アトリ
=暴風波浪警報=
− 3 −

 部屋に差し込む朝日を浴びて、レイは思い切り背を伸ばした。
「っあー…いい天気だなぁ」
 どんなに前日が大変でも、朝一番の陽射しを浴びると気分が一新される。
 夕方や夜の雰囲気も好きだが、この朝の光は何より気持ちがいい。
 と。
「………?」
 なんだかすうっと背筋を冷たいものが通り過ぎた。
 予感とかいうものに手足があるとしたら、背中をよじよじとよじ登られているような感じ。
(…なんだろう。また何か大変なことが起こるのかな)
 思い切り伸びをしながらそうのんびり思う。
 また、とすんなり思ってしまうあたりが不憫だ。
 すっかりこの大騒動に感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。


 簡単な身支度を済ませて部屋を出ると、ダイニングではルックが紅茶を飲んでいた。
「おはよう、レイ」
「あ、おはよう。ルックは相変わらず早いね」
「癖でね……レックナート様といたときにはこの時間にはもう掃除はじめてたし」
「ははははは……」
 思わず乾いた笑いを浮かべたが、ここは果たして笑ってよかったのかどうか。
 当のルックは気にしていない様子なのが助かる。
「レイは? 紅茶飲む?」
「うん。…あ、いいよ。僕自分でやるよ」
「いいから座ってて。そんな手間かかることするわけじゃないんだからさ」
「あ、ありがとう」
 別に嫌がっているわけではないらしい、ルックがすっと立ち上がる。
 そうして慣れた手つきで紅茶を入れるのを、レイはなんとなく見ていた。
 ……たしかに。
 たしかにルックは他人の前とレイたちの前では少し違うのかもしれない。
 今まではあまり意識していなかったのだが。
 ルックは面倒なことを嫌うから、人の世話など頼まれてもしない。
 よほど頼み込めばやってくれないこともないが。
 そう言えば出会った頃は、何か言ってもけんもほろろに断られていたっけ。
 それが今では自分からいろいろと世話を焼いてくれるんだなぁと思うと、なんだか感慨深くもある。
「? なんだよ。僕の顔に何かついてる?」
「あ、違う違う。いやなんとなく」
「ふぅん。時々レイってぼんやりしてるよね」
「僕って結構外見裏切るタイプなのかな」
「だろうね。ぱっと見は凛々しいくせに、たまに驚くくらい子供っぽかったりするしね」
「ええ、そうかなぁ……」
 ルックはほんの少しだけ笑って、レイの前にカップを置いた。
 ふわりと甘い香り。
「朝の糖質は目を覚ますよ」
「ありがと。ルックってそういうことも詳しいよね」
「おかげさまでね」
 肩をすくめる。
 どうやらちょっと照れているらしい。
 これもやっぱり他の人に言わせると「わからない」「どう違うの?」らしいんだよね。
 そんなにルックって表情乏しいかなぁ?
 意外と表情動くけどなあ。
 レイの独白。
「あ、そうだ。朝ご飯は今日は?」
「なんだかドタバタしてるみたいで、レストランの方で用意するって話だよ。……今日はナナミじゃない」
「……そ、それはラッキー……」
 そう言うのは失礼だ。
 失礼なのだが……あれはちょっと。
 ナナミの味覚は、どうやら若干特殊らしい。
 ユウキなんかは平然と(しかもおいしそうに)食べるが、レイたちにはどうも理解できない。
 舌が肥えているシーナも女の子の手料理となれば心にもなくほめちぎったりするのだが、さすがにそれをほめるときには語尾が弱くなっていた。
 ナナミとユウキの幼馴染かつ親友で今はハイランドでお偉いさんをやっているというジョウイも多少疑問に思いつつも「おいしいよ」と食べていたらしいから、この姉弟にしてこの親友、といった感じだ。
 さぞかし義父という人も大変だったろうと思う。
 まさかそこから伝授されたわけではないと思いたいが……。
「…どうせなんだから、ルックが作ればいいのに。ルック料理上手いじゃん」
「それが表沙汰になるのがいやなんだよ。なんか誰構わずそう思われてるのが気に食わない」
「そういうもんかな」
「そういうものだよ」
 ルックの料理の腕には、以前の戦争のときからなんとなく気付いてはいた。
 本当は得意なんだ、と聞かされたのはわりと最近になってからのことだ。
 しかもアトリビュートとしてトリオを組んでからだったりする。
 ほとんど一緒に暮らしているようなものだから仕方がなかったのかもしれないが。
「……ルックがあの料理勝負の審判に駆り出されてさ…とにかく低得点になるのって、自分の料理の方が上手いから…だなんて、たしかに言えないよね……」
「だろ? やだよ僕、軍の中での立場を食料班に回されて、厨房で汗かくのはさ」
「うーん、たしかにそれはいやかも」
 というわけで、これはトップシークレット。
 グレミオの料理を手伝うだけのレイ、それどころか手伝いもしていなかったシーナにはこんな芸当出来やしない。
 最近はシーナも手伝うが。
 しかもレイとルック限定で。
「あー…ふたりとも早いね。おはよ〜」
 と、そのシーナが眠そうに部屋から出てきた。
 この順番は毎日同じだったりする。


