アトリ
=Every Life is Freedom=
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「『First Love』? 初恋? なんで? ええっと…こっちは、『Love's Century』……」
「ちょっと待った、レイ。そういう系統はごめんだ」
「なんだかなぁ…。『ANGEL』に『Dream Maker』…なんだろうな、夢見がちなもん多くねぇ?」
「みんな僕たちになに望んでるんだろ……」
「……すっかりそういう方向にイメージ固まっちゃってるわけ? 既にそれ、この世の存在じゃないんだけど」
「うーん…。たしかに、アイドル、っていうと別世界の人間ってイメージはあるよね」
「オレたち一般人です〜…って言ってももう無駄ってことかあ。てか、なんでオレたち辞書片手?」
「しょうがないだろ、俗語とかで変なのに当たっちゃったら後々まで後悔するんだから。入念にチェックしないとさ」
「大丈夫だと思うけどなぁ…。あ、これは? 『Fairy』。綺麗じゃん」
「妖精? なんで僕たちが?」
「ま、僕たちじゃなくて僕たちのファンの子たちの名称、って考えようよ。その方が気が楽だし。そう考えると可愛くて乙女チックな言葉でもいいのかな…」
「レイ、それ、正気で言ってる?」
「……半分悩乱状態」
「だろうね」
「で、なんだっけ? 『Fairy』……あ。…………。シーナ、ここ」
「どこ?」
「ほら、ここだよ。口語のとこ」
「…………」
「どうしたんだよ。変な言葉にあたったわけ?」
「いや…その……辞書の……ここのとこ」
「………却下」
「だよね…」
「あ、じゃあ、じゃあ、こっちはどう? 似たような感じだけど。『elf』って」
「どれどれ。うん、意味的には問題ないと思うけど」
「とりあえず、最後まで見てからにしない?」
「じゃ、次……『LOVE DAYS』『Sweet Love』…」
「だから。なんでそうなるんだよっ」
「……もしかして…そういうのも多い…? 僕たちってそんな甘ったるい感じ?」
「それもこれも、イメージなんだろーなぁ……」
「はあ……」
ぐったり。
息をついて、レイは本日のお茶、ジャスミンティーを飲み干した。
それでなくとも気が乗らないところを、散々ああだこうだと議論したのですっかり喉が渇いてしまった。
シーナも腕を組んで悩んでいる。
一通り目を通したが、ずばりこれだ、というものに行き当たらない。
しかしこのままでは堂々巡りである。
意を決したように、シーナがばん、と紙を叩いた。
「こんなことやってても埒あかないし! どうせこん中から決めなきゃならないんでしょ? だったらこうしない? 適当にさ、コインでも落としてそこにあったもんにする!」
「ずいぶん投げやりな方法だけどね……なんだか、それが一番いいんじゃないかって思えてきたよ…」
ルックの声もずいぶんぞんざいだ。
レイも、ここまで来てしまっては反論する理由もない。
そんなわけで、比較的重要な問題はかなりいい加減に選ばれることに決まった。
そうと決まればさっさと終わらせてしまおう。
3人の意見は一致して、全員で1枚ずつコインを持って立ち上がる。
「……じゃあ、行くよ。目をつぶってね」
「誰のコインか、はもう関係なしってことだな。連帯責任、かあ」
「それが妥当だよ…」
目を閉じて。
「1、」
「2の、」
「3」
一斉に3人はコインを落とす。
かつん、ころころ、かちん。
机に落ちて、転がって、ぶつかって。
音が完全にしなくなった頃、3人は怖いものでも見るようにゆっくり目を開けた。
紙が3枚、コインが3枚。
コインの1枚は紙からはずれ、1枚は余白にあり、最後の1枚が文字の上に横たわっている。
ということは、この下にあるものに決定ということだ。
ちらり、とお互いの顔を確認する。
そうして目だけで頷きあい、レイがそーっと手を伸ばした。
コインを、静かにずらす。
「………『I think, every life is freedom, always』…」
読み上げたレイに、ルックが大きく息をつく。
「ずいぶん長いね。…すべての命は常に自由であると思う…? まぁ、綺麗ではあるけど」
「大きく来たなぁ…」
ふと、シーナが首をひねる。
何かに気が付いたようだ。
「? シーナ?」
「あ、うん。……あのさぁ、じゃあ略しちゃうってのはどう? ほら…オレがさっき言ったじゃん」
「『Fairy』?」
「じゃなくて。そのあとの」
「『elf』、だっけ」
「うん。Every Life is Freedom……」
「お。それか」
レイがルックを見ると、ルックは小さく肩をすくめた。
「…いいんじゃない? もう考えるのも面倒だし」
「じゃ、それで行きますか。正式名称『elf』、意味としては『I think, every life is freedom, always』…。なんかおこがましいなぁ……」
「なんにせよ、決定〜♪ じゃ、これで万事解決だな!」
…と。
レイが上目遣いでふたりを見た。
あからさまに何か言いたげな様子。
シーナはきょとんとしたが、ルックはピンと来たようだ。
「………レイ。さっさと吐いた方が楽だよ?」
「…………。えー…お二方に悲しいお知らせがございます……」
ばたばた、とあちこちの棚を漁る。
事務所には誰もいなかったので好都合だ。
ここでもない、あれでもないとそれを探す。
どうやらそんなに古い話ではないらしいから、すぐに見つかるはずなのだけれど。
「ったく。どうしてそれを先に言わないんだよ」
「だ、だってさ…僕だってはっきりそうと聞いた訳じゃないしっ」
「…あはは…まぁな…いきなり言われてはいそうですか、とも言えないしね」
シーナがフォローするが、寝耳に水なのは誰にとっても同じことだ。
いつか来るだろうと思いながら来ないのでほっとしていたら突然降って湧いたパターン、その2。
一体スタッフらはなにを考えているのだろう。
そのあたりをとことん問い詰めたい気もするが、余計に疲れそうだ。
そのとき、書棚のファイルを開いていたルックがぴたりと手を止めた。
「………あった」
その声にレイとシーナが過剰に反応する。
「え、マジ!?」
「そこだったかっ」
ものすごい勢いで走り寄って、ルックが開くそのファイルを両側から覗き込む。
相変わらず少女受けしそうな柔らかな雰囲気の告知チラシ。
ルックはまったく覇気のない声で、そこに書かれた文字を読む。
「……『お待たせしました。アトリビュートの公式ファンクラブが発足いたします。そこで、皆さんからアトリビュートのファンクラブの名称を募集したいと思います。素敵な名前を考えて下さいね』…だ、そうだよ」
そこにシーナが下の方にあった文章を繋げる。
「えっと。『アトリビュートのライブにご招待!』…『ご当選された方にはもれなくアトリビュートのファーストライブ、"Scene of The 1st stage"にご招待します。そのほか、応募下さった方の中から抽選で500名を同じくファーストライブにご招待いたします』………」
ファーストライブ。
それは間違いなく……。
「……ライブ告知、だね」
「ぼ、僕たち、聞いてないんだけど…」
思わず脱力して、レイとシーナはソファに座り込む。
きちんとファイルを元の書棚に戻し、ルックもふたりに向かい合うようにして座った。