アトリ
=愛しあってるかい!=
− 3 −

 そうして、同じものを感じた3人がどんなライブを繰り広げたかというのは、もちろん言うまでもない。
 さらにそれが自分たちをドツボに陥れているのだということには未だ気付いていないが。
 何にせよ盛り上がった会場は、新緑祭史上最高の熱気に包まれていた。
 歓声と歌声とが、野外ステージのはるか上に広がる空に響く。
 ただ少し、天候が意地悪をしたけれど。
 それは、アンコールに入ってまもなくのこと。
 大粒の雨がステージを叩いた。
「うわ…。結構な降りになって来ちゃったね。せっかくだけど…今日は終わりにしようか?」
 アンコールの1曲目が終わってレイがマイク越しに語りかける。
 会場からは、「ええええーっ」という大きな悲鳴があがった。
「やだーっ、レイくーん!!」
「もっと聞きたいー!」
「やめちゃやだーっっ!!」
 会場のボルテージは上がったままだから、その返答も頷ける。
 レイはそっと隣のふたりの顔を見る。
 シーナも困ったように空を眺めた。
 予定では、残りの曲は1曲。
 やめようと思えばやめられる。
 レイは次第にずぶぬれになる客席を戸惑うように見渡した。
「だけど…僕たちはいいけど……このままじゃみんなが風邪ひいちゃうよ。だから……ね?」
 とたん、会場の声がぴたっと止まった。
 そうして、次々と女の子たちが顔を覆う。
 ステージ横を見ると、ナナミも決めかねるように空と会場とを交互に見つめている。
 けれど答えは、その会場から返ってきた。
「……最後」
「最後に、聞かせて! もう1曲だけ!」
「歌って! 歌って、レイー!」
「ルックくんっ!」
「シーナーっ!」
 声、声、声。
 ルックとシーナが、レイを見た。
 これは…ここまで来たら、止められない。
 レイは頷いて、バックバンドに一言二言を告げた。
 すぐに話は終わった。
 わずかに間をおいて、イントロが流れる。
「じゃあ、最後に。『Parting way〜君が見ていた雫〜』……」


 身支度が終わって、誰からともなく息をつく。
 最後の最後でアクシデントが起きるとは。
 天気予報では夜半過ぎまで快晴だったはずだが、見事に外れた。
 しかも今は既にやんでいるから余計に悔しいのだ。
 この季節には珍しい通り雨だったようだ。
「しっかしなぁ」
 にやにやしながら、シーナ。
「レイって意外とキザなコトするんだな。最後って別の曲編成してたのに、雨が降ってきたからあれに変更するなんてさ」
 レイは拗ねたようにシーナを上目遣いで睨んだ。
「……しょうがないだろ。最後に予定してたのって『The scene in which you are』じゃないか。あれ、7分以上ある曲なんだから。冷たい雨の中でそんな長い曲やったら、学生も僕たちも凍えちゃうよ」
「まぁ…それは言えてるけどなあ」
 するとルックがちらりとレイを見る。
「それにしたって、それを持ってくるんだからレイも演出家だよ。もしかしたら仕組んだんじゃないかって思うほどにね」
「し、仕組んだって。どうやってだよ」
「例えば、撮影で使った降雨機をさらに進化させてたとか」
「なるほど! その手があったわねー」
 ぽん、と手を叩く音。
 一体いつからそこにいたのか、ナナミが何度も感心したように頷く。
「そうよね、そういうコトをしてもいいのよね。上からなにか降らす…うんうん。雨だと相手に風邪ひかせちゃって大変なことになるけど、そういうものじゃなかったらOKよね。…ありがとう、ルックくん!」
 ばたん!!
 控え室のドアが閉まる。
 あっけにとられた3人だが。
 しかしそれも今に始まったことではない。
 何事もなかったように、3人は自分の荷物を持った。


