここを去るわけにもいかない。
 なにせ、あとのフォローが残っている。
 それが一番の問題だったりするのだ。
(…ごめん…ルック……。阻止できなかった僕を許して…くれないよねぇ……)
 はぁ……。
 レイは大きな溜め息をついた。





 きい、と突然その戸が開いた。
「はぁい、できたよ!!」
 バーバラの明るい声。
 それは会心の出来、を自負するような。
 すっかりおしゃべりに夢中になっていたレイとシーナが、その声に反応して顔を上げる……と。
「「!!!!!」」
 硬直。
 薄いピンクから濃いピンクへと移り変わる、綺麗なグラデーション。
 ちりばめられた桜の花びら。
 なめらかな光沢。
 きりりと締められた、帯の緑。
 見事な刺繍。
 栗色の髪に映える、淡い花の髪飾り。
 不機嫌な表情が、きりりとした顔立ちを際立たせて。
 凛とした、雰囲気。
(……うわー……)
 何か言おうとしたものの、レイには言うべき言葉が見つからない。
 硬直から立ち直ったのは、シーナの方が先だった。
「っはーーー!! やっぱりオレの思った通りだ! ねっ、似合うでしょ!? ルックって色白いからさあ、こういう綺麗な色が似合うと思ったんだよ。んー…ほんとルックって美人だよねー」
 ルックは何も言わない。
 いや、言えないらしい。
 どうやら怒りは頂点に達していて、言葉を失っている様子。


 えぇと。
 レイは困り果ててしまった。
(どうしよう……似合うよ……)
 そんなことを言えば、大変な騒ぎになるだろうし。
 さて、ここはどうするべきだろう。
(避難した方がいいかなぁ……)


 はてさて、シーナは《切り裂き》で済むのだろうか。
 正月早々、今日もお城は大騒ぎ。

え、ええと…お、おまけ? みたいなもの?





End




<After Words>
ええと。もはや何を言っていいかわかりません。
とうとうやっちまったか! が素直な感想、だと思うんですけど。
はい、風音も同じでございます。
こちら、お年始のよーな…カナイ様への捧げものv でございますv
ルックに着物着せたかっただけ? ……あ、ばれてますか…そうですか……。
今年もよろしくお願いしますv の意味を込めて♪



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