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翌日。
3人は馬車に乗ってスタジオに向かう。
ナナミは御者台で、おしゃべりに余念がない。
寒いんだから中に入れば、と声はかけたのだが、喋っていれば気温なんて気にならないというのだから、しっかり女の子している。
一応出る前にカマはかけてみた。
さりげなく、「今日は誰と一緒なの」と。
それに対し返ってきたのは、
「うん、スフィア=レーベルの『ドリーム・ライツ』って事務所のアイドルさんで、『KnightS』ってグループだよ」
という、あっけなくもさらりとした答え。
やはりスフィア=レーベルは、とことん商売するつもりになったらしい。
「………ナイツ、さんねー……。まぁ、安易なネーミング。一体どなたが在籍してらっしゃるんでしょ」
笑いを堪えながら、シーナ。
レイは窓の外を眺めて…………やはり笑いを堪えている。
「KnightS、だもんなー。やっぱ騎士さんで構成されてるんじゃないの?」
「いいんじゃね? 美形の団長さんたちですものー、きっと人気出るんじゃなくてー?」
「シーナ、そのキャラ気色悪い……」
「あはははは、だってさ! そしたらきっとオレたち楽になるぜ? そりゃ舞い上がりもするでしょ」
たしかにそうだ。
仕事もファンも、分散された方が楽に決まっている。
きっとあちらは正統派美形で売るんだろうから、厳密に言えば狙うファン層は若干違う。
どうやらこちらは自費で薄い本を出しているおねーさんたちがターゲットらしいし(それもどうかと本気で思うが)。
もちろん客観的に見て、レイたちが劣っているなんてことはまったくあるはずもなく、大人と子供の境にいる少年たちの危うい魅力が、おねーさんやギャルや果てはおにーさんたちにまで影響を及ぼしていることに気付いていないのは実は本人たちだけだったりするから非常に危なっかしい。
表では地を出していないから、素顔がバレることはないだろうと思っていて、だとすれば本当の自分たちに外の子がハマることなんてありえない、と全員(あのルックでさえ)思っているのだから、まだまだ詰めが甘い。
3人の作られた人物像だけでさえ、既にヤバいくらい彼女たちの熱狂を煽っているのだ。
優等生なレイにクールなルック、明るくキザなシーナ。
もはやそれらは一人歩きを始めてしまっている。
もしかすると、KnightSの出現は、ファンの分散ではなく、アイドルというものに対する絶対的なファン数の倍増を引き起こすのかも知れないが、先のことなどまだ誰にもわからない。
そして。
初顔合わせの控え室。
シーナは部屋に入るや否や、隅に行ってしゃがみ込んだ。
ルックは溜め息で、……レイは目を見開いたまま固まっている。
リーダーと思しき青いのが、遠い目でぼそりと呟いた。
「笑え……。いっそあのはじっこで爆笑してるシーナの反応の方が救われるぜ……」
いや。
うん。
笑いたいのは山々だ。
だ…けれども。
素直に笑ってしまっていいものか?
