June 2nd, 2003
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毎度毎度のことながら、控え室はやたら暗い。
相変わらず窓の外の明るさを無視して、部屋の中央の机付近にはベールでもかけたようなどよんとした闇があった。
机には、3人。
おのおの目を落としたりきょろきょろしたり知恵の輪をいじったり。
会話もなく一見穏やかな光景に見えなくもないが、雰囲気だけは丑の刻参りもかくやというほど。
彼らの成功は夢物語のようだと誰もが言った。
スタッフらも最高の夢だと喜んでいた。
だがしかし、彼らにとっては。
「……悪夢だよな…」
「しかも覚めない、ね」
「これか、『夢なら覚めてくれ』ってやつは……」
再び、沈黙。
後ろにはずらりと替えの衣装。
それがまた気を重くさせるのだ。
話は、かれこれ数週間前に遡る。
いつものようにプライベートスペースから事務所に出てきたレイは、折りたたみ机の上の手紙を一心不乱に仕分けするナナミとアップルに気が付いた。
膨大な量のその手紙は、おそらくいつものファンレター。
なんかもう、慣れた。
目も通したことがあるし(目眩がしたが)。
レイは根性で全部読んだし、シーナもさらりと読んでいたが、ルックは3通で音を上げていた。
どうせまた次の便が来たのだろう。
が、にしたって、この時間から?
まだ朝食もとっていないほど早い時間なのに。
ちなみに、レイの起床時間は常人より結構早い。
いくらなんでも手紙の整理にしては早過ぎやしまいか。
おそるおそる近付くと、アップルが顔を上げた。
「あぁ、レイさん。おはようございます」
「え? あ…おはようございます」
にこにこと満面の笑顔のアップル。
師を戦いに引き出したとして恨むような目でレイを見ていたのはそんなに遠い昔のことだっただろうか。
ルックが否定していたものの、未だにこれは自分への復讐なのではないかと疑ってしまう。
しかしこの笑顔に作為はまったく感じられない。
もしや、これは本気と書いてマジと読むという、アレなのだろうか。
それとも作為がないと見せかけて、実は暗黒の策略があるのかもしれない。
なにせ彼女は軍師の道を歩んでいるのだから……。
アップルはマッシュの弟子だが、あのシュウの妹弟子でもある…それが問題なのだ。
「えぇと…どうしたの? こんな早くから」
「ファンレターの仕分けですよ。最近ぐんと増えましたから」
はぁ、そうですか…と独白。
すると今度はナナミが顔を上げないまま、
「あ、おはよー」
といつも通りの挨拶。
律儀に挨拶を返しながら、やっぱり何かが変だと思う。
特に変わった様子もないふたりなのだが…。
それはここしばらくの間で発達してしまった(ように思う)野生の勘が何かを訴えていたのだろうか。
しかも危機にしか反応しない勘が。
「そうだ、レイさん」
どきり。
「な…っ。なに…?」
「今ね、アップルちゃんとも話してたんだ。そろそろいいんじゃないかって。かえって遅いくらいかもしれないけど」
「あの……なにが…?」
「ファンクラブ♪」
うわあ。
レイは心の中で悲鳴を上げた。
今までその話がなかったのがたしかに不思議だったのだ。
レイたちはそれを「ラッキー」と思い、誰もそれを言い出さないことを切に願っていたのだが…。
「やっぱりね、ファンクラブがあった方がファン同士も結束すると思うしね。何より、事務作業がまとまるぶん楽になるんだよ〜。それに、ファンクラブって特典つくでしょ? 特典って言葉に人って弱いのよー」
そんな、裏事情を言われても。
レイはつい言葉に詰まってしまう。
それでね、とナナミが繋げる。
「つきましては、名前を決めようと思いまして〜。だからね、これ、候補なの」
「は?」
「応募開始から締切まで全然時間なかったんだけど、こんなに応募が来たんだよ。私たちが一応候補は選ぶんだけどね、最終的にはレイさんたちに決めてもらうから」
もらうから、ときたもんだ。
決めてもらってもいい? じゃないところがポイント。
つまり拒否権はない、ということか。
