July 13th, 2002
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夏、真っ盛り。
本拠地は今日もざわざわと人の行き来で賑わっている。
どの人も暑そうに汗を拭い、暑いですねと挨拶を交わす。
休まることを知らない灼熱の太陽の下、蜃気楼でも見えそうなほどの気温。
人と人との距離も、心なしか広い。
外ならば数メートル、部屋の中でも1メートル、それより近くには寄らないようにしているふうに見える。
もう少しで体温ほどにもなりそうな気温から逃れようとしているようだ。
だから人々は挨拶もそこそこに、さっさと屋根がある場所へ避難していく。
そこで商売のうまい者は通りの隅でどこから仕入れたのか氷を売り出した。
そこにはあっという間に人が集まり、すぐに黒山の人だかりとなる。
もちろん、それだけの人間が密集すればよけいに暑い。
そのためによけい氷が売れるのは、当然計算の上だ。
それを見た者がすぐに似たような商売を始めたが、それでも客足が分散されないほど、今日は暑かった。
愛し合う恋人同士でさえある程度の距離を保ちそうなほどの殺人的暑さの中。
たったひとつの部屋で異常な光景が見られた。
それは本拠地の端の方、ひっそりと構えられた部屋の中。
その部屋の空気は、外と変わらないほど暑い。
にもかかわらず、ソファの上で互いにもたれかかるように倒れ込んでいるひとかたまりがあった。
それはまるで糸の切れた操り人形のようだが、よく見るとかすかに呼吸をしている様子。
何とか生きてはいるようだ。
「みんな〜お疲れ〜」
そこにばたんと派手にドアが開いて、その場にそぐわない明るい声が響く。
そして入ってきたときと同じ強さでドアを閉めた。
勢いが余りすぎて空気がぴりぴりと震える。
それに気がついたのか、重なったひとかたまりの一番上が視線だけをあげた。
「あはは、相当疲れてるみたいだね。まぁ、キツイのは最初だけだから頑張ってね! うん、カレンちゃんが誉めてたよー。3人ともなかなか筋がいいって! 歌のレッスンも順調みたいだね。うーん、いいねー。あっ、そうそう、疲れてると思って、用意しました〜。じゃじゃ〜ん」
ひとかたまりの方は聞いているのかいないのかわからない。
だがそれを全く意に介せず、後ろ手に隠し持っていたらしい水筒を高々と掲げた。
「ナナミちゃん特製疲労回復ジュ〜ス〜!!! これを飲めば一気に体力回復だよ。私とユウキも稽古のあとに飲んでるんだ。おすすめ!」
どん、とそれをローテーブルに置く。
やはり一番上だけがちらりとそれに目をやった。
「じゃあ、次の予定も頑張ってね。私は打ち合わせに行って来るから。じゃ〜ね★」
ばたーん。
入ってきた勢いと同じくらいの勢いで、ばたばたばたと出ていってしまう。
そのあとには、しぃんと音もない。
そしてまたしばらくして。
ようやく一番上がのっそりと顔を上げた。
「………………あ〜……。ふたりとも……生きてる……?」
すると少しして、2番目が動く。
「……うん。たぶん……。ったく…こんな事させるなんて……一体僕が何をしたっていうのさ………」
最後に下敷きになっていたのが乾いた笑い声をあげる。
「あっははー……。たぶんオレたち、無実の罪でこんな苦行してるんだよ〜……」
「あんたはあるでしょ、罪」
「え〜? 記憶にございませ〜ん……」
普段はバリバリに覇気のあるしゃべり方をするはずなのだが、さすがに今日は無理らしい。
一番上のレイは、そのばてきった声のまま、一番下にいたシーナの頭を軽く小突く。
「ってさぁ。シーナは喜んでたんじゃないの? 女の子にもてるってさ」
「そこまでの努力はちょっと……。そりゃ、オレだって努力はするよ。でもさ、限度ってもんもあると思う…」
そのシーナの弁に納得してしまうレイ。
さすがのルックも、こくこくと頭を縦に振る。
そうだ、今の今まで、ひたすら「ダンスのレッスン」とやらをやらされていたのだ。
しかもぶっ通しで30時間。
