December 24th, 2002
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猫も杓子も忙殺される慌しい時期に、バイオスフィア城も同じくごった返していた。
そのいつもとは違う騒がしさに満ちた城内を、レイは所在なげに歩く。
朝も早いというのに、あちこちで大掃除が行われていた。
廊下ではメグが鼻歌を歌いながらはたきを手に掃除をしており、たらい置きと化したからくり丸がそれを手伝っている。
大雑把にぱたぱたと装飾具を叩いて出た埃に軽くむせながらそこを通り過ぎる。
果たしてあれで掃除になっているのか、少し疑問が残るけれど。
手伝わないのも悪いなと思いながらレイは広間に出た。
いや、城主であるユウキにちゃんと申し出はしたのだ。
「何もしないのも悪いし…手伝うよ」
しかしユウキはぶんぶんと頭を振り、
「そんな! レイさんは僕が頼んで来てもらってるんですから! ゆっくり休んでてください!!」
たしかに、『門の紋章戦争』の『英雄』である『レイ・マクドール』が雑巾を片手に掃除をしていたら体裁は悪いが。
とはいっても、誰もがばたばたしている中でのんびりしているというのは居心地が悪い。
いっそのこと逃亡でも図ろうか、と一瞬本気で考えてしまった。
普段は静かな広間も、今日は人が多い。
何人もが床にしゃがみこんで雑巾がけをしている姿は上から見ると結構異様だ。
レイは手すりを磨く人を避けて、吹き抜けのフロアの下を見た。
「あ、やっぱりいた」
石板の前に見慣れた姿を見つけて声をかけると、ぱっと弾かれたように振り向く。
どうやら掃除をしているわけでもなさそうだ。
こちらの姿を認めると、呆れたような顔をする。
「……暇そうだね、レイ」
「お互い様ってやつじゃない?」
レイは笑って、部屋の脇にある階段からその下のフロアに降りた。
わずかに見上げてくる視線はこのドタバタに辟易しているよう。
「珍しいね。世話好きのレイがこれに参加しないなんてさ」
「ほんとは参加したい…というか、しないと気まずいんだけど、自分としてはさ。でもユウキに止められた」
「まぁ、レイは『お客様』だからね」
「んー……しょうがないのかなぁ。ルックは?」
「僕? 僕がわざわざ手伝うと思う?」
「……思わない。特技がばれるし」
「うるさいよ……」
この面倒なことが大嫌いで石板の前から滅多に動かない、と城内では通っているルックの特技が家事一般だと知れたら、イメージががらりと一変してしまう。
それをルックは極端に嫌っている節があった。
第一、こんな大勢でばたばたすることは苦手なルックである。
それをわかっているから、何もせずここにいるだろうとレイも踏んだのだ。
ルックはあからさまな溜め息をつく。
「普段からちゃんと掃除してれば、こんな年末に騒ぐこともないと思うんだけどね」
「気持ちの整理、っていうのもあるんじゃない?」
「…けど埃だらけで健康にも悪そうだよ」
いかにもげんなりした様子だ。
たしかに、朝も早くからこんな中にいては真っ先に喉を痛めたりしても無理はないだろうし。
と、ルックがちらりとレイを見る。
「レイ、こんなところにいたって邪魔なだけだろ。部屋に引き上げない?」
「部屋に? …そうだね、手伝いもできないんじゃ、いてもどうしようもないからなあ」
「じゃ、行こう」
言うと、ルックはすっとロッドを掲げた。
城内の移動に転移魔法?
