アトリ
=Home, Sweet Home=
Side B

Part.7 At tri...

 肩を並べてバイオスフィア城に戻ったレイとシーナ。
 城に入る前には「ここから一定距離以上近付くな」とレイに釘を刺されたので、シーナはしぶしぶ後ろからついていく。
 夕食の時間が近いせいか、幸いにもほとんど人に会わないまま事務所まで辿り着いた。
「……レイです。戻りました」
 いちいちノックをしてから事務所に入るのがやっぱりレイだよな、と思い、シーナはあえて名乗らないまま入ってきたドアを後ろ手に閉めた。
 事務所の中ではナナミがひとり、何かの書類を眺めていたが、ふたりに気付いて顔を上げる。
「あ、レイさん、シーナさん。おかえりなさいー。休暇、楽しかった?」
「うん。ありがとう。何か変わったことはなかった?」
「こっちも問題ないよ。みんながいない間にちょうど雑誌が発売されたから、問い合わせもいつも通り」
「じゃあナナミたちが休む暇なかったんじゃない?」
「大丈夫、ひさびさにユウキと温泉行っちゃったー」
 戦争中に?
 そう内心思って、もうひとつシーナは感心する。
 さっきまでとはまったく違う顔だ。
 本当に毎回見事だと思う。
 きちんとプライベートの顔と仕事の顔を使い分けている。
「ルックはもう戻ってる?」
 レイがそう聞くと、ナナミはくすくすと笑い出す。
「戻ってるよ。たくさん荷物持ってて、きっと私たちに見られると困るだろうなって思ったからつい隠れちゃったけど」
「荷物?」
「たくさん、ね。ルックくん相当慌ててたと思うよ。だって隠れてる私たちに気付かなかったんだもん」
 いったい何の?
 レイとシーナは顔を見合わせる。





 結局含み笑いばかりで、ナナミは一切口を割らなかった。
 いったい何なんだ、と思って部屋に戻る……と。
 ほのかに、甘い香り。
 とたんにナナミのセリフも頭から吹き飛ぶ。
 部屋は明るかった。
 あたたかかった。
 言葉にならない何かがこみ上げてくる。
「おかえり」
 淡いエメラルドグリーンのエプロンをつけたルックが手を拭きながらキッチンから出てくる。
 どうやらその瞬間にシーナの嬉しさは限界点を越えてしまったらしい。
「るっ……ルックーーーーっっvv」
「…っわ」
 いきなりレイの手を引っ張って駆け出す。
 そして、バランスを失ったままのレイと呆れ顔のルックをふたりいっぺんに抱きしめる。
「あー、ただいまっ!! と、おかえりっっ!! もー、どーしよ、オレ、すっごく嬉しいっっ!!!!」
 さっきよりもさらに力の込められた腕。
 胸の奥がくすぐったい。
 レイは、くるりと顔だけをルックに向ける。
「ただいま。それと、僕も……おかえり」
 小さく、ルックも笑う。
「……ただいま」


 おかえり。
 ただいま。
 それだけの言葉で、受け入れられていることが十分に伝わる。
 帰ってくる場所があるのだと、心から安堵できる。
 たしかにここは強いられた場所だ。
 でも、そういうことじゃない。
 家、は。
 帰る場所、は。
 本当は目には見えない。
 だってそれは、君の心の中にあるのだから。
 君の心のあかりを見てほっとする。
 君こそが、この心の帰る場所。
 それを素直に感じられる。
 ここにいるのが、本当に、ふたりでよかった。
 他の誰でもない、
 君たちで、よかった…………。





 いつまでもふたりを離そうとしないシーナの腕を、ルックがぽんと叩いた。
「わかったから。夕飯、まだだろ」
「うん。…ってルック、やっぱり……」
「そろそろ帰ってくるかと思って仕度はしてたんだけど。食べるなら準備するよ」
「食べる食べるっ! 今日って何ー?」
「どうせふたりとも久しぶりの休暇で家族が張り切って食事作ってくれてたんだろ。だったらかえってシンプルな方がいいかと思って簡単にしかしてないよ。パンとスープと合鴨のサラダだけ。それでもいいならね」
「あーたしかにオレ、すっげぇ豪勢な食事ばっかだったなぁ」
「僕もグレミオが張り切って……」
 ルックは頷いてキッチンに戻る。
 あまり豪華な物ばかり食べていると、やはりどうも簡単なものが食べたくなる。
 そこまで読んでいるルックはさすがだし、とても嬉しい。
 とりあえず荷物を置いてきて手を洗わなきゃ、と歩き出したレイ。
 離れたふたりを名残惜しそうに見比べているシーナ。
 と、キッチンからルックが顔を覗かせた。
「パンって……結構こねるのに力がいるんだ。次回は手伝ってもらうからね」
「ああ、うん……」
「もちろん……」
 同時に答えかけて、レイとシーナはこれまた同時にものすごい勢いで振り返る。
「え……っ!? や…っ、焼いたの!? パンを?」
「ルックの手作り…っ!?」
 それに対してルックは何も答えなかったけれど、わずかに染めた頬が十分答えになっていた。
 シンプル?
 簡単?
 とんでもない。
 なんて贅沢な!
 せめて配膳の手伝いはしようとレイとシーナがとたんに機敏に動き出すのを、カウンター越しにルックはとても穏やかな気持ちで見つめていた。





 もちろん、レイとシーナに美味しいものを食べて欲しいから。
 その時だけでも仕事のことを忘れてくれれば。
 ルックは、思う。


 やっぱり、どんな時でもどんな場所にいても、レイとルックのことが大切だ。
 それが自分にとって何よりも大事なことなんだ。
 シーナは、思う。


 ルックとシーナの存在は、自分が自分であることに自信を持たせてくれる。
 そうだ……あとでグレミオの持たせてくれた紅茶を入れよう。
 あたたかな紅茶で、あたたかな時間を過ごそう。
 レイは、思う。





 帰る場所を、君の心の中に見つけた。
 それが、僕たちの答え。







Continued...




<After Words>
お久し振りはアトリであります。
アトリのシリーズ、本当は新展開になる予定だったのですが、
なんとなくこんなお話になりました。
しかも今回あまりアイドルとは関係ないですねー。
でもやっぱり「里帰り」といえばアトリかな、と。
というわけで、家族のもとに帰るSideAと、3人の場所に帰る
SideBにパートわけしてみました。
タイトルも相当困ったんですよ……。
どうもしっくり来ないものばっかりで。
もともとタイトルを付けるのが苦手なのです……。
短文が苦手だからどんどん長文化していくのも、実は同じ
ところに起因するのかもしれませんね(汗)。
結局第1次案としてあった中から一番アトリっぽいかな、と
思ってこのタイトルにしました。
……にしても、スウィートホーム……。
おかげで甘いです。
アトリシリーズは基本的に甘いんですが、やっぱり甘いです。
特にレイ様が危ないですね。
無意識に腕広げちゃうのはホントどうかと思うよ。

個人的にはシーナがうだうだしてるあたりが、
書いていて楽しかったかな。…いや楽しいというのも変ですが。
普段はわりと余裕ぶっこいてるのに実は変に考えすぎ、って
ところが好きなんだな。
自信なさすぎかとも思いますが、あのふたり相手なんだから、
ある程度しょうがないのかもしれません。

次回作をお楽しみにー。
え? まだこのシリーズ続くのかって?
…ええ(笑)!!



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