アトリ
=愛しあってるかい!=
− 2 −

 この平和な日々がいつまでも続けばいい…。
 そのシーナの願いもむなしく。
「お仕事だよ〜」
 明るいナナミの声。
 また例の日々が始まってしまうわけだ。
 諦め半分、希望はその半分。
 残りの4分の1は、逃亡願望。
 いい加減諦めが悪いんじゃないだろうかと思わなくもないが…。
 けれど、そこで諦めてしまっては、希望の糸は全て断ち切られる気がする。
 溜め息とお友達になって、久しい3人だ。


 事務所の部屋に入ると、いつものメンバーがいる。
 ナナミに、アップルに、シュウ。
 ユウキはいないようだが、軍主でもある(?)彼は、他の仕事もあって忙しいのだろう。
 その代わり、というわけでもないだろうが、ソファにはニナが座っていた。
「こんにちはー」
 ナナミに負けず劣らずの元気な挨拶。
 つられて3人は頭を下げた。
「あ、座って座って〜」
 引っ張り出してきたパイプ椅子に座っていたナナミが、ニナと向かいにあるソファを指さす。
 なぜか逆らいきれない3人は、勧められるとおりにソファに座った。
 いつもの嫌な予感は、この部屋のドアを開ける前からしていた。
 どうせ、それが図星だったと落胆するのも時間の問題だろう。
「ええとね、今日はニナちゃんに来てもらってるんだけどね」
 さぁ、どうくるか。
 以前ニナはアトリビュートのスチールカメラマンとして3人と仕事をしたことがある。
 とすれば、また何かの撮影だろうか。
 だが、ならばなぜシャッターを切る人間がわざわざここに来るのだろうという疑問が残る。
 息をひそめて、次の言葉を待つ。
「戦いとか占領とか、色々あったわけじゃない? だからね、色んな行事が延期になっちゃってたんだって」
「やっぱり、学業に追われてるだけでもストレスなのに、そういうことがあったから抑圧が大変なのね」
「それで、同盟軍が圧力を追っ払った今だからー」
「延期にしてた行事をやったらいいと思ったの」
 次から次へと流れるように話が進む。
 この会話のスムーズさ……既に話は決まっていると見た。
「でもね、急に決まったわけでしょ。時間ってないんだよね」
「だからといって、手抜きをして貧相なものにするのって、それは悔しいでしょ」
「いかにも急ごしらえですって感じでね」
「だったら少しでも有名な人を呼べば、それだけでも学生たちは喜ぶだろうなって」
 ……ちょっと待った。
 わずかにレイとルックが目を合わせる。
 行事に学業に、学生…?
 これは仕事の話であるはずで、そこでなぜ。
 そしてルックは眉をひそめた。
 思い当たる施設はひとつしかない……ニューリーフ学院。
「そんなわけで、ニューリーフの学園祭、その名も新緑祭!!」
「時期はちょっと遅いけどね。やっぱり、私たちの仕事って、人に喜んで貰うためだもんね!」
「アトリビュート・イン・ニューリーフ! 特設ステージはばっちり押さえてあっりまーす!!」
 びしっとポーズを取るナナミとニナ。
 ふたりの気合いが入った無意味なポーズは敢えて見て見ぬふりをして、レイは小さく息をつく。
「…どうせそんなことだろうと思ってたけどね」
 声になるかならないかのレイの呟きに、ルックは憮然として頷き、シーナは乾いた笑いを浮かべた。
 けれど、思っていたほどの事態ではなかったことにはほっと胸をなで下ろす。
 なんと言っても前科が多すぎて、呼び出されるたびに次はどんな目に遭わされるかと気が気ではなかったから。
 ライブなら、いくつかこなしてきた。
 サウスウィンドウホールにとどまらず、舞台を湖の上に設置しての湖上ライブもやった。
 そこで後ろの方の顔など識別できないくらいの人数を目の当たりにしてきた3人だ。
 特設ステージとはいえ学院の内部に作った施設など収容人数はたかがしれているだろう。
 これは安心してもいいのかもしれない。
 が、やはりルックは難しい顔を崩さない。
「ルック?」
 シーナが聞くと、ルックはそっと肩を落とした。
 が、すぐに目を上げて、己のポーズに酔いしれているらしいナナミとニナに向かって、つっけんどんに問う。
「……で? いつ」
 あ、と小さく叫んだのはレイとシーナ同時。
 ナナミはにっこりと笑う。
 この笑顔が曲者なのだ。
「あさってv」