レイが苦笑する。
どうやら、ルックは相当この埃の中がいやだったらしい。
そのくせそこにいたのは、誰か一緒に引きこもる人間を待っていたのかもしれない。
といっても、することはない。
なんとなく手持ち無沙汰で、部屋の中を拭いたり片付けたりしてしまった。
が、ルックの部屋は無駄なものがない上に普段からきちんと整理整頓されているので、掃除といっても1時間もしないうちに終わってしまった。
さらに暇になってしまったふたりは、ルックが図書館の奥から発掘してきた古い書物をどちらからともなく読み出す。
最初は「こんなに何にもしなくていいのかなぁ」と思っていたレイだったが、レイもルックも元来本を読むことが好きなタイプだ。
気が付くとふたりして本の内容に没頭していた。
だから廊下へと続くドアが鳴ったことに、最初は気が付かなかった。
こんこん。
……しぃん。
それは間を置いて、もう一度鳴る。
こんこん、こん。
こここんこん、こん。
控えめながら諦めないノックに、レイがはっと顔をあげた。
「ルック、誰か来たみたいだよ」
「……面倒。居留守でいいだろ」
本から一切目を離さずにルックは言い放つ。
そっか、とレイも頷いて本に目を落とした。
ここはルックの部屋だ、部屋主がそう言うんだから異存はない。
するとしばらくして今度はノック音に続いて声のオプションつき。
「ルック〜? レイも、いる〜?」
その声に、レイとルックは顔を見合わせた。
「…シーナだ。よくここがわかったね」
呟いたレイに、ルックは肩をすくめた。
「……いるよ。開いてるから、勝手に入れば?」
遠慮なく入ってきたシーナは、大げさに手をこする。
「っあー……寒いねー。今朝はちょっとあったかかったのにな、日が落ちると一気に気温下がるね」
「え?」
シーナのセリフに目を見開いて、レイは窓の外を見る。
するとそこは夕日もほとんど沈みかけた空の色。
部屋の中は「手元が暗いと文字が読みにくいから」という理由でつけられたランプで明るい。
だから気付かなかったのか、とは思うが、それにしたっていくらなんでもここまで気付かないとは。
レイがルックのところへ行ったのは朝早くだったはず。
それからすぐにルックの部屋に来て掃除をしたが、終わったのは午前中だ。
そのあとすることがなくて本を読んでいて……。
レイは思わず頭を抱えた。
道理で手に持った分厚い本の残りページが少ないはずだ。
「それにしてもさ、ふたりともずっとここにいたの? 昼も食堂で見かけなかったし。…って、レイ?」
「あー…いや。あまりの時間のギャップに眩暈がしてたとこ。……時差ボケしそう」
つまり、そういうことか。
本に熱中するあまり、6時間以上も時間をすっ飛ばしてしまったと。
さすがのルックも驚いたように手元の本と窓の外を見比べた。
「じゃ、もしかしてシーナ、ずっと僕たちのこと探してたの?」
悪いことをしたかな、とレイが聞く。
しかしシーナは決まり悪げに頭を掻いた。
「え? うん、探してた探してた。あっ、でも、オレもいろいろドタバタしてたから…別に、レイが気にすることはないんだけどさ、うん」
歯切れの悪いセリフ。
ピンと来たらしいルックがすっと目を細めた。
「……ふぅん? 1日中、お気に入りの女の子のお手伝い、ってわけ? 相変わらずあんた、最低な奴だね」
「! い、いや、お気に入り、ってそういうわけじゃなくて、あっちこっち…………あ」
「あぁそう。何人も次から次へと引っ掛けてたってことか。よけい最低」
「ル、ルック〜〜〜」
自ら墓穴を掘ったシーナは青くなってルックにすがりつく。
だがすぐに振り払われて、今度は助けて、と言わんばかりにレイをじっと見た。
レイはやれやれ、と本を机に置く。
シーナがルックに冷たくあしらわれるのはいつものことだし別に構わないのだが、ルックの機嫌の悪さをほったらかしにするわけにもいかないし。
「ほらほら、ルックも落ち着いて。いちいち反応してたらこいつ図に乗るから。いつものことじゃん、このどうしようもない親不孝の変態放蕩ナンパ野郎の悪行はさ」
「……レイ? フォローになってないんじゃ…」
「フォローしてるつもりないよ。僕、間違ったこと言ってるつもりもないし。反論があるならどうぞ」
「………えぇと」
すっかり困り果てた顔のシーナ。
そこで言い返さない(言い返せない?)のは、多少なりとも自覚がある証拠だろうか。
レイはしゅんとしたシーナに、軽く笑った。
「…で? さっきまでは女の子追っかけてたけど、少なくとも今は僕たちを探してたんだよね。それともルックだけ?」
「あ、ふたりとも」
「そう。ってことは、用があった?」
「用っていうか…そうだね、うん」
特に用がなくてもいつだって探してるけどさ、とシーナは付け加えて、とたんに満面の笑顔になる。
「ふたりを誘い出しに来たんだ。一緒に行こうぜv」
「「えっ?」」
レイとルックが同時に聞き返すと、なお嬉しそうに、
「だから、外v 寒いからさ、コート着てあったかくして!」