July 26th, 2002
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「今日は、プロモーション用のポスターとジャケット写真を取るからねv」
ここのところ。
ナナミのスケジュール発表で1日が始まる。
なんだかもうそれが仕方ないか、と思えてきてしまった。
はぁ、と深い溜め息をつきながらさっさと身支度をして、ナナミの立てるスケジュールをこなしていく。
とりあえずは今のところ歌とダンスのレッスンが中心。
もちろんレイとルックは、例のパートのせいで歌のレッスンがやたらと苦痛? であったりする。
それなのにちゃんとスケジュールどおりには動くのだ。
だからもとから律儀なのだというかもはや抵抗は無駄だと悟ったのか。
最近の溜め息消費率は近年稀に見る高さだった。
「なんだか皆さん、調教されてるみたいですね」
さらりとユウキに言われた言葉。
シーナは目を見開き、レイは棍を探し、ルックはどの紋章を使おうかと手を眺めた。
そのときすっと現れたナナミが3人を次の予定へと引きずっていったから被害は出なかったものの、そのまま放っておいたら大変なことになっていただろう。
なにせ、ルックは左手に宿した烈火の紋章を使おうとしていたのだから。
変にコンビプレーに長けた姉弟だ。
デビューはもはや直前。
逃げる道など日に日に減るばかりだった。
草原のセット。
いくつもの照明。
物々しいカメラ。
どこから集めたのか数々のスタッフ。
「……誰かー……時代考証と舞台設定を教えてー……」
レイが遠くを見つめながら呟く。
そうだ。
ここはたしか新同盟軍の城内で、世の中としてはエレベータの発明に驚愕して、戦いは騎馬と徒歩と魔法が中心で、移動手段といえば馬か船で、エンジンとかいうやつがようやく出てきたあたりで、煮炊きをするのにはかまどが多く用いられていて、からくりの発展途中で。
それから、それから、ええと。
どう考えても時代も舞台もおかしいだろう、と思うのだが。
「…レイ、無駄だよ。つっこんだってどうしようもないんだからさ」
「あー、しかし、それってアリかな……?」
さすがのルックも戸惑っているようだ。
なんだかよくわからないものも並んでいて、気後れがしそうになる。
「あ、アトリビュートの皆さん。こちらです〜」
にこりと笑ったのはヒックスだ。
天井付近では照明の位置を丁寧にずらすチャコが。
ふと目をやると嬉しそうにセットの柱を磨くガボチャ。
その柱の上では意味もなく居眠りをしているムクムク。
……使われてる。
みんな使われてるぞ。
「やれやれ。まさかここまで大掛かりだとは思わなかったけどね」
ルックがぼやくが、想像できなかったのはレイとシーナも同じだ。
ナナミとユウキとシュウとアップル、あとはそれに懐柔された何名かの陰謀だと思っていた。
が、これはもしかして。
「…下手するとさ。……これ…バイオスフィア城あげての……」
「あああっ、レイ!!! みなまで言うな、みなまで!!!!!」
シーナが悲鳴じみた声をあげる。
しかしそれも仕方がないというものかもしれない。
着替えてください、と渡されたのは白いシャツ。
意外にシンプルなので、身構えていた3人は正直肩透かしを食らった。
「これ? ですか?」
「そうです。バックが草原と白い柱の、あくまで自然派を売りにしていますから」
そう言ってにこりと微笑んだのはカミュ。
うしろの方ではマイクロトフがぎこちない手つきで手伝っていた。
「あぁ、ですから、皆さんも自然なままでいいと思いますよ。なにせ我らが城から出る最初のアーティストですから、事務所の売り方も気を使われているんでしょうね」
え?
い、今……?
