アトリ
=Scandalous Blue=
− 5 −

 勢いよく部屋に飛び込んだものの。
 どんなフォローをするべきかに迷って、シーナは目を泳がせる。
 とりあえず大きな音をさせて開けたドアは、今度は静かにぱたんと閉めた。
 そうして息をひとつついて、改めてソファに目をやる。
 ソファには、疲れ果てたように座り込むレイとルック。
 言葉を探しながらふたりに近付くと、小さな声が聞こえる。
「……有名税か……有名税……」
「何もないんだから、慌てない……ってなぁ…。何もなかろうとあれは慌てないで済む問題でもないと思うけどなぁ……」
 すっかりソファの背にもたれかかって、なんとか納得しようとしているようだ。
 簡単に納得できるような類の問題ではないのだけれど、強引に自分を納得させようとしているらしい。
 むしろ自分たちがどう描かれているかより、ふたりがショックを受けていることの方が気になるシーナだ。
 けれど、そうやってふたりを気遣うことで余計周りが騒ぎ立てるのでは?
 一体どうしたらいいのやら。
 シーナは迷ったあげく、ぽつんと呟く。
「えぇっと……あの……ごめん」
 言ったとたん、ふたりがぱっと顔を上げた。
 レイが不思議そうに首を傾げる。
「ごめん? なんで? どこからその発想が出るんだよ。別にあれを書いたのはシーナじゃないだろ」
「そりゃそうなんだけどさ。たしかにオレ、所構わずくっついてた気がするし。それでああいう風に見られたんだとするとさ……」
 するとレイが笑う。
「いいよ、そんなこと。どうせあのスタッフの企みなら、どうあってもああいう風に見せられたんじゃないの? ほんと、見事な腕前だよなぁ」
「……たしかに、こまかーい設定があったようななかったような」
「だろ?」
 ルックも仕方なさそうに小さく笑って、
「ま……しょうがないね。この件に関しては僕たちの負けだよ。今回だけはあの連中に勝ちを譲る…すべてに負けるつもりは毛頭ないけど。それとも……あんたに本当にその気があるんだったら別だけどね」
「へっ? …え……っ。オレは……そ、その……」
 何故かシーナが答えに詰まる。
 ソファに沈み込んだままのふたりは小さく目を合わせた。
 はああ。
 レイの、大きな溜め息。
「別にいいけどさ。……それより!!」
 ぐっと拳を握る。
「完全に決意した。アトリビュートのレイって奴は、僕じゃない。僕と、あれは、まったく別の人物なんだ!」
 既に周りからキャラクターとしてできあがった姿で見られている。
 ならば、それを「キャラクター」として確立させてしまおう。
 内側にある自分とは、まったく別の。
 言ってしまえば、外側に殻を作るようなもの。
 窮屈かもしれないが、それが一番楽なような気がする。
 そういえば、リーダーとしての自分もそんなふうに作ったっけ。
「……と、僕は思うことにしたんだけど。どうだろう」
 ちらりと上目遣いでふたりを窺う。
 大きく息を吸い込んだルックが、頷く。
「了解。アトリビュートのルックは、リーダーに従うよ。僕本人は、友人としてのレイに同意する」
 シーナもようやくほころんだ顔で胸を撫で下ろす。
「オレも同じくv アトリビュートのシーナくん、はどこまでもリーダーレイについていくぜ! もっちろん、素のオレはいつまでもふたりと一緒vv」
 周りすべてが敵なんてほど、世の中はキツいものでもない。
 が、今はわりとそんな雰囲気だったりする。
 だからよりいっそう自分以外のふたりの存在が心強い。
 他の誰かと組まされるんじゃなくて良かった、と改めて思った。


