〜アトリ〜

無自覚ラプソディ

February 14th, 2006

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「………そうですね。最初は与えられたものを表現することで精一杯でしたね。でも、たくさんの人たちと触れあっていくうちに、僕らには僕らにしか伝えられないものがあるんじゃないかと……」
 笑顔で、しかし時折真面目な顔を覗かせつつ、レイはインタビュアーに向けて喋る。
 今日は単独での仕事だった。
 元はといえば3人に対して来た仕事なのだが、ここのところあまりにも多忙だ。
 どうにかならないかとナナミに掛け合ったのがレイ、ナナミもそれに応えるべく交渉してくれた。
 けれど、仕事を持ちかけてきた方も引き下がらない。
 今大ブレイク中のアトリビュート、彼らを載せた雑誌はすべてが大売れに売れる。
 どうしても、と食い下がってくるのは当然のことだと思えた。
 最終的に、リーダーのレイに脚光を当てての単独取材ではどうかとの提案を受けた。
 それはレイも断らなかった。
 一段階下げるところまで交渉してくれたナナミにこれ以上迷惑をかけることは心苦しかったし、自分ひとりならルックやシーナに負担はかからない。
 もちろんそれはレイの独断だ。
 最初からふたりには何も言わずにいたから、事情は知らないはずだ。
 とはいえメンバーに予定を話さないわけにはいかない。
 レイ単独の仕事が入っている、と聞くと、ルックはあからさまに嫌そうにした。
「何…それ。レイにだけ負担がかかるじゃないか」
 同じことをルックも感じたのだ。
 珍しい真剣な顔で頷いたところを見ると、シーナもそう思っていたようだ。
 だから、レイはいきさつを話すのをやめた。
 自分で交渉をお願いしたのだと知れてしまえばふたりがどう思うか…。
 それがわかったから。


 インタビューが終わり、レイは笑ってインタビュアーと握手を交わして部屋を出る。
 誰もいない廊下。
 知らず、溜め息がこぼれた。
 どんな風に喋れば、どのタイミングで表情を変えれば。
 そして、相手がひとりか、複数か。
 それに合わせた好印象の作り方は心得ているレイだ。
 それは解放軍リーダー時代に培ったもの。
 嘘を言っている表情ではないし、いつでも真剣さを感じさせるから、レイは人を信用させる。
 まっすぐだから、説得力がある。
 でも………それは計算の上だ。
 実際の自分は未だに人前が苦手で、いまいち自信が持てない。
(僕って……ペテン師……)
 そこにギャップがあればあるほど、自己嫌悪に陥ってしまう。
 自分はこんなに弱虫だ。
 なのに「レイ像」が勝手に一人歩きをする。
 どんどんそれが自分から離れていくから、手に届かなくなりそうで怖い。
 足もとを掬われて、転んでしまいそうだ。
 だけど…支えがある。
 支えがあるから転ばずにいられる。
 周りが自分に見る「レイ像」を演じることができる。
 そんなふうに、誰かに支えてもらわなければ歩けないほど、自分は弱い。
 そんな自分と向き合わなければならないことはわかっているけれど。
 時々、酷く疲れる時がある。
(とりあえず……インタビュー、もうひとつあったっけ。そうだ、まだ作んなきゃいけない曲が2曲……)
 いったん事務所に戻ろう。
 もう一度、レイは息をついた。





 控え室にいたのは、アップルだった。
 マネージャであるナナミがそこにいるとばかり思っていたレイは目を見開く。
「あれ……? アップル?」
「お疲れ様です、レイさん」
「うん、お疲れ……。ナナミは?」
「別の仕事の時間がずれて、そっちの方に行きましたよ」
 ふうん、とレイは曖昧な返事をする。
 軍主兼務のユウキや軍師兼務のシュウと違い、ナナミはアトリビュート専属のマネージャだ。
 もちろん同盟軍内での役割もあるから、そっちの用事であるとも考えられるが、だったら『仕事』とは言わないはずだ。
 ならば、一体何の?
 今日仕事が入っているのはレイだけのはずなのに。
 レイの迷った顔に気付いたのか、アップルが笑う。
「レイさんって立派な方ですけど。まだ甘いと思いますよ」
「甘い……? いや、たしかに僕は未熟だけど」
「えぇ」
 アップルは笑ってばかり。
 いつも彼女の真意だけはわからない。
 付き合いだけならそれなりに長く、時間だけで言えばルックとシーナとも肩を並べるほどだ。
 彼女の方から突っぱねる形で距離はあったが、レイとしてはそれも納得しているし、だから今でも特別そのことに対してどうとは思わない。
 むしろ彼女の心情を考えれば当然のことだったろう。
 そして今、望まざる人事でアップルが事務を勤める事務所のアイドルをやってしまっていることも、彼女との関係に何かしらの影を落としているとは考えにくい。
 なぜならこの件に関し、恨まれるような行動は取っていないのだから(こっちが恨むならまだしも)。
 とすれば、どうしてこんなにわかりにくいのだろうか。
 首をひねりながら、レイはアップルとふたり、事務所に戻るため馬車に乗った。
 ……馬車。
 気品のある2頭立ての馬車。
 しかも事務所の所有物だ。
 こんなものを所有してしまえるあたり、どうやらかなり儲けているらしい。
 あくまで「らしい」なのだが。
 実は詳しい会計事情は教えられていない。
 さらりと不透明な経営だったりする。
 いつか訴えてやろうかとこっそり思うレイである。


