アトリ
=嵐のデビュウ=
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 それはまるで死刑宣告。
 口頭だけでは聞いていたものの、こうやって紙に書かれるとリアリティが増すような気がする。
 しかも事務的な書類なのだから、こんなにカラフルでなくともよさそうなものなのに……。
 受け取った瞬間気が遠くなりかけたが、ここで倒れたらどうなるかわからない。
 次に目を開けたらステージ上だった、ということも犯人らを考えると十分にありえる気がしてならなかった。
 だからギリギリのところでとどまったのであるが。
「ってわけで。デビューもデビュー曲も正式に決まったので、そろそろ全員での歌の練習に入ってもらいますv」
 その「デビュー曲」やら「デビュー日時」やらが書かれた派手な紙をひらひらと振りながら、すっかりマネージャの顔でナナミが笑う。
 その少しうしろでは満面の笑顔のアップルと心なしか楽しそうなシュウ。
 そしてそのさらにうしろの方では、申し訳なさそうにこの城の最高責任者様(のはず)が。
「歌……。本気…? 僕、うちで客招いてやった晩餐会以来歌なんて…」
「それならまだいいんじゃない…? 僕は生まれてこの方そんな目に遭ったことすらないよ…っ」
 レイとルックの弱音に聞こえなくもないセリフ。
 それは個々人の呟きとして、スタッフ陣にはさらりと無視される。
 鬼かこの人たち、と思うが、それはもう今更かもしれない。
「それで? なんでオレたち、今まで歌のレッスンって別々にやってたの?」
 と、3人の中で一番順応能力の高いシーナが聞いた。
 …そう、なぜかシーナは他人がいると(特に女の子がいると)平然と順応してのける。
 じゃあなんで3人のときは甘えたがるんだよこいつ、と思うが、つっこむのも面倒なのでやめることにした。
「ああ、うん。だって3人、いつも一緒でしょ」
「オレたち? うん、そうだね」
「「誰が」」
「だから今更なにかしても新鮮味ってないわけじゃない」
「そうかも」
「「新鮮味なんていらない……」」
「だったら直前までバラバラでやっててもらった方が、初めて合わせてみたときの感動が違うんじゃないかなってアップルちゃんと相談したの」
「なるほどなー」
「「余計なことを……」」
 相変わらず無視らしい。
 さんざんルックとハモりながら文句を言っていたレイも、いいかげん疲れて溜め息をついた。
「あ、でねぇ。デビュー曲のタイトルは『トライアングル・ウォーズ』ねっ」
「…何、それ」
「これで乙女の心をゲッチュウ!! 3人とも頑張ってね!!!」
 これはいくらつっこんでも、つっこむだけ無駄かもしれない。


 首脳会議というのか犯行謀議というのか、ナナミとアップルとシュウが顔をつき合わせるように何事かを話している。
 それを3人はソファに寄りかかって見ていた。
 別に態度が大きいわけではなくて、ただ単にしゃんとしている気力がないだけ。
「なんか……ここのところ、気力が目に見えて落ちてるよーな…僕」
「言うなよ、レイ…。僕だってわかってるよ……」
 そのふたりの様子を見て、シーナも乾いた笑いを浮かべた。
 と、そこへひょっこり軍主殿がやってくる。
「あの…。お疲れ様で〜す…」
 ぎらり、とレイとルックの目が光って、思わずユウキが半歩後退る。
 が、そこはユウキ、しっかりと次の瞬間にはちょこんと向かいのソファに座った。
 優しげな外見をしている割には、結構図太い神経の持ち主だ。
「大変そうですね」
 しかもさらっとそんなことを言うから、ずいぶんと度胸がある。
 普通、レイとルックの機嫌が悪いときには大抵シーナ以外近寄れないのであるが。
「……おかげさまで(トゲトゲ)」
「僕もお三方のやつれ様を見てると、ちょっとは申し訳なかったかなぁ、って思うんですけど」
「…ちょっと!? ユウキ、君だって元凶のひとりなんじゃないのか?」
「そうなんですけどね。でもナナミが暴走しちゃいましたから。ナナミが暴走しだしたら誰にも止められないのは、僕が一番よく知ってるんで」
 なんの自慢にもならないよ、とルックが心の中で毒づく。
 その声は両隣のレイとシーナだけに雰囲気で伝わった。
 しかしそれが口を突いて出ないあたりでルックの疲労ぶりがわかるというものだ。
 とはいえ、共犯者の中では多分ユウキが一番分かり合える人種な気がする。
 そこでレイは懐柔策に出ることにした。
「……でも。確かに僕たち、ちょっと時間を持て余してるような節があったと思うんだけどね。けどどうなんだろう。ほら、ルックも騒がしいの駄目だし、僕とシーナもそういう経験もないうえに本当は目立つこと好きじゃないし」
 シーナに関しては嘘だけど、と胸の中でこっそり呟いたのはもちろん秘密だ。
「だから、性格がね。アイドルってやつになるには、僕たち性格が難しいんじゃないかなって思うんだ。第一売り出したところで、僕たちを『敵』とみなす人たちもいるわけだよね? 特に僕たちをサポートするのがユウキたちだってことは、少なくともハイランドから見たら標的になるんだと思う。それって僕たちだけじゃなくて、バイオスフィア城も大変なんじゃないかな?」
 おお、とシーナが心の中で拍手を送る。
 さすが門の紋章戦争のリーダー、我らが英雄! と賞賛の言葉も一緒に。
 が、ルックはやはり厳しい目でユウキを見ていた。
 するとそのユウキ、にこっと天使のような笑顔を見せる。
「大丈夫ですっv」
「って?」
「はい、僕らはそれを乗り越えていかなきゃいけないんです! しっかり後方支援しますから、頑張ってくださいね!!」
「ユ、ユウキ……」
「数週間後には皆さん大人気ですもんね、羨ましいですよ」
「……そういうなら、変わる?」
 わずかに引きつった笑顔でレイが問う。
 ユウキは純真な笑顔維持で。
「お断りします!!」
 ………こいつが一番手ごわい。



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