 ふとレイがシーナの持っていたものに目を留める。
「あれ…シーナ、それってさっきの?」
 そこでようやく自分が新聞を掴んで来てしまったことにシーナが気付く。
 シーナは目の高さまでそれを掲げて眺めた。
「そ。さっきの。……はー、なになに、事情通によると…だってさ」
「事情通? なんだか曖昧な肩書きだね。通ぶってれば別に誰でも良さそうだよね」
「あはは、オレもそう思う。見る?」
「一応」
 たぶんあの本より衝撃を受けることはないだろう。
 そうでもなければ公的には売れないはず。
 か、誌面が違うことになっていたはずだ。
 がさりとそれを広げたシーナがソファの前に座る。
 レイとルックは後ろからそれを覗き込んだ。
「ふぅん……。やっぱりあくまで『説』なんだね。確証取ってるわけじゃないんだ」
「取れるわけないだろ。仮にそんなものがあったところで密室内で起きたことが報道されるわけないんだから」
「たしかに。それじゃ盗撮ってことで犯罪になるか」
「だからまあ鷹揚に構えるっていうのは有効だね」
「うん。証拠があるなら出してみろってところ? えーと、『あの仲の良さは尋常じゃない』? 余計なお世話だよ」
「あ、でもここ、ここ。『イベント後に同じ方向に帰る3人』だってさ。ライブのあとも常に一緒で、そこから一緒に住んでるんじゃないかとか書かれてる」
「……それは正解だけど。一緒に住んでるっていうか、これってほぼ監禁……?」
「一歩間違ってたら危ないな」
「既に間違ってるような……」
「あのさ…レイ、シーナ。これ、写真」
「え? ………あっ。これって……もしかして」
「! 昨日!?」
 レイとシーナが顔を見合わせる。
 そこにあったのはモノクロに見えるカラー写真。
 わずかに色があるからそうだとわかるが、相当暗いらしく写真のほとんどは闇だ。
 しかし目をこらして見れば、それはふたり……いや、誰かがひとりを抱きしめているように見えるから、3人だ。
 これは……。
「昨日のライブの帰り?」
「…ふぅん…。あれを見られてたわけか…道理でこんなに堂々と記事にしてくるはずだ」
 これがあるからこその説なのだろう。
 しかしその写真についての記事を読んでほっとする。
「……『声は聞こえないものの仲睦まじい様子で』……か。聞こえてなかったってさ」
「なら誤魔化しきることは不可能じゃないね」
「え、なんで?」
「忘れたの? あんたこのとき、レイに抱きついて『好き』だとか言ってただろ」
「あ! やべぇ、オレって危機一髪?」
「あんたがというより、あんたのせいでね」
「それは言えるな」
 やれやれ。
 先が思いやられて、レイはそっと視線を遠くへやった。





   ………………………………
 ───3人は、プライベートでも仲いいんですか?
 R「そうだな……どうだろ?」
 S「あはは、仲いいですよ。な?」
 L「…どうして答えを回すのかな」
 ───おや?
 R「いつもこんな感じなんですよ、僕たち(笑)。でも、仲いいのは本当です。仕事終わってるのに事務所でずっと喋ってたりね」
 ───事務所でですか?
 R「ええ。スタッフも一緒になって。居心地のいい事務所なので、大体ライブやイベントのあとも一度戻ったりします」
 S「気が付くと時計の針がかなり進んでることなんてしょっちゅうだもんな」
 ───ははぁ。やはり仲がいいんですね。だからあんな報道が…。
 R「あんな?」
 L「あれじゃない? この前のさ」
 ───えぇ、アレです。皆さんが実はお付き合いなさっているという(笑)。
 S「そういえばあったなあ」
 ───ズバリお伺いしますが、お付き合いなさってるんですか(笑)?
 S「はい! ……とかだったら面白いけどなぁ」
 R「(笑)たしかに」
 L「ずいぶん突拍子もないことを言われたね」
 R「僕たちが一番驚いたと思いますよ。えっ、僕たち付き合ってたんだ、みたいな」
 ───なーんだ。違うんですか。
 R「残念ながら。って、なんだはないじゃないですか」
 S「(笑)オレたちに何を求めてるんですか?」
   ………………………………





