September 24th, 2005
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Part.5 Side Ray...
荷物を詰める、といっても、最低限のものしか持ってこなかった。
だから仕度はあっという間に済んだ。
それに、もともとレイは整理が得意だったし、出先で荷物を無闇に広げることはない。
おかげでゆっくりとグレミオの紅茶と手作りのシフォンケーキを味わうことができた。
「大丈夫ですか? 忘れ物はありませんか?」
「うん、平気」
「グレミオ、レイ様も子供じゃないだから。レイ様、くれぐれも怪我や病気には注意して下さいね」
「ありがとう」
「今度は俺もコンサート見に行きますよ」
「えー? い、いいよ…。本当に恥ずかしいんだからさ……」
「ぼっちゃん、私も途中まで…」
「ここで平気だってば。また休みがあったら帰ってくるよ」
「ぼ……ぼっちゃあぁん…」
見送りのテープでも投げそうな勢いのグレミオをなだめ、レイは軽く手を振って家を出た。
朝も早いせいか、人通りは少ない。
早朝独特の爽やかな空気。
それを胸一杯に吸い込む。
すると、ずっと胸にあった顔がより鮮やかに浮かんでくる。
だから、自然と足も速くなる。
早く、会いたい。
今すぐにでも。
グレッグミンスターの大きな門のそばで、ふとレイは立ち止まる。
あいつは、もうバイオスフィア城に向かっただろうか。
近くにいたはずだけれど、家族との久しぶりの団欒を邪魔しては悪いとおそらくお互いに思ってしまったのだろう、休暇の間一度も会うことはなかった。
もしかしたら会ってしまうのではないかと無駄に散歩してみることもあったのに。
どこか別の場所に行ってしまって里帰りしなかったのでは、とか、戻らないつもりなんじゃないか、とか、あれこれ余計なことを考えてしまう。
ここで待っていればあいつが来る、はず。
声をかければ一緒に帰ることだってできるはず。
………でも。
散々迷って、レイは足を踏み出した。
そう、どうせあの部屋に戻ればちゃんと会える。
だから、わざわざ、ここで待たなくても。
それに、待っていたなんて……会いたくてどうしようもなかった、なんて、バレるわけにはいかないのだから。
たった少しの時間を長くいるからなんだというのだ。
関係ない。
……だけど、30分でも、15分でも長く……。
また、足が止まりかけた。
その瞬間。
なんてタイミングだろう。
呆れるほどに絶妙だ。
「レイーーーーっっ!!!!!!」
聞き慣れた声。
振り返る間もなく、後ろからがばっと抱きついてくる。
その勢いによろけそうになって、レイは片足でバランスを取った。
肩口に押しつけられた金色の髪、あったかい腕。
レイは笑って、しかしぴしゃりと言い放つ。
「人前っ! ほら、離れて」
「えー…」
心底残念そうにシーナが顔を上げ、ようやくふたりの視線が合う。
淋しそうなコドモの顔。
ファンが見たら泣くだろうに。
「なんて顔してんだよ。久しぶり、シーナ」
「うん。……レイ」
レイの名を呼び、やっとシーナがにぃっと笑う。
単純な奴だ。
思っていることがすぐに表情に出る。
だから、嘘がない。
「珍しいね、レイが青い服着てる」
「え? あぁ、僕っぽくないだろ? 印象が違って見えるから、アトリビュートのレイ、と思われずにすむかなって。ここのところ、意識して赤系ばっか着てたんだよ」
「へー…そうなんだ」
「まあわりと昔から好きな色ではあったけど、僕のイメージってもう赤だからね。…よく遠目で見て僕だってわかったね、そういうイメージを攪乱する作戦だったのに」
「そりゃもう! オレ、色で見てるんじゃないもん。レイっていうキレイな魂のオーラで識別してるんだ」
すっかりいつものペース。
レイは思わず笑った。
「なんだよ、それ。ほんとにおまえどうしようもないよね。…ほら、行こう。帰るんだろ?」
帰りの道は、行きより近い。
よく人はそう言うし、その通りだと思う。
それは一度通って見慣れるからなのだろうか。
でも、今歩くこの道は何度も通った道だ。
今更見慣れるも何もあったものではないだろうに。
レイとシーナは、だらだらとどうでもいいような話をしながら歩いていく。
きっとそれが楽しいせいで時間が短く感じられるのだろう。
それにしても、さっきからシーナの口調がわずかに暗い。
といってもいつもと比較したところで、太陽に黒点が出ているかいないかくらいの違いなのだけれど。
早い話、肉眼では確認できない。
けれどレイにはわかる。
(………まったく…しょうがないな……)
歩く道が、森の中へ入る。
きらきら、木漏れ日が眩しい。
その、道を一歩はずれた場所でレイは立ち止まった。
「? レイ?」
首を傾げてシーナが振り返ると、すっと腕を広げるレイ。
反対側に首を傾げ、考える。
考えるが。
「……えっ……?」
たぶんこれは……。
いや、しかし…………。
「何? いいの? 抱きしめてくれるんじゃないの?」
「っ……!!!」
レイが言い終える前に、シーナはぎゅっとレイを抱きしめる。
というより、すがりつく、といった感じ。
痛いほど力の入ったその腕。
レイはその背をぱたぱたと叩く。
「会いたかった。会いたかった。会いたかったよ……」
「はい、はい」
まるで子供をあやすようだ。
ただ数日会わなかっただけなのに。
それなのに、こんな……。
自分だって人のことは言えないけれど、とこっそり笑う。
休みの間中、ずっとふたりのことを考えていた。
グレミオと喋っていても、ふたりの話ばかりになってしまったのだから。
「あー……もう。会えなくて限界。淋しかった。なんかすごく心配になっちゃうんだ。今誰と喋ってるんだろう、何をしてんだろう、オレのことキライになったりしてないかな……って」
「なんだ……そんなこと」
僕だって、思ってた。
………そう、言いかけて。
唐突にレイは我に返った。
会いたくて…思わずガードを解きかけた。
それに突然気が付いたのだ。
慌ててレイは自分の言動を振り返る。
自分から腕を広げて、「僕もそう思ってた」?
それじゃあ、まるでレイがシーナのことを……。
かっと頬が熱くなる。
「そ…っ、そんなこと……。今更無駄だろっ? 最初っからおまえのコトなんて気にしてないんだからっっ!!!」
「えーっ!?」
「えー、じゃないっ!!」
ぐっとシーナを押し戻す。
すると思いの外、腕は簡単に外れた。
見ればいつも以上にわかりやすい、困った顔。
さすがになんとまとめればいいかレイも混乱する。
が、そこは色々な戦況を乗り越えてきたレイだ。
ひとつ大きく息をして、呼吸を整える。
「……さ。こんなところでのんびりしてる場合じゃないよ。ルックも待ってるだろうしね」
「あ! そうだよなっ」
ぱっとシーナの目が輝く。
やれやれ、レイは肩を落とした。
本当に、なんて単純な奴。
「ルックのことだから、もう帰ってるかな」
「じゃない? シーナに愛想尽かしてたらわかんないけど」
「そんなことないって。絶対!」
「そうかなぁ……」
また並んで歩き出す、会話はルックのことばかりになる。
ルックなら、そう、きっと待っている。
早く帰ろう。
そう…早く。
早く、会いたい。