アトリ
=魔のデビューイベント=
− 2 −
カレンダーに、バツをひとつ。
こうしてカレンダーの日付が1日ずつバツで消されていくたびに、疲労が重くなる。
そうして明日は……。
「……リアルだなー」
レイのつける赤いバッテンを見ていたシーナがぽつりと言った。
バツの隣、祝日を示す日付の赤、その上にどんと居座るマーク。
簡略化された頭蓋骨と骨のマーク……いわゆるドクロマークというやつだ。
「マークが? それとも『明日』っていう日が?」
振り返らないままレイが聞き返すと、両方、という答えが返ってくる。
事務所の方のカレンダーには同じ日に花丸がついているのだが、3人のプライベートスペースでは間違いなくこうなるわけだ。
「明日だからね、今日はちゃんと休んでね」
というマネージャのナナミの一言でこうして朝から自由時間を珍しく貰った。
が、しかし、それが逆に妙なリアリティを3人に感じさせるのだ。
しかも自由時間といっても、好き勝手に外には出るなと言われている。
つまり部屋でおとなしくしてろ、ということか。
確かに体力は回復するかもしれないが、ただぼんやりとしているのは精神的に結構疲れる。
これでは練習でもして体を動かしていた方が、余計なことを考えなくてよかったかもしれない。
「…それにしてもなぁ。早かったような…長かったような、だね」
「うー……。さすがにめまいしてきたぜ、オレ…」
「デビュー……か……。本当にここまで来ちゃうとはね」
日付は、ナナミにずいぶん前に言われていた。
だが、それはかなり先のように感じていたのだ。
実際数か月の時間はあった。
それもあまりの忙しさにばたばたしているうちに過ぎ去ってしまうほどの時間でしかなかったとは。
時間の流れは案外いい加減なものなのかもしれない。
レイはその自分で書いたドクロマークをしみじみと見つめ、がくりと首を垂らした。
「……一体…どこからこんなことになっちゃったんだっけ?」
「なんか…もうずいぶん昔の話って気がするね…」
ソファの肘掛けにもたれたルックは思い出すのも嫌そうだ。
「それが、今じゃアレだってもんなぁ。『予約殺到』。当初予定してた枚数、予約分だけでとっくに完売になったんで、急遽増やしたって話じゃん」
「やだ〜っ!!!」
頭を抱え込むレイ。
シーナも心の底から同意する。
目立つの大好きシーナくん、とはいえ、その数が半端ではないとなると……。
レイはふらりとソファに座り込んだ。
「僕さ、昔、人前に出るの苦手でさ。だけど、一応リーダーとか言われちゃって、どうしたって大勢の人の前に立たなきゃいけなくて。で、なんとか演説だなんだってこなしてきたよ。……けど、けど、なんか違う……」
こんなにうろたえるレイはずいぶんと久し振りかもしれない。
ルックはこっそり珍しい…などと思っていたが、気持ちがわからないわけでもない。
なにせ人前が苦手なのはレイ以上のルックだ。
「…なんか…何度こんなふうに諦めかけては諦められなくて大騒ぎしただろうね。…普段だったらこんな堂々巡り、馬鹿にして帰ってるとこだよ。なんだか…悪足掻きだね」
「あぁ、もし突破口がアリの巣サイズでもあったとしたら、そこからでも逃げたい…って儚い願望がまだあるってこと?」
「そんなところかな」
なんだかここのところ、やけに感情の起伏が激しかったりする。
シーナの微妙なたとえの通り、いくら「一応諦めました」とは言っても、どこかに隙がありはしないかといつでも探っている状態なのだ。
それはルックの言う「悪足掻き」という言葉が一番しっくりとくる。
「いや、だけどほんとにさ。この軍大丈夫なわけ? …僕が言うことじゃないかもしれないケドさぁ」
レイがぼやく。
「…ははは…。さぁ、な。とりあえず軍主と軍師の考えてることはオレにはわかんねぇよ。前の戦いの軍主軍師コンビは結構わかったんだけどなー」
「あとそれに軍主の姉、とかいうのも加わるだろ」
「それプラス、軍師付きの彼女、だね。……ねぇ、僕たち何かした? 彼女に…」
情けない顔をしてレイがふたりの顔を覗き込む。
首謀者4人のうち、昔から彼らを知っている者がひとりいる。
もしかしてその線かとも考えられるのだ。
確か彼女、レイに言っていたような。
「やっぱりあなたが許せない」
そんなようなことを。
しかし彼女も最後までマッシュに付いて、最終的には理解してくれたはず。
マッシュの信念を通して、レイを理解してくれた…と思ったのだが。
やはり何か根に持っていたのだろうか。
レイが「まさか僕が…」と内心慌てていると、ルックが氷の一言。
「原因があるとしたら間違いなくこいつだろ」
当然、ルックの視線は一点集中。
穴があくほどの強い視線を受けたのは、大方の予想通り。
「……えっ? オレ?」
戸惑った声を上げながらも口元がにやけているシーナ。
どうやらルックに見つめられて思わずにやけてしまったようだから、この男もたいがい安上がりだ。
しかし疑惑に心当たりはないと首を振って否定する。
「ない、ない。まだオレ、アップルにはなにもしてないもん」
「「……『には』?」」(ステレオ)
「! えっ……いや、別に、誰にもなにも……っっっ」
己の失言にシーナは青くなってさらに否定を繰り返す。
ルックは視線まで氷点下の温度に下げた。
「………たとえばね。レイに原因があるとしたら、こういう復讐の仕方にはならないと思うんだよ。仮にもレイはリーダーだったし、今の彼女は立場的に軍師に近いだろ。とすれば、策だとかそれによる結果だとか、あるいは態度で示すだろうね。……けど今回の騒動は、そうじゃないだろ?」
「だね。どっちかっていうと、娯楽の面が強いような……」
「僕は恨みを買った覚えはない。買ったとしても、僕が標的だとするには派手すぎるしね。それにあんたは、無意識に動機を作ってそうだ」
「そ…そうかなぁ……」
言いながら、シーナ自身も実は自信がなかったりする。
もしかしたら気に障るような何かを言ったかもしれない。
なにせ当たるを幸い声をかけまくっていたから、違うと言い切れる根拠すらないのだ。
ただし、なにもしていないのは事実だ。
なにを、とは言わないが。
ひとつ息を吐いて、ルックは肘掛けに突っ伏す。
「……まぁ、別に構わないよ。原因があろうがなかろうが……現実は目の前だ」
レイとシーナの動きがぎこちなく止まった。