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収録後、身支度を調えていたレイのもとに、KnightSリーダーのフリックがやってきた。
憔悴しきった様子は、活動を始めさせられた頃の自分たちをなんとなく思い出す。
そう思うと、自分たちもすっかり慣れてきてしまっていることを実感してしまう。
そんなつもりはないのに。
「……よぉ。お疲れ」
「お疲れ様。大丈夫?」
「あんまり」
素直に即答するフリックに思わず笑う。
その気持ちは、よくわかる。
大丈夫なはずがないのだ。
自分にそのつもりがないのに『アイドル』するのは、想像する以上にキツい。
フリックの性格からすればレイにすんなり弱音を吐くことなんてないはずだが、さすがにこの状況は特殊すぎたらしい。
「今日の仕事でデビューなんだっけ?」
「ああ……。そうらしい」
力なくフリックは頷く。
なるほど、レイたちの知名度で引きつけておいて、そこでデビュー曲と共に彼らを音楽シーンに露出させるというわけか。
ならば若い子たちに人気のあるアトリビュートは、その役に適任だろう。
考えたものだ、これで彼らはデビュー曲発売前から注目される。
何もしないうちから反響のあったアトリビュートの方が特異なケースなのだ。
これから彼らが自分たちと同じく苦労の道を辿るのだと思うと、さすがに同情は禁じ得ない。
「だけど……。結構歌、よかったよ。いきなり売れそうだね」
「それは喜ぶべきことなのか?」
「…………それは僕の口からはちょっと」
レイは明言を避ける。
が、乾いた笑いを浮かべて逸らした目が「否」と語っている。
フリックも思わずつられて、より乾ききった笑顔で肩を落とす。
「それでも、俺たちはおまえたちに比べればな……」
「ん? なに?」
「……おまえたちの歌、初めてマトモに聞いたよ。本当に上手いな。顔だのキャラだの以外でも十分商品として通用するんじゃないか? 俺たちは必要ないと思うんだが」
「はぁ…? 何言い出すんだよ。フリックたちには僕たちからファンを奪ってもらわなきゃならないんだから、頑張ってもらわないと」
「そうはいくか」
「いやいかせてもらうね」
実際そうなってくれればいいのだが。
宣言とは裏腹に、色々と自信がないレイだ。
フリックに聞こえないように、そっと小さく溜め息をついてみた。
次のイベントの打ち合わせも終わり、3人は部屋に戻った。
仕事終わりにはどうしても疲れて口数が少なくなるのが常だが、今日は普段とは違っていた。
どことなくテンションが高いのだ。
特に、シーナが。
「いやー、面白かったな、今日はー」
派手なアクションでソファに座ったシーナがしみじみ言う。
ルックが怪訝そうに首を傾げる。
「面白かった? 仕事だよ? どの辺が?」
「だっていつもってさ、オレたちのグループだけじゃん? 他のグループと絡むのって新鮮な感じがするしさ。何より、全部の話題提供しなくてすむのって楽だよな。負担が半減するって感覚」
「……まぁグレンシールたちはともかく、フリックにとっては災難だけどね」
「レイ、別に僕らがこういう世界を開拓したんじゃないんだから、同情することはないよ。僕らがまず被害者なんだから」
「そうだね……」
なんとなく先陣を切っている感じがするのは無理もない。
実際自分たちが道を作っている(いや、作らされている)ようなものなのだ。
そこに後ろに誰かがついてくるとあれば、多少は気になる。
これで全員がノリノリならばいいのだが、やはりというかなんというか、フリックとマイクロトフは若干戸惑っているようであるし。
しかしルックの言葉に間違いはない。
レイが必要以上に気に病むことでもないはずだ。
とはいえ……。
「でもフリックも大変そうだよ。早速熱烈な追っ掛けに遭ってるって」
「ニナちゃん?」
「早い話が」
フリックにとっては前途多難な話だろう。
合点がいったようにシーナは何度も頷く。
「だよなぁ、相手に悪気はないから余計やっかいなんだろーな。ニナちゃんはさすがにしないと思うけど、最近は一方的な好意で相手攫っちゃう事件も起きてることだし」
「だってね。物騒だよまったく」
アップルが言っていた事件を思い出し、レイも眉をひそめた。
するとルックが、事務所から持ってきていた新聞を広げる。
「僕も聞いたよ。たしか新聞にも……あった、これだ」
「見せて見せて」
「あ、僕も」
