August 30th, 2004
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煌々とライトに照らされた会場のボルテージは、時と共に上がっている。
美術班が舞台の上のセットをチェックし、照明班がランプの位置やスポットライトの角度を調整し、音響班がサウンドエフェクトの確認をする。
伝令役のスタッフがばたばたと走り回り、本番に劣らない熱気が渦を巻く。
小さなトラブルはそこここで起きているものの、大きな問題はない。
刻一刻と迫る本番に向け、ほぼ全員が一丸となって動いていた。
「はーい、それじゃ立ち位置の最終確認しますからね」
舞台上で打ち合わせをしていた3人が、ぱっと顔を上げる。
主役は、アーティストの3人。
けれど裏では会場を見渡す限りの大勢の人々が支えている。
彼らは表には出ない裏の主役だ。
が、表の主役はこっそり裏表逆転しないかと考えていたりする。
入念なリハーサルを終え、3人が控え室に戻ったのは日も暮れてだいぶ経つ頃だ。
どうやら演出にかなり力が入っているらしく、スタッフ陣のものすごい熱意が時間を長引かせてしまったらしい。
一体何度「そろそろ休みを…」と訴えたくなったことか。
控え室に戻るなり椅子に座り込んだ3人に、誰も文句は言えないだろう。
「……っはー。だいぶ体力消費したなぁ…。明日、もつかな……」
ぽつんとこぼしたのはレイ。
ちらりとルックが視線を上げた。
「もたすしかない、だろ。あの上で倒れてごらんよ。大騒動になるから」
「そりゃ、たしかになるね」
思わず想像して怖くなる。
とっくに完売しているチケット、まだ会場の整備に走るスタッフ……。
一体どれくらいの人間に影響が及ぶのだろう。
「…なんか……すっごいプレッシャーだね……」
「本当に、いつも思うよ。なんだってそれを僕たちがやらなきゃいけないのかが一番問題だね」
黙って聞いていたシーナもひからびた笑いを作る。
「だよなー。だけど、レイもルックもちゃんとリハーサル最後までこなしてるじゃん」
それには、溜め息がふたつ返ってきた。
「まあ、ね…。あれだけ目の前で一生懸命準備してる人たちを見るとさ…。わがままでそれを振り回していいのかなって思っちゃって」
「無理矢理引っ張り込まれた僕たちがそれを拒否することがわがままに該当するんならだけど」
「うっ」
「それってわがままというより当然の拒否権のはずだろ。レイって相当なお人好しだよ」
「そ、そうかな……」
「間違いなく。よく今まで詐欺に遭わずにいられたよね」
レイは困ったような顔をする。
時々見せる、年齢よりも幼い表情。
腕を組んだシーナが深く頷いた。
「オレもそう思う。しかも、詐欺だってわかってるのに相手が困ってるからって自分から騙されるタイプ」
「なんだよそれっ」
どことなく会話の隙間が広い。
あえてそれには気付かないふりをする3人だ。
キツいリハーサルで、とっくに体力は尽きている。
だが今ここでそれを認めては、レイの心配通り、公演の途中で倒れないとも限らない。
だからそこはやり過ごすのが肝要だ。
そこに、
とんとん、がちゃっ。
もうすっかり定番と化した、ノックと同時に開くドア。
一体そのノックにはなんの意味があるのか、一度聞いてみたいものだが。
「みんなー、おっつかれー」
ひたすらテンションの高い声。
「……お疲れ様」
一応律儀に返事はして、目線を上げる。
そこにはにこにこと嬉しそうな敏腕マネージャナナミ様の顔。
いや、嬉しそうというより心底楽しそうな。
「うん、さっきのリハ、すっごいよかったよ。この調子で明日も頑張ってね!」
「……うん。サウスウィンドウホールは何度か来てるからね。舞台の広さはわかってるし」
自分のセリフに目眩を感じつつレイが答える。
ナナミはさらに満足げに頷く。
「さすが、アーティストって違うよねっ」
「…いや、別に望んでなってるわけじゃ」
「そうそう、ライブもだいぶ数こなしてきたでしょ。そろそろ慣れたかなぁと思ってね」
レイのセリフは難なく流される。
どうせそうだろうと思ったが。
ナナミの多少(?)強引で突っ走る癖は、今に始まったことではないと彼女の義弟談。
「それで、なに?」
わずかにレイとルックよりは割り切った様子のシーナが首を傾げる。
「だいぶ3人ともそれぞれのキャラクターは確立してきたでしょ。だから、これからはグループとしてのキャラクターを定着させていかなくちゃ」
「っていうと?」
「個性の違う3人が、一緒になるとひとつの方向にまとまるっていう感じが大切なわけね。つまり、仲良しさんのイメージを出すの」
「「は??」」
そうだったのか?