確かに、ルックは体力がない。
レイだって、ないとは言わないがそこまで自信があるわけではない。
シーナはとりあえず体力はあるが……。
だがしかし。
30時間である。
1日24時間だから、それをさらりと越え、食事時間だけの休憩でぶっ続け30時間。
ルックでなくとも倒れようというものだ。
しかも暑さと湿度のオプション付き。
「あぁ……もぅ……誰が悪いんだ、誰がっっっっ!!!」
レイががばっと体を起こして拳を握りしめる。
が、すぐにふらふらとルックの上に倒れ込んだ。
「………レイ……重い」
「あ…ごめん……」
「無茶すんなよー。たぶんオレたち、今の体力常人の半分以下だぜ」
「じゃあ、普段から普通ほど体力ない僕は……?」
「あ、めずらしー。ルックが体力ないの自分で認めた」
「うるさいな……あんただってばててるくせに」
「うん。ばててる……」
はぁ、と溜め息が重なった。
溜め息をつくと幸せが逃げていく、とは誰が言ったのだったか。
だが逃げていく幸せさえ、残っているのかどうか。
再び待つことしばし。
まず復活したのはまずレイだった。
「……はー。いつまでもこんなだらだらしてられないよなぁ……」
ゆっくりと体を起こすと、ルックがだるそうに目を上げる。
「よくそれだけで復活できるよね。僕はなんかもう動きたくない」
相変わらず下敷きのシーナはそれを聞いてでれでれと笑う。
「…なんだよ」
「んー? オレはそれでもいいよ〜v だってずっとルックとくっついていられるもんv」
「!!!」
いまさら気が付いたのか、ルックがものすごい勢いで起き上がった。
どうやらようやく「自分がシーナに覆い被さるように倒れこんでいた」ことに気が付いたようだ。
「あれ、まだゆっくりしてていいのに〜」
「もう回復したよ!!」
「そんなはずないじゃんっ」
ぎゃーぎゃーとよくそんな体力が残っているもんだ、とその騒動をぼんやりと見つめるレイ。
もはやつっこみを入れる気力もないようだ。
さて、と自分に気合いを入れるとレイはようやく立ち上がる。
「…まぁ。どっちにしても、こうなっちゃった以上はしょうがないんだろ?」
「………だろうね。もうひとつ選択肢があるとしたら、あの人から逃げることだけど。それやって命の保証があるんなら試すけどね。むしろ失敗する確率は99.9パーセント以上だと思った方が賢明じゃない?」
「やっぱりゼロ、なわけかよー。そりゃオレだってかわいー女の子にきゃーきゃー言われるのって魅力的だとは思うけどさぁ」
「「………………」」
どかっ。
無言でレイとルックはシーナに蹴りを入れた。
バランスを崩したシーナがルックにすがろうとするが、そこはルック、軽い身のこなしでさらりとかわす。
掴まるものもなく、結局シーナは床にごろりと転がり落ちた。
「……ってぇ」
「あのねぇ。シーナの趣味につきあってるほど暇じゃないんだよね。べっつに僕は女の子にきゃーきゃー言われなくてもいいんだからさ」
すると、
「僕は老若男女誰であろうともほっといて欲しいよ……」
心底疲れ果てたルックの声。
レイとシーナは思わず同情してしまう。
「あー……そうだよねぇ。ルック、騒がれるの好きじゃないもんね」
「うん、前の戦いの時も結構ひとりでいたし…。それじゃあやっぱり今後は……」
ルックが力無く視線を上げる。
「………これから僕は地獄を見るわけだ……。地獄なんて可愛いもので済めばいいけどね……」
ルックの視線はどこまでも遠くを見ている。
まるでこの世ならざる所を見ているようだ。
「たっ……大変だね。下手すれば、本当に何百人に囲まれちゃったりするんじゃないの?」
「って簡単に言うけどね、レイ。僕だけじゃないんだよ。レイだってそうなるんだからね」
「げっ」
「対岸の火事だと思ったら大間違いだよ……」
「や、やめてー」
レイが耳をふさぐ。
それを見ていたシーナが、一言。
「…それって、オレ達『運命共同体』ってコト? それはそれで嬉しいなぁ」
「「………………」」
どかっ。