アトリ
=That, what I really want〜
− 3 −

 部屋のドアを閉めると、またあの静けさに包まれる。
「本日の御予定、無事終了〜」
 おどけたシーナの声も少し疲れが見える。
 レイとルックに到っては声もない。
 なにせあの大勢の女の子たちの歓声に包まれっぱなしだったのだから。
 そしてそのあとは雪崩でもおきるんじゃないかというレベルの数のチョコに囲まれての撮影。
 そこから帰るときにも黄色い歓声を浴びた。
 あの歓声はもしかして、何かしらの攻撃なのではなかろうか。
 あれの中にいるとどんどん体力が吸い取られるような気がしてしまう。
 そこまで思って、そういえば声で攻撃してくるような奴がいなかったっけ、とレイは回想に浸った。
 耳を劈くようなあの音の中からここへ帰ってくると、何もない音が鼓膜にうるさく感じる。
 しぃん、という本当はないはずの音。
「…よくさぁ、埋もれるくらいのチョコ、って聞くけど。ここまではっきり実感したのは初めてだよな」
 ぽつ、とシーナが言った。
 ルックが小さく頷く。
「いくら3人分とはいえ、ね。あれだけの情熱を僕たちに向けるなんて、よっぽど暇なんだね」
 疲れ果てたそのセリフは、いつもよりもびっしり刺がついている。
 赤やらピンクやらの包装が全体的に多かったが、それが目からも疲れを呼んだのだろう。
 レイも腕を組んで力なく笑う。
「…アルバムの発売日がバレンタインデーって言うのは、あれだろうね。最初っから、ナナミたちの策略だったと見て間違いないね」
「たしかに」
 ルックは今日1日のことを思い出したのかうんざりした顔で小さな箱をふたつ机の上に置いた。
 それを見て、レイとシーナも同じようにふたつの箱を置く。
 黄色とオレンジ、色違いの同じ箱が3人分…あからさまに「義理」だ。
 これはナナミとアップルに手渡されたもの。
 レイはふと今朝の事務所の風景を思い出して、シュウの持っていたチョコとの大きさの違いに気付いたが、別につっこむところでもないだろう。
「それでもさ…今までみたく、もらったものは全部自分のもので、全部お返ししなきゃいけないっていうのよりは全然マシなような気もするけどね」
 レイはせめてもの救いを求めるようにそう言った。
「そうだなぁ。確かに負担は少ないな。1個1個誰からの、って確かめる必要もないしな」
「あの整理って全部スタッフの人がやってくれるんでしょ? リストアップしたら寄付、ってさ」
「うん。…そう考えるとさ、別に僕たちがもらったわけじゃないんだよね」
 あぁ、とシーナが頷く。
「だろうな、オレたち、じゃなくて『アトリビュートの誰々さん』ってことだろ」
「僕はそっちの方がいいけどね」


 また静かになった。
 はあ、とついた息はもはや誰のものだったか。
 ふと思い出したように、レイとルックが動いた。
「? レイ? ルック?」
 シーナが声をかけるが、ふたりはちらりと振り向いただけで。
 ふたりはそれぞれの自室のドアを開けて少し中を覗き込んだかと思うと、またダイニングに戻ってきた。
「それじゃ、これは僕から」
「こっちは僕ね」
 ぽん、とシーナに手渡されたもの。
 薄い箱と、可愛らしい袋。
「…………え」
 ぽかんとシーナはそれを見つめる。
 意味は理解した。
 が、理解できたからといって冷静になれるわけでもない。
 やはり頭の中は大騒動になった。
「もしかして…ふたりとも、ちゃんとオレにチョコレート……用意しててくれたんだ……」
 感動のあまり震えた声で呟く。
 レイは肩をすくめた。
「今更驚くこと? 前にもあげただろ」
「いや…そうなんだけど、そのたびごとに新鮮な感動が…っ」
 ルックも呆れたようにシーナを見る。
「だから、何度も言わせんなよ? 僕のも、義理」
「義理でもいいよ…v オレにチョコをくれた、その心が嬉しいからっ!」
 思わず力説するシーナに、レイとルックは顔を見合わせた。
「…予想通りの反応だよね。面白くないなぁ」
「僕は別にそこに物語性は求めちゃいないから構わないけどね」
 シーナはついもらったそれを抱きしめそうになって慌てて手のひらで包み込むにとどめた。
 せっかくのふたりからのチョコレート、包装紙たりとも皺にしたくない。
 食べてしまうのももったいないし、食べないのもとんでもない。
 どうしようか…とすっかり悩み込んでしまった。
 だが悩み込んだところで、やはり嬉しいものは嬉しい。
「ほんとに!! ありがとう、レイ、ルック!!! オレ、本当に幸せ者だよなvvv」
 すっかり舞い上がっているシーナ。
 先ほどまでの疲れたオーラはどこへやら。
 極端なシーナにレイは苦笑した。
 けれど、こんなちっぽけなものでも喜んでもらえるなら…。


「あれだよな〜v 同性からもらったチョコが一番嬉しいっていうのも、アレだけど…やっぱ嬉しいよな〜v」
 そのシーナのセリフに、ふとレイが目を上げた。
「同性?」
 シーナもその視線を真正面から受け止めて、笑う。
「いや、そんなの関係ないんだよな。レイから…ルックからだから、嬉しいんだよなv」
 答え。
 レイは小さく笑った。
「それなら、いいんだけどさ」


「それより…そろそろ休んだ方がいいんじゃない? 明日も何かあるんだろ」
「あー、取材だっけ?」
「雑誌かぁ。対談って緊張すんだよなー」
「どこまで地で喋ったらいいかわかんないし。前にやったときも笑えたよね」
「そうだね。出来上がったものを見たら、絶対いつもならしないような言葉遣いだったから」
「普段ならもっと砕けてんのにな。愛してるよv とかさv」
「「それ、僕たちは言わないけど?」」
「じゃあ今度から…」
「「言わない」」
「せっかくだし〜」
「って、何がせっかくなのかよくわかんないよ、シーナ…」
「ま、とりあえず! オレは愛のこもったチョコパワーで、明日からも頑張るけどねっ!!」
「「こもってないこもってない」」





 世間の中では大掛かりなイベントらしいが、3人の中ではささやかなイベントだったりする。
 女の子たちが騒ぐその影での小さなやりとりが一番ほっとするのだ。
 人気が出るほど3人の結束が強まるような気がするのは果たして気のせいか否か。
 3人の明日は、一体どっちだ。





Continued...?




<After Words>
ファーストアルバム発売です〜v
かつ、バレンタインデーでございますv
同じ受難の身であるせいか寄り添うように仲良しです(笑)。
はい、そんなわけで1stアルバムは「Scenery in Eyes」。
1曲目の「The scene of beginning」はインストで、1stシングル
「トライアングル・ウォーズ」のカップリング曲なんですが、結構
いい曲らしいです……って誰か書いてくれないかな(笑)。
自分では曲のタイトルしか決めてないんですけど(決めてるのか)
2ndシングルA面でもある4曲目「Snowy Light」はスローバラード
らしい…聴いてみたいなぁ。それこそ3人のボーカルでさ…。
もしかしてわたしが一番アトリのファンかもしれませんね。
アトリの公式ファンクラブ、次回くらいには発足か(笑)!?



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