アトリ
=Every Life is Freedom=
− 3 −

 はあああ。
 期せずして、溜め息がハモった。
 レイの頭の中ではさっきのナナミのセリフが響いている。
「ライブに、ご招待するんだよ〜。チケット、即売だろうからねv」
 それきり話しかける隙もなかったナナミ。
 あげく、「じゃあこれで決めてね」とファンクラブ名称の候補リストを渡されてしまったから、言い返すこともできなかったのである。
 あまりにさらりと言われすぎて、実感が湧かない。
 まるで狐につままれたような状態だったのだ。
 だからさっき、ルックの見つけたチラシを見るまで、夢でも見たんだろうと自分に言い聞かせていたわけだが……。
 そりゃあ、デビュー、アルバム発売、イベント、と来ればライブもありえない話ではない。
 だからある程度の覚悟はしていた。
 だが、それはちゃんとナナミの口から聞くだろうから、3人そろっている時にナナミが口を開いた時にだけ注意していればいいのだと思ってしまっていた。
 それはどうやら浅はかというものだったらしい。
 もう一度溜め息がハモって、その直後。
 噂をすれば何とやら、外からの扉がばぁんと開いた。
「あ。ルックくん、シーナさんおっはよ〜v」
 反応する気力はほぼゼロだ。
 やはりいつも通りレイだけが視線を動かした。
「ねえ、やっぱり、歌もいいけど……最近は楽器もできた方がカッコいいと思わない?」
 それにはシーナも目を見開く。
 ルックがかくりと首を落とした。
 おそるおそる、レイが口を開く。
「……なに、それは、……ライブで弾け、ってコト……?」
「わかってるなら話は早いよねv なにか得意なのってある?」
 あああ。
 誰か夢だと言ってくれ。
 しかも、ちゃんと覚める夢だと。





 そして話は、冒頭へ戻る。
 ファンクラブ結成とライブ告知、それからライブに至るまでの早かったこと早かったこと。
 歌に関しては3人ともなんの問題もなかったのだ。
 ルックの激しい人前嫌いが唯一問題といえば問題だったが、レイとシーナが一緒だと言うことで何とか納得するに至った。
 練習も順調で、振り付けも割と覚えがいいのですべてがうまくいっているように見えた。
 もちろん、うまくいっていたのだ。
 ただし、「歌に関しては」。
 ナナミが突然言い出した、「得意な楽器ってなに?」が曲者だった。
 隠してあとでなにがどうされるかわかったものではないから、ここは仕方なく正直に答えよう、と決心した3人が小さく、
「……一応。習い事としては、バイオリンを少々……あっ、ホントに少々、だから」
「オレ…は…ピアノを習わされてました……」
「僕はなにも。なにもないからね」
 精一杯の自己主張をした。
 だったらそうなるかと言えば……お察しの通り。
 そんなにすんなりいくはずがないのである。
「なるほどね。OK。じゃ、レイさんとシーナさんにはギターを習ってもらおっかな」
「「は!?」」
「で、ねえ、ルックくんには、ピアノ♪」
「ちょ…っ。僕たちの話、聞いてた!?」
 慌てて抗議するが、聞いちゃくれない。
 そんな突然やったことのない楽器を持ち出されて弾いてみろ、といわれて弾けるほど楽器は甘いものじゃない。
 だがそんなことはお構いなしらしい。
「がんばってね。アイドルには努力も必要だからね!!」
 だから、誰が望んでなったというのだろう……。
 控え室は溜め息で溢れかえってしまいそうだった。
「………っはー…。どうしたってイメージ商売なわけか……」
 そこにあった知恵の輪をすべて外し終えてしまったルックがしみじみ呟く。
「なー。っつか、オレのピアノ、あんまり似合わないとか言われたしさ…」
「僕だって。お上品すぎるとか言われちゃったよ……しょーがないじゃんか、僕は帝国貴族の嫡男だったんだぞーっ!!」
 正直余計なお世話だと思うのだが。
 それはそれ、これはこれなのだそうだ。
 レイとシーナは「カッコいいから」という理由でギターを習わされたし、ルックに至っては「みんなそれを望んでるの」という理由にもなっていない理由でピアノに回された。
 どうやらルックの指が綺麗で、見た目も繊細な感じがするから、らしい。
 そんなことで決められてしまっては不本意きわまりないのだけれど。
「……あのさ。僕、それでなくても手、大きくないんだよ。だから楽器って苦手なんだ。鍵盤の遠くまで指が届かないんだよ」
「僕も……。こっち側の弦押さえる時にさ、手がつりそうになるんだよね…。だからバイオリンも最後までやらなかったんだよ。武術の練習もあったしさ」
「オレは…なんとか届くけど」
「シーナはちゃんと男の手してるもん。羨ましいよ……」
 ハードな練習を課しておきながら、手に傷なんか付けちゃダメだよ、と言われた。
 マネージャが本気で鬼に見える今日この頃の3人であった。
「はーい、そろそろ時間だよ〜! 準備できてる?」
 鬼、とたった今たとえた顔が、ひょこりと覗いて笑う。
 はぁい、と返した答えはすっかり脱力しきっていた。





 で。
 結局"Scene of The 1st stage"がどうなったかというと。
 ……これが、見事大成功をおさめたのである。
 サウスウィンドウホール(いつの間にこんなものが?)での1デイコンサートではあったが、チケットは発売から15分でソールド・アウト。
 会場はひとつの席の空白もない鮮やかな満員御礼。
 入場後のグッズスペースではグッズが飛ぶように売れ、品切れが続出した。
 そして、3人は……危なげな様子もなく、しっかりとライブを完走させたのだ。
 当然、それぞれが楽器を持つアコースティックコーナーもしかりである。
 あれだけ文句を言っていた割には、圧倒的な腕前でファンを魅了した。
 結局やれと言われたものをしっかりこなしてしまう真面目な3人だった。
 …が、それが災いして次から次へと難題をふっかけられるということに、未だ気付いていない…。


「ね? アップルちゃん。あの3人、アイドルにして成功でしょ?」
「まさかこんなにうまくいくなんて…」
「見事ですよねー」
「ふふふふふ…。これで今年度は城がひっくり返っても黒字になる………」


 ほくそ笑む首謀者4人。
 そうしてファンクラブは、結成当日だけで2000人を突破したという。
 レイとルックとシーナ、ますます窮地である。
 ライブのあと、レイがぽつんと呟いた。
「なんだっけ…ファンクラブの長い名称…」
「ああ、あれだろ。『I think, every life is freedom, always』…だっけ」
「……あれ、否定文にしていい?」
「not、ってこと? ……僕たちの中では、最初からそうなんじゃないの?」
「「ごもっとも……」」





Continued...?




<After Words>
相変わらず、不憫です(笑)。
アトリって1日くらいで書けるんですけど、名称の設定は悩みました。
ファンクラブ名にライブの名称に……(爆笑)。
どんな名前が寒いかなーとか考えるわたしって。
さあて、次はどんな災難にしようかなあ…なーんていうと3人に
おのおのの武器でマジツッコミされそうですが。
でも、さりげなく問題発言の多いアトリは書いてて楽しいですねv
さて今回の問題発言はどれでしょう、とかね(笑)。
…というわけで、ファンクラブ発足です!! 『ELF』…。
エルフ、と気軽に読んでやってくださいませね★
本当に会員募集したり、会誌を発行したりしようかと一瞬本気で
考えてしまったわたしを誰か止めてやってください…(笑)。



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