アトリ
=魔のデビューイベント=
− 3 −
当日、空は快晴、風も穏やか。
アーティスト側の胸中では相変わらず猛吹雪ばりの悪天候が続いていたが、実際の空は嫌味なくらい青い。
3人は早朝からレコードショップ地下にあるイベントホール奥の控え室に待機させられていた。
何度かリハーサルをやったが問題はない、とのことで。
しかし走り回れるほど広いステージ下をいざ眺めてみると、足がすくむ。
床も壁も黒く、明かりも少ないだだっ広い空間はなんだか異様だ。
ここにぎゅうぎゅうに詰め込まれた人間を見るのは、一体どういう気分なのだろう。
控え室は一応光が差し込んで明るかったが、気分は一気に下降している。
会話が途絶えて静かなはずの部屋は、パイプ椅子の軋むキィキィという音で結構うるさかった。
それだけ3人とも落ち着けないでいるのだった。
いや、落ち着けといわれても。
今日は『デビューイベント』。
初めて3人が…『アイドル』として人前に立つ日だ。
またもやカミュがかいがいしく手伝ってくれて、衣装も完璧。
だが頭の中は準備が追いつかない。
(……まぁ…とりあえず…ミルイヒがいなくてよかった……かな。いたら…衣装、大変なことになってただろうなぁ……)
もはやまともな思考の働かないレイがぼんやりと思う。
こんこん、がちゃ。
いきなりドアが鳴ってすぐに開いた。
3人の肩がびくっと反応する。
「みんな、準備はできてる? そろそろ時間だよ〜」
ナナミのどこまでも明るい声。
反比例した重さで胸にのしかかってくる。
ばたんっ!
そして3人の答えを待つまでもなくドアが閉まる。
……もう慣れた。
はあ、とついた溜め息は一体誰の溜め息だったのやら。
「………しょうがない……行こうか……」
「……んー…そうだなぁ…」
「やれやれ……」
真っ白。
そのときの状態を一言で表すなら、ずばりそれだ。
舞台袖から舞台に出て行ったあと、スポットライトの強い光にめまいがして、それからあとのことは覚えていない。
あとから聞いてみると、ルックもシーナも同じ状態だったらしい。
おそらくデビュー曲を歌ったはずだ。
リハーサルの時、確かそんな流れだった。
周りの目を意識しないように、無我夢中になってマイクを握っていた記憶だけがほんのかすかにあるだけで、歌った意識すらない。
はっと気がついたときは、ゲンゲン隊長とガボチャの運んできた椅子に座るところだった。
きゃーっっっ!!!!!
…ものすごい歓声だ。
びっくりして客席(のある方)を見ると、その「きゃーっ!」が大きくなる。
正直スポットライトが強すぎて、客席などほとんど見えないのだが、何かがうごめいているのだけはかろうじてわかる。
それがすし詰め状態で歓声を上げる人々なのだと気付くには数秒かかった。
レイがその瞬間感じたのは、恐怖かもしれない。
「みなさーん。よろしいですか〜? それでは、改めてご紹介しましょう! アトリビュート!」
そばに立ったフー・タンチェンが(いつの間にそばに立ったのか気付かなかったが)マイクを片手に声を張り上げる。
するといっそう歓声が大きくなった。
舞台袖で、ナナミが何かアクションをしている。
どうやら自分の横を指しているようだ。
レイがはっと気付いて、横に置いてあったマイクを手に取った。
「えぇと……皆さん、初めまして。アトリビュートのレイです」
きゃーっ
「こんにちはーっ。オレはシーナですっ!」
きゃーっ
「……ルックです」
きゃーっ
歓声というか、悲鳴というか。
むしろ絶叫のような声にレイは逃げ出したくなる衝動を覚えたが、そこは門の紋章戦争英雄。
営業用のきりりとした笑顔で答える。
「ありがとう。僕たちは今日がデビューなんですが、それなのにこれだけ大勢の方に集まってもらえて本当に嬉しいです。みんな、僕たちのデビューシングル、買ってくれたんだよね?」
もちろーんっ
見事に声がそろう。
「まだまだ未熟だと思うけど……応援よろしくね」
きゃああああっっっ
にこ、と笑うとまたひときわ大きな歓声が。
司会のフー・タンチェンがそれを手で静まるように合図をすると、ようやく少し静かになった。
「はい、ありがとうございます。ではいくつかアトリビュートのお三方に質問をしてみましょう」
「なんでしょう」
「まずは、3人の年を聞いてもいいですか?」
「いいですよ。…って、女の子じゃないんですから」
作り笑顔のレイ。
それが自然に見えるのだから、レイも案外演技派だ。
台本通りの質問がいくつか出される。
レイはそれににこにこと愛想よく応じる。
シーナが女の子たちに手を振りつつ笑顔で答える。
ルックが言葉少なに返事をする。
本人たちには演じているつもりはない。
ただレイは極度の緊張のために優等生の笑顔になってしまっただけ。
またシーナは若干混乱していたために普段より少しキザな言動をしてしまっただけ。
そしてルックは人前に出るのが苦手なためにいつも以上に無口だっただけ。
それがそのまま集まった子たちにインプットされた。
曰く、
「ねぇ、3人とも、すっごくいい〜っ!!!」
「レイくんって、可愛くて優しそうで、いいよね! すごいあったかい感じなの〜〜〜v」
「やっぱりシーナくんがいい! カッコいいし、歌がものすごい上手くて!!!」
「あたしはルックくんv 透き通るみたいに綺麗で、神秘的v」
「歌もいいよね、なんかそのへんの下手な歌手よりぜんっぜん上手いし!」
「美形ぞろいで選べないよ〜。ね、ファンクラブってあるのかな。あたし入りたい!」
「やー、あたしもあたしも〜v」
誰もが手にシングルと特典のポスターを抱え、頬を上気させながら楽しげに帰っていく。
スタッフらも予想以上の反応にハイタッチを繰り返しながら宴会の準備に取り掛かる。
その中で、控え室には死屍累々。
「………どうすんだ、もう後戻りはできないぜ……?」
「あはは…なんだかもうどーでもいいって感じ……」
「レイ…しっかり『リーダー』になっちゃってたよ…」
「……ねー…。僕って……また自分から災いの種を〜…」
とっさに作り上げてしまった、『アトリビュートの3人』というキャラクター。
もはや抜け出せない。
「…にしてもさ、気付いてたか? 前列端の方……」
「あぁ…うん。いたねぇ……最強の保護者軍団」
「レイ、あんたの過保護男、泣いてたよ」
「……あぁもう…止めろよグレミオ……」
ばたーん。
その時、再び地獄へのドアが勢いよく開いた。
「お疲れ様〜♪ 3人とも、すごくよかったよ! それじゃあね、次は音楽雑誌のインタビューと、セカンドシングルの打ち合わせと…。そうそう、近いうちアルバムも発表しようね!」
どっと重さが背中にかかる。
これからまだまだ難関が待ち構えているというのか。
ナナミの声に投げやりに頷いてみせ、3人は顔を見合わせた。
「ふぁいとー…」
「おー…」
「……ふぅ……」
レイとルックとシーナ、果たして彼らに安息の日は来るのだろうか。
Continued...?
<After Words> |
デビューイベントの回でございました〜。 なんかもう不憫ですねぇ(爆笑)。 アトリは結構自分で意識とばしながら書けるので楽しいです。 諦めておきながらそれでも往生際の悪い3人が楽しいッス。 わたしいつか3人に闇討ちされるかも(笑)。 しかし、時代考証を無視するのってわくわくしますね〜。 次はどんなもの書こうかな(次!?)。 |