「………で?」
「今日か………」
 すっかり遠い目をするレイに、憮然とするルック。
 それもそのはず、告知の日と翌日と当日の明け方まで、つまりあれからぶっ通しで練習に入ったのだ。
 これで人前に出ろと言うのだから一体なにを考えているのか。
 今は少しでも体力を取り戻すために控え室でじっとしているが、数時間前までは動き通しだった。
 普通こんなスケジュールはあり得ないのでは、と思うのだが。
 ドアの向こうでは、学生たちの走り回る音が聞こえる。
 ここは専門の施設ではないから、控え室といっても学院内の小さな空き部屋だ。
 普通の教室と変わりないから、ドアもさほど厚くないのだ。
 スタッフも、いつものようにスフィア=レーベル直属スタッフ(というか同盟軍所属のみなさん)ではなく、ニューリーフの学生たちが全て取り仕切っている。
 気心が知れた(といってもたかがしれているが)連中相手なら不機嫌も堂々と表に出せるが、相手が学生となるとそうもいかない。
 学生たちの中には応援してくれているものもいるだろうから、あまり印象を悪くしたくない。
 ……と、思ってしまっていること自体がドツボにはまっているというのかもしれないが。
「………さー。よかったよなぁ、ニナさんがスフィア=レーベルに顔利いて!」
 ふと、3人の耳に声が飛び込んでくる。
 さっき紹介された声だ。
 たしか、学園祭実行委員長だったか。
「新緑祭実施が決まったのが3週間前で、アトリビュートに出演交渉持ちかけたのが2週間前だもんな。よく2週間しかないのに了解してくれたよな!」
「テレーズさんからもお願いしてくれたんだって! 頼んでみるもんだなー」
 ぴたりとルックの動きが止まる。
 まだその会話を聞かなければ、知らないままでいられたものを。
 絶対零度まで下がる眼差しだが、レイも敢えて止めない。
 もちろん、それはレイも同感だったからで。
「………あのさぁ、レイ?」
「……なに?」
「この場合……一体なにを恨んだらいいわけ」
「そうだね…薄すぎるドアじゃない…?」
 そう。
 学生たちに罪はないのだから。
 学生たちには。
 机の上にひらりとただ1枚置いてあるのは、今日のライブの編成表とナナミの元気な字。
 ───戦闘に巻き込まれた被害者である学生たちの心のケアを! 慈善事業だからね!!!
 ルックは深く息をついた。
 こう言われてしまって、レイが「やめる」だなんて言い出すはずがないから。
 おそらく3人が逃げ出す間を与えないように直前に言い出したのだろうが……。
(……ったく。わかったよ。やるよ……)
 だが、それは学生たちのためでも、ましてやスタッフ陣のためでもない。
 ちらりと視線をあげて、そばにある顔を見た。
 と、さっきからやけに静かだった、その原因に気が付いた。
「シーナ? どうしたのさ。さっきからあんた、ずっとそうやって頭抱えてるけど」
 端のイスに座って小さくなっていたシーナが、わずかに身じろぐ。
「あー…考えてた」
「なにを?」
「仮にさっさと言い出されて、前の仕事終わってすぐにこれの練習に入った方がよかったのか、それとも…やっぱりちゃんと3人で休めてよかったのか……についてさぁ」
 きょとん、とレイとルックが顔を見合わせる。
「だってさ、あの休みって、つまりはこのライブの埋め合わせってコトだろ? そりゃあ、順番は逆だったらどれだけいいかしれなかったけどさ。少なくとも、オレたち、なにも考えないで休めたかなぁって」
 こいつは……。
「あんたには…時々驚かされるね」
「え?」
「なんでもない。なおさら、やらないわけにはいかなくなったな、って話。ねぇ、ルック」
「その通りだね。面倒には変わりないけどさ。体力が残り少ないのも事実だし。倒れたら、シーナ、責任持って受け止めろよ」
「えええ? そ、そりゃ、喜んで抱きとめるけどさ……」
 突然どうしたのかと目を見開くシーナに、レイとルックが小さく笑う。
 3人だけでいた時間……。
 あの時間に「落ち着き」を感じていたのは、シーナだけではないのだから。
「さてと、さっさと行こうか。時間だよ」
「とっとと終わらせて休まなきゃもたないしね」
「? だなー。よっしゃ、参りますか!」



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