「俺は……俺は……こんな…いやしかし……」
「まぁ、ここまで来てしまったんだから仕方ないだろう? 宜しくお願いします、レイ殿」
「あー…あぁ、はい、どうも……」
なんて光景だ。
頭を抱え込むのがいれば、すっかり乗り気で微笑む奴もいる。
でも…それ以上にここで見るのがとてつもなく奇妙な感じがする人々がいるような気がするのは気のせいか。
むしろ気のせいであってもらわないと困る。
夢オチだ。
そうだこれは夢オチだ。
きっとそうに違いない。
「お久し振りです、レイ様」
「お元気そうで何よりです」
幻が……幻が語りかけてくる。
やけにリアルな夢だ。
早く、早く覚めてくれないと、現実とごっちゃになる。
誰か起こしに来てくれ……。
軽く現実逃避をしかけたレイは、ルックにとんと背中を叩かれてようやく我に返る。
……やっぱりコレが現実か。
やれやれ……。
「あー……。やっぱりあなた方はいたんですね……カミュ殿、マイクロトフ殿。……それで…ふたりも徴集されちゃったんだ…アレン、グレンシール。…………事態を説明してくれるかな、フリック」
少々げんなりしながらレイが言うと、リーダーフリックは遠い目をかすかに戻してレイを軽く睨んだ。
「説明? 説明が必要か、アトリビュートのリーダー、レイ?」
「…やっぱいらない。なんかもう想像ついたし。あの濁流に押し流されるような悪夢の日々を思い出したくない」
「だろう…………」
それでもとりあえずいきさつを聞くと。
まずはやはりフリックがなんだかんだで押し切られたらしい。
次に話はカミュに及び、比較的ノリノリで話に乗ったカミュはマイクロトフを言葉巧みに誘い込み。
一体どんな流れになったのか、それはレパントからグレンシールの元に届き。
相手の熱血ポイントを知り尽くしたグレンシールの口からアレンに話が行き。
そしてとんとん拍子に今に至る、ということらしい。
半数以上が乗り気では、そりゃあとんとん拍子にも進むだろう。
全員が反対を表明したレイたちでさえこの状態なのだから。
「まぁ…メンバーの皆さん頑張ってくみたいだし。覚悟決めたら?」
ちょいちょいと手招きした部屋の端で、レイはフリックに小声でそう促す。
返すフリックも小声で、
「それ本気でか? 俺たちにアイドルしろってか?」
「僕たちだってやらされてるんだから、諦めるしかないんじゃない? スフィア=レーベルがどういう人間で構成されてるか熟知してるんでしょ? 諦める以外にどんな方法があるんだよ。あれば是非教えていただきたいね」
「う……。それは…たしかに……。けどなっ、既に追っかけ被害に遭ってる俺の身にもなってみろっ」
「おっかけ? ……ニナって子?」
「他に誰がいんだよ」
ははぁ。
その情報を仕入れるために、カメラマンとして乗り込んできたのか。
同じスフィア=レーベルならば、きっとどこからか情報は仕入れられる。
そして彼女のレンズは、ようやく本命の青いのを堂々と捉えることができるというわけだ。
「もう……なんていうか、……怖いんだよ」
「頑張れ青雷フリック」
「それ今使う通り名じゃないだろう……」
「あ、そういえばビクトールは?」
「……おまえ、どうして俺っていうとアイツを連想するんだ」
「だってコンビでしょ。じゃなければペアか、つがい」
「…………………。俺たちはお笑い芸人か。あいつなら、見事に逃げたよ。要領のいい奴だからな」
「フリックが要領悪いだけじゃないの?」
「…この件に関して、おまえがそれを言えるか?」
「…………言うね……」
アトリビュートとKnightSの初顔合わせな収録は、すんなりと短時間で終わった。
フリックとマイクロトフはしどろもどろだったが、カミュの流麗なトーク、突っ走りかけるアレンをいなしながらも筋の通ったグレンシールのトーク、そこに明るく話題を盛り上げるシーナの軽快なトーク。
レイは司会のメンツを潰さない程度に、彼らのトークをまとめ上げた。
相手がよく知る人物だったせいか、レイも解放軍リーダー時代に培った統率力を遺憾なく発揮していたようだ。
被害者が自分たちだけではないとわかった、ある種の安堵感から来るものなのかも知れないが。
そう言ってしまうと、とばっちり王フリックには悪い気もする。
けれど、これが自分たち以外にも仕掛けられたものだとすれば、少なくとも今まで疑わずにいられなかった『首謀者たちの3人に対する個人的な恨み』説は一応除外できることになる。
疑心暗鬼のままでは現状を打破しようにも、原因論が堂々巡りしてしまうだけだろうし。
難しいことはさておき、この多人数はルックにとっても都合が良かった。
誰かが喋ってくれるから、それに乗じて実は一言も喋らずに済んだのだ。
これは、意外に使えるかも知れない。