 ぱたんと雑誌を閉じて、レイは息をつく。
「しばらくコレ、聞かれるのかなー」
 呟いてソファに身を沈めた。
 肘掛けに座っていたシーナがその手元を覗き込む。
「あー、明日出る雑誌か。あの新聞報道のすぐあとにやったインタビューが載ってるんだっけ」
「そう」
「…サンプル誌もらってきたんだね」
 言いながらルックがキッチンから出てくる。
 そのままレイの隣に座って、ルックも雑誌に目をやった。
 レイはふたりの視線に促されるようにまたインタビューのページを開く。
 わりと大写しの写真が使われている下に2段組の会話形式のインタビュー。
 写真が大きすぎて本当は見たくないのだけれど、ヤバいことが書いてあってはマズいという不安がよぎったせいでどうしても気になってしまう。
 …………。
 しばらくシーナとルックはその自分たちが話したはずの内容を目で追っていた。
 その間レイはただぼんやりとインタビューページを眺めていた。
 新聞にまで載ったからには、やはり聞かれるのだろう。
 インタビュアーも、未だに認めていない3人から証言が得られればそれだけでスクープだろうから、その不安が的中することは必至だ。
 外側の殻『アトリビュートのリーダー レイ』をいつまで保てるのやら。
「…なんとか簡単に喋るだけで済んだね」
「うん、これならいけるかな」
 ふたりが左右で頷く。
 とにもかくにも、これでやっていくしかない。
 しかも売り方から考えて、それっぽい雰囲気もたたえなければいけないのだから。
 かといってあからさまではいけない。
 あくまで「そんなふうに見えちゃったりする」ことが重要だ。
 なんて無理難題。
 いつかこの悪夢のような迷宮から抜けだすまで、頑張るしかないのだけれど。
 ファイト。
 レイは心の底で自分にエールを送ってみた。


 突然。
 シーナが肘掛けの上から体を倒す。
 驚いてレイが頭を動かした時には、少し離れて座っていたはずのルックも引きずり込まれて一緒くたに抱きつかれていた。
「はー。だけど、やっぱ我慢はよくないよなー」
「! って何するんだよ」
「だからさー、あんまり我慢しすぎると精神衛生上よくないから」
「何を言い出すんだか。……また記事に書かれるよ?」
「だーいじょうぶ! 表ではそう見えるようにさりげなく、中ではオレたちの甘い関係そのものの熱い抱擁って使い分けることにしたからさ」
「「なんだよそれ」」
 まだ受難は終わらないんだろうな……。
 期せずして3人は同じことを思った。
 そうして、どうせそれは予知のように当たってしまうのだろう。


 とりあえず、作成した本等を関係者本人に送るのはやめましょう(笑)。





Continued...?




<After Words>
あはははは。
書き終わって冷静に考えてしまいました。
「コレは本当に公開してもいいのか?」と…(笑)。
まぁ…人気者の宿命ですよね。
…なんて納得できればいいんですが。
お互いショックだよなぁ。
わたしそろそろ3人の手で闇討ち決定かも。
毎度おなじみ「さらりと問題発言」シリーズと化してますが、
今回に限っては「さてどこでしょう」と問うべきか否か。
むしろすべてが問題ではなかろうかと他人事のように
思っちゃったりしてるあたりがわたしってば極悪人。
こんな話題出されちゃぎくしゃくしそうなものですけど、
たぶんこの3人は大丈夫なんだろうなぁ。
おそらく一番動揺してるのはシーナなんですけどね(笑)。
とりあえず、タイトルを心の中でつっこんで下さった方、
ありがとうございます(笑)。
いやあ、他のアーティストさんの曲名使うのはあれかなぁと
思ったんですけどね!!(っておい)
懐かしいなぁ……スポーツ紙に「恋人説」出されたあの日。
女性誌で「女装の達人」とかって記事書かれたあの日。
(あれは学生時代の芝居での話ってオチでしたけど)
お嬢さんたちのそういう人気を逆手にとって自ら「恋人」な
シングル3部作とそれの漫画版と小説版を出したっけ。
その頃のことを思い出しつつアトリにそれを課してます(悪)。
あ、でも、アトリは彼らと違ってステージ上で唇奪ったりしませんて。
そんなことした日にはシーナさん1週間は口きいてもらえませんからv

さて次回は…。
とかって考えてるわたしこそが3人にとっての本当の敵なのかも(笑)。
そろそろスフィア・レーベルが動き出す気配が……!?



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