 移動時間にまで仕事をする必要はない。
 馬車の揺れに体を預け、レイはぼんやり窓の外を眺める。
 空を覆う雲の少しの隙間から、傾いた太陽の光がこぼれて、幾筋もの帯を地上に落とす。
 馬車の隣には騎兵が2名、寄り添うように付き従っていた。
 その馬上の兵士の鎧は簡単な作りで、ライトスフィア軍のものによく似ていたが、よく見ればエンブレムが違う。
 はっきり聞いたわけではないが、あれはスフィア=レーベルのエンブレムで、彼らはスフィア=レーベルが独自に持つ警備機構に属しているらしい。
 一応『同盟軍としてハイランドと戦争してます』なライトスフィア軍が、一部の人々の道楽に全面協力してはマズいという配慮があるようだが。
 十分私物化してるんじゃないのかとレイは思う。
 警備機構の連中も強制ではなく、立候補かつ採用制だというから、一体この軍はいつ戦争しているのだろう。
 深く考えてもどうせ仕方ないのだろうし、レイはそこから目を逸らした。
 豪華だがシックで落ち着いた雰囲気の内装。
 向かいの席にはアップルが座っていて、何やら書類を眺めている。
 ぱっと見でわかる、アトリビュート関連の書類だ。
 一応彼女もライトスフィア軍の副軍師のはずだが……。
 そのアップルがレイの視線に気付いて顔を上げた。
「……やはり慣れませんか?」
「え?」
「窓の外。ずっと眺めているから。…『護られること』に慣れないんですか? 今までずっと『護り続けてきた』から?」
 レイは目を見開く。
 そう言われるとは思っていなかった。
 レイ自身、なんとなく違和感がするくらいで、そこまでは考えていなかったから。
「ううん……たしかに扱いが腫れ物にでも触るようだから、それには正直慣れないね。ずいぶんと大げさだと思うし、僕だって戦えるのにずっとこんな安全な場所にいるのはすごくもどかしい」
 でも、とレイは繋げる。
「あの頃から……解放軍にいた頃から、分不相応に掲げられてたからね。対外的な意味を考えれば、この対応もさほど間違ってないのかな、って。だから……『護られていること』に慣れてないワケじゃない。僕は、たくさんの人に、大切な人に、ずっと護られてここまで来たんだよ」
 その言葉に嘘はない。
 自分はたしかに、色々なものを護ってきたのだろう。
 けれどそれ以上に護られていた。
 それを今も感じている。
 だから、それに応えるために。
 僕が、みんなを護らなければ。
 …アップルはにこりと笑う。
「レイさんの甘いところはそういうところですよ。なんでも自分ひとりで護ろうとするところです」
「………………?」
「どちらにしても、最近は物騒ですからね。注意することに越したことはないと思いますよ。そのための警備なんですが……先頃、すぐ近くの村で誘拐事件があったそうです」
「やっぱり…敵軍の?」
「いえ。一方的な恋愛感情の果ての事件だったみたいですね。皆さんのファンは熱心に…それこそ思い詰めるタイプの方もいますから、気を付けてください。ファンは有難いものですけど、怖いものでもありますから」
「……それは……決して僕のせいではないと思うんだけどなぁ……」
 自分にファンがいる、という時点で既に筋違いなのに。
 本当にしみじみと嘆息するレイに、アップルはつい吹き出した。
 いや、誰のせいだ、誰の。



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