 朝食を終えて一息ついたところに、アップルが入ってきた。
 ナナミに事務所へと集められた3人は、アップルの抱える紙に気がついた。
「はーい。お待たせしましたっ! ポスターとジャケットができたよっ!!」
 ナナミが嬉しそうに声をあげる。
 ぱちぱちぱち、とユウキがうしろで拍手をしている。
「ああ、この前撮ったやつね」
「できたんだ」
 疲れ果てた上での撮影だったが、やはり出来は少し気になる。
 アップルが抱えているのがそのポスターなのだろう。
 ちらりと視線を合わせると、アップルが笑った。
「いい出来ですよ。スタッフの間でも好評でしたし」
 その「いい出来」が怖くもあるのだが。
「ああ、そういえば、この事務所の立場、ちょっと変わることになったんだよ」
 すると突然ナナミが。
 ピンと来たのはルックだ。
 あの撮影の日、カミュが漏らした言葉。
「え? それってどういう?」
 シーナが首を傾げる。
「うん、事務所単体だと単位が小さくてやりにくい部分もあるのね。だから、ひとつの会社を作って、そこの付属の事務所にすることになりました〜」
「へえ。それで?」
「ここの事務所自体に大きな変更はないんだよね。名前は『プロジェクト・アトリ』に決まったんだけど」
 ありがちだ、というつっこみは心の中だけで。
「で、事務所社長は相変わらずシュウさん。アップルちゃんも私も立場は変わらないんだけどね。ユウキがちょっと変わるんだ」
「どんなふうに?」
「新しく設立する会社の、社長」
 ああやっぱり、も心の声。
「でね、新しい会社の名前も決めなくちゃってことになってね…ね、ユウキ?」
「うん。ほら、ここの城ってバイオスフィア城でしょ? だからバイオスフィアレコードなんてどうかなって」
「!!!??? だ、駄目!!!! それはマジでそういう会社があるから駄目!!!!!!」
 はい、マジで。
 管理人の高原がファンであるところのZABADAKが所属していたレコード会社でして。
「あれ、そうなんですか? ……んー? じゃあ、『スフィア=レーベル』で行きましょう」
「はい決定!!」
 ……なんだか結局似たようなところに落ち着いた気がするが。
 すっかり呆れた顔で盛り上がる姉弟を見ていた3人に、アップルがそっと丸めたポスターを差し出した。
「どうぞv」
 にっこりと笑顔。
 アップルがこんな笑顔をすると、結構怖かったりする。
 数年前文句を言われつづけた記憶があるから、よけいだ。
 3人はそっとそれを受け取った。
 そしておそるおそるそれを広げる……。
 意識が遠のいた。


「あっ、あっ、あっ、見た!? いいでしょ、それ!!! 綺麗に撮れてるよね!!!!」
「たしかにこれは売れそうだよね」
「でっしょ〜!? 超美少年!!! そして超美青年!!! ノーメークでも全然見劣りしないよねっ」
「かえってそれでよかったのかもしれないわね」
「これ、早速あちこちに貼るからね!! で、シングル出したらすぐにイベントだからね。頑張ってね!!」


 デビューまであともうわずか。
 改めて自分たちの前途多難を予感する3人だった。





Continued...?




<After Words>
相変わらず続いてしまってます(苦笑)。
というわけで、デビューデビューといいながらまだデビューしてない3人です。
次回にはデビューイベントが出来るかなぁと思ってるんですが。
……って、まだ書く気か!!??(笑)
しかも何が怖いって、前作との間の時間の流れです。
実質的にそんな長い時間は経っていないのですが、この間に3の敵に関する
噂を聞いて〜、へこんで〜、立ち直りきらずに元気なふりをして〜。
それで悲しみに暮れながら3の連作を書いていたりしたわけです。
時間に差はないけれど、感情の起伏がものすっっっっっごくありましたね。
時間にしてまぁ約2週間。乗り越えようとしてます。頑張ってます。
ギャグどんどん書いてきたいです。
ってわけで、みんなでアトリのポスターを描いて高原さんに送ろう!!!
(ってマジ!?)



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