アトリ
=暴風波浪警報=
− 2 −

 が。
 どうしたんだあのレイは。
 この「アイドル」とかいう状態を嫌がっていたのではなかったか。
 だがあんなふうに嬉々としてコンセプトを提案に行くとはどういうことなのだろう。
 いったいレイに何があったのか?
 そう考えて、
「……っあ。もしかして……」
 ぽんと手を叩いて、そこに考えが到る。
 シーナたちが初めて出会った、あのときの戦争。
 レイは請われてなったリーダーだった。
 その前は(シーナ自身は知らないが)オデッサという女性がリーダーだったという。
 しかもレイは自分の意思ではなく帝国を追われ、尋ね人となり、解放軍に転がり込んだと聞いた。
 それこそまさにライク・ア・ローリングストーン。
 その上特に何を言われたわけでもないのに遺品をマッシュに届けに行ったらそれこそがリーダーの証でうんぬんと言われてリーダーになったのだそうだ。
 そのあとでシーナは城に来たのだった。
 つまり、承諾する部分では意志があっただろうが、それ以外はあれよあれよという間に周りの状況でレイはリーダーになったというわけだ。
 そのわりには、見事な采配。
 本人はやたらと裏で不安がっていたが、軍師であるマッシュともほぼ対等にしゃべっていたし。
 最後の方では自らの意志で動いていた……ということは。
「もしかしなくても…レイってさぁ…。どんな状況に追い込まれたときでも、一度『こうする』って決めたら……どんなことでも一生懸命やるタイプだよね……」
 ぼそりと。
 そばにはいないレイに向かってシーナは呟く。
 ノリと調子で引き受けたシーナとは違って、こんなことでもレイは責任を感じてしまうわけだ。
「お願いします! 助けてください!」
 これはユウキが必死に(なようにそのときは見えたのだが)レイを落としたセリフだ。
 たしかそのときレイは、
「……わかった。僕が少しでもユウキの力になれるなら……」
 そうだ。
 レイはそういうやつだ。
 たとえそれが騙されているとわかっていても、誰かを助けるためにはマジになっちゃうやつだ。
 女の子にいいところを見せようとつい虚勢を張って「やる!」と言い出したシーナとはやはり覚悟が違うのか。
 それとも。
「…諦めちゃったのかもしれないけどね」
 ルックだけじゃない、レイだって目立つことは嫌いだったはず。
 もしかするとレイはああ見えてぶち切れているのかもしれない。


 レイの目論見は思いのほか上手くいった。
 無理に笑わせようとされなくなったせいか、ルックの表情も先程と比べれば見違えるほど自然だ。
 それにほっとしたのかレイとシーナも幾分か不自然さがなくなったようだ。
 そのせいか、その後の撮影はとんとん拍子で進んだ。
 何度も何度も永遠に続くのではないかと思われた撮影も、2回撮り直しただけでOKが出た。
 しかもそのNGはどちらも照明と小道具のミスで、3人が原因ではない。
「? なんでかな。さっきよりかはやりやすいんだけど。休憩時間に何かあった?」
 珍しくルックが首を傾げるが、レイとシーナは顔には出さずにこっそり慌てる。
 この手の話を下手にすると、機嫌を損ねてしまう可能性もあることだし。
 なんにせよ、面と向かってレイはルックに「だってルック可愛いし」などとは言えない。
 どうせ冷たい視線をいただいた挙句「人のこと言えるの?」と言われるのがオチだ。
「はーい、3人ともお疲れ様!」
 ナナミがめいっぱいタオルを振りながら駆け寄ってくる。
「すごいね、意外と上手くいったんだ」
 何が、とは言わない。
 レイにどうしてもと口止めされているせいだ。
「あぁ、うん。これでポスターは終わりだよね。次はジャケット?」
「そう。またちょっとだけ着替えがあるんだけど、3人とも疲れたでしょ? ちょっと休んでていいよ」
「え、でも、今までで遅れとっちゃっただろ。そのぶんは平気なの?」
「まあ時間はかかるだろうって最初から予定に入れてあったもん。そのあたりはばっちりよ。有能マネージャナナミちゃんを甘く見ちゃ駄目だよ」
 有能、って、マネージャなんてやったことないだろうになぁ。
 そう思ったが言わないことにした。


 はぁ、と息を吐いてレイがタオルを被った。
「あっつい」
 スタジオは常に照明が煌々と輝いていて、それでなくとも高い気温がさらにあがる。
 その中でも涼しい顔をしていなければならないのだから、忍耐はやはり必要不可欠だ。
 レイは机の上に置いてあったドリンクのボトルを取ると近くにあった椅子に座り込む。
「よくスタッフ走り回っていられるよな。うーん、どっちかって言うとあっちの方が大変そうかもな。……ルックもドリンク飲む?」
「欲しい。…でもどっちにしても心労は変わらないんじゃない? あっち側だったらそれはそれで苦労するだろ。僕としてはどっちもいやなんだけどな……」
「……職業ってものはどれも大変だってことだよね。シーナにはこっちの方が向いてるんだろ?」
「そりゃまぁたぶんどっちかって言えばそうなんじゃないかなぁ。でもまさかこうなるとは思わなかったけど」
「思ってたら僕ここに来てない…」
「そうなんだよねー…僕もこうなるってわかってたらあのまま隠れてたのになー」
 おそらく裏方側に回っていたら、今頃既にレイとルックは…少なくともルックは倒れていたことだろう。
 シーナでさえ危うい。
 なにせそれはアイドルという選択肢を蹴り飛ばした場合にだけ起こりえた、ある種の拷問のようなものだ。
 その場合、常人よりもこき使われるだろうことは火を見るより明らかだ。
 とはいえ、こっち側も相当な体力を要するのだが。
「あーあ……僕、もうちょっと体力つけようかな……」
「本格的に倒れる前に…そうだね…」
 やれやれ。
 シーナはひとつ息を吐いた。
「ま、しょうがないでしょ」
 レイとルックが不思議そうにシーナを見る。
 それに返すようにシーナはぱちんとウィンクする。
「だってレイもルックも、頼まれちゃったからにはもうやるしかない、って思ってるんでしょ?」
 すると一瞬ふたりがきょとんとする。
 そうしてすぐに肩を落とした。
「……少しだけ…ね」
「はああ。なんか、損な性格してる気がするなぁ……」


 とりあえず、その日の仕事はジャケット写真を無事撮り終えて終了した。
 NGは数回。
 驚くほど順調だった。
 3人がなんとなく「仕方ないかな」と開き直りはじめたせいでもあるが。
 が、開き直ったことを後悔するのはわりとすぐだったりする。



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