初めて知ったけれど。
「なんだか友情まっしぐらみたいな仲良しをね……表向きは」
「…………」
どっち向きだと?
思わず耳を疑うが、それも聞かなかったことにして。
「だからどうしたらいいわけ?」
「簡単だよー。一緒にいて、話をしてれば周りはそう見てくれるから。今までのやりとりでも問題はないんだけど、ライブの時にもタイミング見て近くに寄って喋るとかね。あと、目配せするとか。ファンの子の目の前でそういうさりげないやりとりをするのがインパクト強いから」
「全然それってさりげなくないんじゃ……」
「さりげなくするのよ。演技力も必要だってことかな。言われる前に言っておくけど、別に相手を騙してるわけじゃないからね。それもお仕事なの」
何かを言おうとしたレイが言葉を飲む。
なるほど、ナナミもだいぶレイの性格を呑み込んできたらしい。
アイドルは夢を売るお仕事。
3人はそっと視線を落とした。
わーわーわー。
きゃーっ。
歓声がホールに満ち溢れる。
光が踊る舞台の上、少女たちの気持ちはまっすぐにそこへ向かう。
空気を揺るがす音に酔いしれて。
舞い散る銀の吹雪に心躍らされて。
なにより、虹色の光の中にいる姿に目を奪われる。
端の方から見たら指先くらいにしか見えない姿でも、その空間の中にいるだけで十分だ。
同じ空間の中にいる。
それだけで少女(あるいは少年)たちは心を満たしている。
まるでそれは、夢のような出来事だ。
その舞台を見つめる者にとって、ステージはまさに夢の中だった。
もちろん、舞台の上にいる者にとっても。
(……気が付いたらグレッグミンスターの自室でした、ってオチでも僕は構わないんだぞっ。むしろ夢オチ大歓迎なんだけどっ)
間奏で沸き立つ観客席を眺めながら思う。
けれど表面ではにこやかに、嬉しそうに観客席を見渡す。
これは解放軍時代に得た演技力だ。
本当は大した自信もなかった自分が解放軍のリーダーとしてやっていくには、そんなハッタリも必要だったから。
それが災いしたかな、とも思うレイだ。
やはりそれも「頼られたらそれを裏切るわけにはいかない」とつい思ってしまうのが敗因だろうか。
ルックとシーナの言う通り、今まで騙されずに来た方が奇跡だったのだろうか。
(………というか……この立場を与えられた時点でもしかして僕、騙されてるんじゃ……?)
今頃それに気付いてショックを受ける。
が、すぐに今がそんな状況ではないことに気が付いた。
(やっば、ライブの途中だっけ。えーと、しょうがない、こうなっちゃった以上は!)
さっと頭を切り換え、レイは右後ろにいたルックに目をやる。
ライブ中でも仲良しを強調、というナナミの言を律儀に守ってしまう、それがレイだ。
しかしさすがにルックはクール(というキャラクター設定だが実は単に人前がとことん苦手なスーパーシャイ)なので、笑顔は返さない。
わずかに肩をすくめるだけの返事が来て、レイは笑った。
今度は左にいたシーナに視線を動かす。
こちらは明るくて社交的(と見られているがたぶんレイから視線をもらったことが嬉しいだけだろう)なタイプだから、すぐにぱっと笑顔をくれる。
そのシーナがぱくぱくと口を動かした。
そんなに離れてはいない距離だが、なにせ音楽が目一杯のボリュームでかかっている舞台上で聞こえるはずがない。
わずかに首を傾げると、立ち位置も無視してシーナはさっと駆けてきた。
一瞬驚いたが、あれだろう。
シーナも「仲良しを強調」を守っているのだろう。
レイのそばに駆け寄ったシーナは、笑いながらレイに耳打ちする。
「……マジ、疲れた」
仕方のない奴、とレイも笑ってシーナの耳元に顔を寄せた。
「あと3曲。なんとか乗り切らないとね。ルックも相当疲れてるみたいだよ。文句を紙に書いて瓶に入れて放り投げたいよね」
「ヘルプミー、ってか。まったくその通りだなぁ。じゃ、もうちょっと頑張りますか」
シーナはレイの肩をとんと叩いて、持ち場に戻る。
間奏が終わりに近付き、レイはステージの正面へ駆け出した。