ポインセチア
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 早く早く、と急きたてるシーナに、なにがなんだかわからないままレイとルックはコートを着込む。
 どうやら「時間がない」とのことだが、一体何の時間だというのだろう。
 シーナとレイを連れて城の外へと転移魔法を使ったルックは大きく息を吐いた。
「僕は宅配便じゃないんだけど?」
 どさくさにまぎれてルックの腕に抱きついていたシーナに向かって、ぴしゃりと言い放つ。
 シーナは少し困ったように上目遣いでルックを見た。
 なにせ「時間がないから! ルック、場所移動、お願いっ」と早口でまくし立てた張本人だ。
 さすがに言い方がまずかったかな、と今更気付く。
「あー…いや、でも。間に合ったみたいだし。急がせちゃってごめんね」
 ルックに向けて、最後の方はレイにも向けてシーナはぺこりと頭を下げた。
 それを見てなぜだか狼狽したのはルック。
「え…。べ、別に…謝ってもらうほどのことでもないけど」
 レイはそのルックを不思議そうに眺めた。
 ここでルックが動揺するなんて珍しい…と思ってしまい、挙句口に出しそうになってひとり慌てる。
 そんなことを言ったらなにを言い返されるかわかったものではないし。
 それを誤魔化すように、レイがあたりを見回す。
「あ、えっと、ここってどこ? ……向こうにバイオスフィア城が見える…。ちょっと南側だね。それで、ここがなんなの?」
 ルックを見ると、ルックはそのままシーナを見る。
 ここに飛んだのはルックだが、城からちょっと離れたところ、と指定したのはシーナだ。
 ふたりの視線を受けて、シーナはようやく楽しげに笑う。
「うん、ちょっと待ってて。もうすぐだから」


 もうすぐ?
 聞き返そうとしたちょうどそのときだ。
 バイオスフィア城が突然ぱぁっと明るくなった。
 レイとルックははっとして城の方を見た。
 日が落ちて、藍色に染まる静かな空。
 その暗がりを背景にして、バイオスフィア城が鮮やかに浮かび上がっていた。
 赤、白、緑、色とりどりの光。
 壁面を画布代わりに描かれた、光の絵。
 縁取るのは照らされて光る白い綿。
 夜の中でぼんやりと輝くその城の姿は、夢の中で見た景色のよう。
「どう? 綺麗でしょ?」
 満足げにシーナが言う。
 とっさにふたりは言葉が返せなかった。
 わずかに間を置いて、ルックがやっと、
「……ハイランドが攻めてきたら狙いやすいことこの上ないね」
「やだなぁ、そんな夢のないこと言っちゃv」
 そのやりとりも聞き流してその光の城を見つめていたレイは、ふいに気付いて「あっ」と声をあげた。
 光の城の意味するところが、ようやく頭の中でつながったのだ。
 そうか、とレイは呟く。
「…今日……って、クリスマス…?」
 シーナがにこにこと笑って、
「うん。厳密に言えば、今日はイブ。…レイって、昔からそういう行事に鈍いよね。ルックも気付いてなかった?」
 ルックが素直に頷く。
 レイも拗ねたようにシーナを見た。
「……だって。あの頃は、それどころじゃなかったじゃないか。誰かに言われてようやく思い出す程度だったんだよ? しかもこの城もいっつもバタバタしてて、それどころじゃないと思ってたし……。誰も何も言わなかったじゃないか」
「ユウキもこっそり支度してたみたいだしな。どっちかっていうと、メインの連中より兵士たちの気持ちを少しでも癒そう、って企画でもあったし。ま、オレはこっそり情報得てたけどね。だからふたりのことも驚かせようと思って、黙ってた」
 してやったり、の顔。
 レイはそれが悔しいらしく、シーナを見る目がすっかり出し抜かれた子供のようだ。
「言ってくれればいいのに。あーあ、ふたりにプレゼントも用意できないじゃないか」
 きょとんとシーナは動きを止める。
 滅多に聞けないようなレイのセリフ。
 シーナは思わず地面に視線を落とした。
 一方ルックはそれには動じない。
「別にいいよ、そんなの。気を遣いあうような仲じゃないだろ?」
「そうなんだけどさ。せっかくなのに、何もしないのってもったいないし」
「レイって、意外にイベント好きなタイプなんだ」
「おべっか使っていい子してなきゃなんないような宴会だなんだは大っ嫌いだけどね」
 シーナはレイの言葉と、今のふたりの会話を反芻する。
 いろいろ考えてみるけれど、それって。
 ふと思い立ったように、シーナが顔をあげた。
「ねぇ」
 ふたりが振り向く。
「オレは、ほしいプレゼントがあるんだけど」





「ふたりと……レイとルックと、一緒にいられる時間がほしい」





 今度はレイとルックがきょとんとする番だ。
 ルックが呆れたようにぽつりと。
「あんたも、ほんと、どうしようもないね」
 レイが笑って。
「そんなもの。いつもあげてるだろ?」
 さらりとした言葉。
 それがあたりまえのように。
 こみあげてきたものにつられたように、シーナは笑う。
 風が吹いて少し寒かったけれど、そんなもの簡単に吹き飛ばせるくらい。
「…だよなっ。じゃあ、もっともっとほしいっv」
「ったく、ワガママな奴」
「本当だよね。やだやだ」
「え〜v」
 最初からその答えは、わかっていた気がする。
 でも、だから、聞いてみたくなる。
 今夜は、クリスマス・イブ。
 だけどそんなの関係ないから。
 特別な夜なんかいらない。
 いつもと同じ夜がほしい。





 静かで
 なくても

 聖なる夜じゃ
 なくても


 一緒に
 いられれば





End




<After Words>
結構恥ずかしい話ッスね(照)。
実は期間限定公開ノベルにするか、はたまた
いつも通りの常設ノベルにするか…。
悩んだんですよね〜、どっちにしようか。
それで、去年やった限定ノベルと比べてあっちより
恥ずかしかったら期間限定にしようと思っていたんですが、
あっちの方がやっぱり恥ずかしかったので、結局常設に
いたしました。
……いや。恥ずかしいというか。甘いんスよ。
本気でいやがってたあの日が遠い(遠い目)。

ええと。ポインセチアの花言葉…「祝福する」で。
共にあることに祝福を。
……え? 「私の心は燃えている」って求愛の意味も
あるって? そ、それは内緒で(笑)。ヤバいから(笑)。



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