聞き返そうとしたところで、邪魔(マイクロトフ)が入った。
「おい、カミュ。軍師殿……じゃなかった、所長殿がお呼びだ」
「わかった。それでは、失礼。支度ができた頃また伺います」
ばたん。
無情にも扉が目の前で閉まる。
ぱくぱく、とレイが口をからぶらせる。
「最初の」
かわりに呟いたのはシーナ。
「計画変更か」
呆れたようにぼやいたのはルック。
こうなったら悪い予感などあってもないようなものだ。
どうせすべての予感は悪い方に実行されそうな……。
そう考えるとしっくりときてしまうあたり、怖くて仕方がない。
が、やはりこちらは素人である。
人の姿を映すものは鏡か肖像画か、であるはずの場所でカメラを目の前にするのはなかなかに勇気がいるというものだ。
それでなくともルックが特に注目されるのを嫌う。
それなのにレンズを近づけられるので、どうしても表情が無くなる。
おかげで何度NGを食らったことか。
こういうとき、レイとシーナはまだいい。
引きつっているとはいえ、何とか笑顔を浮かべられるから。
だがどうしてもルックは笑わない。
幾度となく繰り返される撮影と休憩時間。
休憩時間のたびに、イラついたルックは控え室に戻る。
その何度目かの休憩時間、シーナはそっとレイに耳打ちした。
「…ってぇかさ。ルック笑わせようって方が無理だよな。オレたちだってたまにしか笑ってもらえないのに。それを他人の前ですんなり笑えるほど、あいつ器用じゃないから……」
レイもそれに頷く。
「だよね。ルック、別に冷たいわけじゃないんだよねぇ。僕たちにもすごく優しいしさ。笑ってもくれるし。……けど他人の前だと本当に駄目だよね。必要以上に緊張しちゃってるみたい。……いや、うん。僕たちがルックにとっては特別で、そっちが普通なのかなぁ」
「………まぁアイドルとか、そういう意味ではとことん向いてねぇよな。あいつに最も適さない職業だと思うぜ。確かに…オレたちが特別だって思われてるなら、それはそれで嬉しいけどさ」
レイはそのやりとりの中で何か思うことがあったのか、顎に手をやって考えるポーズをする。
「……。んー。じゃあ、それで行こうよ」
「へ?」
「他人の前じゃ笑えないんだから、無理に笑わせることないんだよ。自然じゃないってそういうことだろ。3人が3人のキャラあるんだから、みんなが笑ってなくてもいいじゃんってね。可愛いルックは僕たちの中だけで十分だよ。クールで突っぱねるようなキャラにしておいてもいいんじゃない?」
「……まさかレイがルックのこと可愛いって言うとは思わなかったけど」
「ルックには言うなよ。絶対あいつ怒るから。…僕とルックはあんたみたいに間に劣情があるわけじゃないけど」
「劣情って(汗)」
「そ。僕たちは友達だからね。……でも、客観的に見てもあいつ、可愛いと思うよ。…どっちかっていうと、顔かたちより性格の方がさ」
顔も可愛いけど、と言いながら、レイはうしろを気にしている。
どうやらルックがいないかを確認しながらしゃべっているらしい。
「…うん。聞かれてたら、あいつ《切り裂き》食らわすよな」
「ロッドで思いっきり殴られるかもしれないよね。攻撃力的には殴られても平気そうだけど…やっぱり痛いだろうしなぁ……」
あはは、とふたりは乾いた笑い。
しかしこうなったらそういうコンセプトにしてもらわないと、いつまでたっても終わらない。
このあとまだジャケット写真とやらがあるので、長いことこうしてもいられないのだ。
第一、ルックの笑顔は万人にはもったいない気がする。
だからこの際、秘密にして取っておこう……。
そう思ってしまうのだから、もしかしなくともこの3人、やたらと仲がいい。
本人らが否定してももはや無駄かもしれない。
「あ、じゃあ僕それをナナミに話してくるね。さっさとここ終わらせて次へ行こう」
レイはそう笑いながら言うと、ぱっと向こうでアップルと話していたナナミのところへ駆けて行った。
「え? うん、いってらっしゃーい」
のんきに手を振ってシーナがその背を見送る。