 外に出ると、さっきまでの雨は本当に気配もない。
 よく晴れて星の綺麗な夜だ。
 地面にはまだ水溜まりが残っているが、それが夜空を映していて、かえって綺麗なくらいだ。
「とりあえず、今日のお仕事は大成功…かな?」
 外のすがすがしい空気を思い切り吸い込んだレイが、機嫌の直った声でふたりに同意を求める。
 ルックも大して異論はないから、素直に首を縦に振った。
 これで明日からもまた大忙しな日々が続くのだろうと思うと目眩がするが、なんとかなるかもしれない。
「でも、あれだろ。これから先、ちょっと仕事の量少ないよな」
「…今回みたいなことがないならね」
「げっ」
「というより、今までが多すぎたんだよ。これくらいが普通なんじゃないの? どれくらいが普通なんだって聞かれると僕もわからないけど」
 のんびりした会話。
 が、はっと息をのむと、同時に身構えた。
 斜め右、木の陰。
 人の気配がする。
 アイドルにされているとはいえ、もとは戦闘を数多くこなしてきた3人だ。
 隠れている者の気配は、たとえどんなに些細なものでも感じ取れる。
 やがてその方向から、がさりと音がした。
 姿を見せたのは、制服姿…ニューリーフの学生だ。
 その姿に、まずレイが構えを解いた。
 殺気のたぐいは全く感じられない。
「あの、お疲れ様でした。僕……お会いしてみたくて、どうしてもお会いしたくて、ずっと待ってたんです…」
 男子学生はおずおずとそう切り出す。
 これが出待ちという奴か。
 気持ちはわからなくもないが、あまり褒められた行為でもない。
「ああ…ありがとう」
 構えは解いたものの、慎重にレイが答える。
 相手がファンであれば、あまり構えてしまうのも悪いが、ファンであるがゆえに暴走する者もいないとは言えない。
 そして。
 ルックとシーナが止める隙もあらばこそ。
「っ、レイさん……っっ!!!」
 突然、少年がレイに抱きついた。
「好きです…!! レイさん、ずっと舞台のあなたを見ていて……!!!」
 とっさのことで、さすがにレイも動けない。
 まず我に返ったのはシーナだ。
 さっと少年とレイの間に割り込むようにしながら、笑いかける。
「あ、ごめんな。オレたち、ライブ終わったばっかりで、疲れてるから。レイのファンなら、レイの体のことも考えてやってくれな?」
「でも、僕っ」
 さらにルックが無言でレイとシーナの間に体を滑らせる。
 そこに、駆けてくる軽い足音。
 マイクロトフが3人をかばうように立つ。
 わずかに遅れたカミュが少年の肩を軽く抱えた。
「すみませんが、どうぞこちらへ……。マイクロトフ、後は」
「わかっている」
 にこりと笑うと、カミュは3人に会釈をして少年を優しく連れて行く。
 名残惜しそうな顔を何度かレイに向けつつ、少年は歩いていった。


 しーん。
 静まりかえったままのメンバー。
 しばらくして、ルックがレイの顔を覗く。
「大丈夫? 思い切りこられてたけど」
 聞かれてレイはぎこちなく振り向く。
「え…? いや…大丈夫っていうか。ファンの人だから嬉しいとか、そういう前に」
 はあ、と吐息は夜の中でうっすら白い。
「せめて、女の子だったらよかったのに、って、ちょっと思う」
「ふぅん? 珍しいね、レイがそんなこと言うなんて。シーナならともかく」
「オレならともかくって……」
「だってそうだろ。レイってあの過保護男にいつも抱きつかれてる気がしたけど」
「ち、小さいころとかはね。最近はそんなでもないよ。それに、家族ならともかく…突然男に抱きつかれて気色がいいと思う?」
「……思わないね。僕は相手の性別問わず、嫌だけど」
 ?
 シーナは思わず首をかしげる。
 いつもふたりに抱きついているシーナ。
 じゃあ、気色悪いと思っていたんだろうか。
 その割には、そんな態度を取っていたようには見えないのだけれど。
 気を遣う相手ならともかく、今までさんざん悪態をついてきたシーナに対しては、遠慮会釈なくものを言うはずのふたりなのに。
 そこでシーナはひとつの仮説を立てた。
(………それって…。オレならいい、ってこと?)
 歩き出したふたりの背を見つめる。
 ならば、とシーナは地面を蹴った。
「とにかく、さ! 寒くなってきたし、早く帰ろーぜっv」
 後ろから、ぎゅっとふたりを抱きしめる。
 さて…反応は?
「うわっ。だから重いって言ってるじゃんかぁっ」
「ったく……。あんたって奴は。それじゃ歩きにくいだろ?」
 肩越しに振り返る視線。
 腕をふりほどかないふたり。
「……いやー。だってオレ〜。ふたりのこと愛しちゃってるからっvv」
 いつも通りの告白には、いつも通りの呆れかえった溜め息が返ってきた。
「だから言ってるだろ。僕は嫌い」
「僕だって、あんたのことなんか大っ嫌いだよ」
 レイとルックの、小さな笑顔。
 テンションが空高くまで舞い上がるシーナに、軽い拳が2つ、飛んだ。





Continued...?




<After Words>
え? サブタイトル?
そりゃもう、学園といったら「愛しあってるかい!」でしょう。
え? 知らない? 89年に月曜9時でやってたドラマですよ。
陣内孝則と柳葉敏郎のコンビが大好きだったんですよねー。
主題歌はキョンキョンで、「学園天国」歌ってました。
当時10歳、初めて連続ドラマを見たのでした。
で、ギバちゃんにハマって「素敵な片思い」も見ましたっけ。
ギバちゃん独特の言い回しで「どーじょーじゃない、あいじょーだ」
(同情じゃない、愛情だ)っていうセリフが忘れられません。

さておき。いやあ、「こんなに短くていいのかな…全然量書けない」
と思ってるものに限って、書き終えてみると長いんですね(汗)。
4000字くらいまでは牛歩で書いていたんですけど…。
気が付いたら書きすぎでした(笑)。
けど、アトリ、楽しいんですよ〜〜〜vvv
それぞれシリーズってすっかりカラーがついちゃってますから。
本編は流れによって明るくなったり暗くなったり色々してますが。
「みにまむ」はギャグ、「みにまむ’」は切ないほのぼの、
そしてアトリのテーマは「ラブラブ」です(爆笑)。
他のシリーズじゃできないくらいのラブっぷりで頑張ってます♪
だってねぇ…設定からしておかしいもんねぇ…。
いくら私室があるとはいえ………同棲じゃないスか(笑)。
アトリ、まだバリバリ書く気でいます。
流れとして2話先までは決まってます(笑)!!



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