ルックは新聞を広げたままシーナの隣に座った。
差し出されるままそれを受け取ったシーナが、よく見えるようにと腕を開き、ルックが横から覗き込む。
反対側に座ったレイも同じようにして覗き込んだ。
大きく誌面を割いたその記事には、事件の詳細が綴られていた。
曰く、男が少女に一方的に恋愛感情を抱き、とうとう少女を連れ去るという暴挙に出たらしい。
少女が隙を見て逃げ出したことで露見したようだ。
「……ふーん。でもさ、無理に連れ込んだって……その子は決して自分を好きにはならないよね?」
「じゃない? 恨んだとしても、好きになんてなれないよ」
「自分のことを嫌いな子と一緒に暮らして本当にそれって満たされるのかな」
「そんなわけないだろ。僕だったら嫌いな奴なんかと絶対一緒に暮らしたくない。どんな手使ってでも逃げ出すけどね」
「だよね……同感。僕、アップルに、そう言うファンもいるかもしれないから気を付けろって言われたよ」
「一体どれだけの懸念材料があるんだろうね。いい加減にして欲しいよ……」
ふたりの溜め息がハモる。
その真ん中で。
「…………………………」
ひとり押し黙るシーナ。
それに気付いたレイが顔を上げた。
「シーナ?」
その声に、ルックもシーナの横顔を見上げる。
ふたりの視線に、はっとシーナは我に返った。
「あっ……ごめん。なんでもない。いや、記事に集中しちゃって」
「それならいいけど。おまえ、こんな事件起こして捕まったりなんかするなよ?」
「まさかぁー、オレみたいな紳士がそんなコトするわけないじゃんかー」
紳士って、とレイが吹き出す。
ルックも呆れたように小さく笑った。
いつもの明るい笑顔での、軽口。
しかし……。
シーナは思うのである。
今の状況も、ある意味それに近いのではなかろうか、と。
誰がこの状況を作ったとか、そこが問題なわけではない。
『嫌いな奴とは暮らせない』。
『どんな手を使ってでも逃げ出す』。
じゃあ、今は?
あえて口にしなかったけれど……。
もしかして、そういう意味に受け取ろうと思えば受け取れるのではないか?
そんなことを考えてしまい、シーナは再びふたりの不思議そうな視線をいただいてしまった。
「どうしたの。やっぱり様子おかしいよ。いつもだけど」
「なっ、なんでもないってば」
「本当に? あやしいヤツだなぁ」
笑う気配とか。
腕に触れるぬくもりとか。
息づかいとか。
柔らかく甘い、香りとか。
(ヤバいな……。こ…これって相当、ヤバい……)
勝手にシーナがひとりで焦る。
「オレってば……実はものスゴく理性の人だよなぁ……」
ぽつんと呟くと、レイとルックはきょとんと顔を見合わせた。
お互いに、お互いを『護りたい』と思っちゃっている割には。
一体、どこまでが自覚済みで、どこからが無自覚なのか。
その狭間で、未だウロウロし続ける3人なのでありました……。
Continued...
<After Words> |
1か月半。 ↑執筆時間。 …とまぁさておき。 またもやお久し振りの新作でございます。 そしてやっぱりアトリでございます★ 護りたい、なんぞ思っちゃったらもう末期症状じゃないのかと 自分なんかは思うわけですが、それでも自覚ないあたり、 とんでもない鈍感なんだよなこの子たち…。 自覚しちゃったらどうなるんでしょうねえ……。 ちょっと楽しみな気もするし、踏み入ってはいけない領域な 気もするのであります(笑)。 正直今回はタイトルに悩みました…! ちっとも浮かばないんですもん。困りましたよ。 ふと自分の中でつけていた仮タイトルは「セロリ」だったんですが。 あれですよ、SM○Pの歌です。 頭の中では山崎ま○よしの声で回っていたんですけどね。 あんまりにもメジャーかなぁと思ったし、突然アトリでセロリと 言われてもアレかなぁと思ってやめました。 サビのラストのあたりを思い浮かべていただくと……。 つまりは……単純に……ねえ、そういうわけなんじゃないのか、と。 こっそり別のアーティストさんが頭にもありました。 そっちは、ナイショ(笑)。 わかる人には速攻でわかってしまうと思われます。 さらに……。 動き出しましたね、スフィア=レーベル。 彼らは組ませてやろうと虎視眈々と狙っていたので、ようやくの 出番を迎えてちょっと嬉しいです。 別に、どのアーティストさんを意識して、というわけではないんですが。 5人組の美形ユニット、か………。 タイトル、セロリでもよかったかしら(笑)? |