いや…そんなもの最初からないと言っても過言ではない。
「やっぱあれだよね。この応募にも抽選特典あるから、みんなこぞって出してくれたんだよ」
また、自分たちの知らないところで何かが起きていたらしい。
いい加減疲れた、とレイは肩を落とす。
そこでようやくナナミが顔を上げる。
にこっとナナミは笑いかけてくる。
何か来る、と直感。
思わずレイは半歩後ずさった。
扉を開けたレイは、ゆらりと3人だけのプライベートスペースである中央の部屋に入った。
さっきこの部屋を出た時のままならルックだけが机に向かっていたはずだが、さすがにシーナも起きていたようだ。
しかもルックになつこうとして思い切り腕を突っ張って拒否されている。
それすら目に入らないのか、レイは後ろ手に扉を閉じた格好のまま溜め息をついた。
力一杯シーナを突き放そうとしたままのルックが視線を投げる。
「…どうしたの? また、なにか企んでるの、あいつら」
「あー、レイ、おはよっvv」
「って、いい加減はなせ、このバカっ。朝から鬱陶しいっ!」
「ええええ? いいじゃーん、オレたちの仲でしょvv」
「どんな仲だよっ」
「愛し合う者同士v」
「他人だっっっ」
ぎゃーぎゃーと朝から大騒ぎのふたりだが、やはりレイは反応しない。
首を傾げたシーナが声をかける。
「どーしたんだよ、レイ? レイにも朝の抱擁してあげよっか?」
「いらないコトしなくていいんだよっ」
ぱしんとルックがシーナの頭をはたいて、今度は体ごとレイに向けた。
「レイ? 何か……」
ルックの心配そうな声に、ようやくレイは弾かれたように顔を上げる。
そうして笑って首を振るが、どこかぎこちない。
シーナもじっとレイを見つめるから、レイは困ったように肩をすくめた。
「ごめん、ふたりに心配かけるほどのことじゃない…………と…いいなぁ。むしろ…直撃?」
「わかった、落ち着いて話しなよ。どうせまた…『活動』のことだろ?」
ルックも、大きく息をつく。
それは果たして達観なのか諦観なのか。
苦く笑って、レイはルックの前に座ると机の上に1枚の紙を置いた。
つられてシーナが座る。
3人は顔をつきあわせる格好になった。
必然的に、声のボリュームが落ちる。
「……あのさ。僕たちに名前を決めて欲しいんだって」
「………。一応、聞いておこうか。なにの?」
「ファンクラブ……」
やっぱり、と嘆息はルック。
喜んでいいのか疲れていいのかわからないようなシーナ。
両方の気持ちがわかって、レイは頭を抱えた。
「候補はね……いくつかあるんだって。だけど、僕たちのファンの子たちの名称だから、僕たちが最終的に決定権を持つんだってさ。そんなねぇ、自分たちのユニット名すら自分でつけてない僕たちが?」
「それ、自分で名前つけたんだったら自主的にやったってこと?」
「まさか。3人で何かするんだったらこんな周り巻き込んで目立つようなことより、ひっそり3人だけでいられる方法考えるよ。あーあ、ファンクラブねえ……」
実感できない、という顔でレイは頬杖をつく。
ルックは肩をすくめた。
「前の戦争の時のメンバー、半分くらいレイのファンクラブみたいになってたけど?」
「…あの時から申し訳ないと思ってたし、正直苦手だったよ。たまーにさ、廊下の角から女の子が僕のこと見てたりすることもあって……さりげなく進路変えたことが何度あったことか」
だらん、と今度は背もたれにもたれて力を抜くレイ。
そう、リーダーという立派なキャラクターの陰で、本気で人前が苦手な素顔があったりしたわけで。
と、ずっとレイの置いた紙に目を通していたシーナが珍しく息をついた。
「でもさぁ。とりあえず、これ、決めなきゃいけないんだよな?」
「……うん。そうみたい……」
「…レイ、せめてマシなもの選ぼうよ……。選ばなきゃいけないならさ……」
遠い目をしたルックが言って、レイとシーナも肩を落とした。
さて、候補を絞った、とナナミは言っていたが……。
「……多いねぇ…」
「こん中から選べってか」
A4にして3枚分。
だが余白はわずか、小さめのフォントでぎっしりな上に2段組。
目算、250強。