February 14th, 2003
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その日、事務所は宴会場へと姿を変えていた。
いつものソファはどけられ、かわりに白いテーブルクロスをかけた組み立て式のテーブルがいくつも並んでいる。
その上には豪勢な料理が所狭しと並べられていた。
大勢の人間がその周りに群がり、手に白い皿を持ってその料理に舌鼓を打つ。
誰もがその立食パーティを楽しんでいた。
そんなに広くないはずの事務所、一体どうやったらこれだけの人数が詰め込めるやら。
だから時々すれ違いざまにぶつかる人もいるのだが、それも今日は無礼講、笑顔で許しあっている。
そして壁には大きな垂れ幕。
『ファーストアルバム 「Scenery in Eyes」初登場1位!!!!!』
でかでかと。
そりゃもう太字で目立つこと限りなし。
しかもまだ発売していないアルバムなのに。
とはいえ、結果は予約分と予測分でそれは確実なのだが。
そう、ここに集まったのはシングル2枚をリリース、数日後にファーストアルバム発売を控えた、デビュー3か月にしながら女の子たちを中心に爆発的な人気を集めているアイドルグループ「アトリビュート」の関係者たち。
シングルもアルバムも、出るらしいという噂が立った段階からとてつもない数の問い合わせ。
そしてそれに比例してうなぎのぼりの売り上げ枚数。
これでは関係者一堂、盛り上がるなというほうが無理だ。
この人気はとどまることを知らない。
もちろん、この人気を憂う者だっている。
にこにこと愛想のいい笑顔を振り撒きながらも内心どっぷり沈み込んでいる者が。
「おめでとうございます!」
言われて、お得意の笑顔で返す。
「ありがとうございます。…はは、まだ実感はないんですけどね」
「でもすごいことなんですよねぇ?」
「そうですね。そうみたいです。でも僕たちというよりも…周りで支えてくださってる皆さんのおかげですから」
「またまた! ご本人たちに魅力がなければこんなすごいこと、成し遂げられませんよ!」
それには笑顔だけで返した。
胸の内ではそんなことは全否定なのだが、それを口にするわけにもいかないし。
隣でも同じような会話がなされている。
「ほら、最近は顔だけで売ってるのもいるじゃないですか。でもそうじゃないですからね」
「そんな持ち上げても何も出ませんよ。オレなんて、まだまだですから」
「いやあ、でもこの景気でこんなに人気が出る人なんて、なかなか」
「デビューしてそんなに間もありませんから、これからが勝負です」
こういう場では社交辞令も多く飛び出すものだが、本人らにとっては自分自身のセリフがなにより嘘っぽい。
感謝の辞は表面だけだ。
長い話からやっと解放されてもう片方を見ると、どうやらそっちも話が終わったらしい。
すっとさりげなく近寄り、背中をそっと合わせる。
「………今、何時」
「始まってからまだ1時間しか経ってない。オレもさっき気付いて愕然としたよ。…ってことは、アレだよなぁ……あと1時間…いやもしかしたら2時間は拘束されるかな……」
「げっ。僕もうそろそろ限界だよ……作り笑いで頬つりそうだもん」
「オレもー…。丁寧な言葉遣いに疲れました。…こりゃ、最初っからパスしたルックが正解だな」
「だねぇ。ルックだったらまずこの人の数で機嫌悪くするもんね」
「ほんとにあいつ、人前苦手だからなぁ」
だから仕方ない。
ここはふたりでカバーしなければならない。
もちろんふたりにもすっぽかすという手があったのかもしれないが、レイの元来の真面目さがたたったようだ。
とりあえず全員欠席はまずいだろうし。
と、そこへ、野外ロケ地を提供してくれた近隣の町のお偉いさんが近付いてくる(名前はとうに忘れた)。
レイとシーナはぱっと離れて笑顔を浮かべる。
もちろん、営業用。
「ああ、このたびはどうも。おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
「私もね、こういう華やかな席っていうのはどうも苦手でして…本当はご遠慮させていただきたいところだったんですが」
それでもいいのに、は当然独白。
「わざわざ来ていただいて…ありがとうございます」
「いえいえ。ロケでうちの土地に来ていただいたときにね、娘があなた方の大ファンになってしまいまして」
「ああ…そうですか。嬉しいです」
「その、申し訳ないのですけどサインをお願いしても?」
「えぇ、構いませんよ?」
にこやかににこやかに。
そう心の中で唱えてでもいなければそろそろ崩れてきそうな気配。
男性が差し出した色紙に丁寧にサイン(!)をしながらもそれに気を使う。
「今日はおふたりなんですか?」
「そうですね…ええ。慣れないものですから、調子を崩していまして。すみません…」
「あっ、いえいえ、構いませんよ。そうですか、それはお大事に……」
どうやら巷ではすっかりルックの病弱説が有力になっているようだ。
そのあたりもお嬢さんがたの心を射抜くポイントらしいが。
本当のところは「僕はやだ」という一言で済まされてる、という事が知れては大変だ。
確かにルックは体力がない。
だが、といって体が弱いわけでもなんでもない。
風邪などに対する対抗力もどちらかといえばレイの方が低いくらいだ。
しかしルックが嫌がっていることも確かだ。
それがゆえに広報活動はふたりの役目。
そしてそれに関してレイもシーナも特には気にしていない。
今更、変なところで気遣う仲でもないし。
お互いわがまま言って、わがまま聞いて、それでいいんじゃない?
そんなところまで来ているから。