〜水牢の少女〜

==Deir Paidir==

April 28th, 2001

★ ★ ★







 ――ずっと、私はずっとそこにいたの。
 誰かを探していたの。
 寂しいの。哀しいの。そして、とても苦しいの。
 それでも、ずっと待ってるの。


 今日もまた水面には月が写り、そして少女もその姿を浮かべた。
 水面には満ちかける月、そして水と大気の揺らぎによって瞬く星屑。
 泉の水面と、それを撫でる風の狭間にディアドラのいる水牢は在る。
 幾年月もの間、彼女はずっとそこにいたのだ。


「やっぱり今日も誰もいないのね……」
 切実にディアドラは誰かに会いたかった。
 水牢の中ではずっと一人。


「私、いつ死んでもおかしくないかもしれないわ」
 彼女は一人呟いた。
 水牢の中の者に寿命は無い。
 あったとしてもそれは奪われてしまうし、そもそも彼女は寿命などもっていないのだ。
 しかし、心が壊れてしまえば『死んだ』といってもおかしくはなくなるだろう。
 ひょっとしたら心が壊れたほうが幸せかもしれない、そう思ったことが何度もあった。
 少なくとも、一人で『在る』だけの苦しみは消えてしまうだろうから。


 ――デモ、ソレハ違ウノ。
 狂ッテシマウコトハ、ソレハ幸セジャ無イノ。
 身内でする声はいつも彼女を正気に戻し……そして、また悲しみへと導いた。


 楽しかった昔、幸せだった家族。
 銀の髪を持つ愛すべき弟、そして、家族と共にいた人達。
 浮かんでは消える記憶はディアドラを失望させたが、同時に希望でもあった。
(いつか会えるのかしら……)


 最初に怒りがあった。
 それは自分をここへ閉じ込めたものへの怒りであって、ある時には自分の存在でさえ腹ただしく、どうにかして抜け出せないものかと苛立った。
 次にわいた感情は、哀れみだった。
 独りぼっちの自分が哀れで、一生分の涙を流した気がした。
 今はそのどちらもすっかり陰をひそめた。
 怒りも哀れみもそのうちむなしくなった。
 大河の流れのような穏やかな心しか残らなかった。
 でも……やはり、川は流れるのだ。
 ディアドラの心は微かな希望を信じている。
 理性がいくら否定しても、微かな光に希望を託すのだ。


 月が昇ると外が見える。
 彼女が封じられた頃から変わらない森の姿がそこにはあった。
 でも、少しの変化もなければ鏡に映った虚像のように感じてしまう。
 まるでそこに絵でもはめ込まれているかのようだった。


「お願い……」
 今夜もディアドラは祈る。
 自身を映す鏡であった月に向かい。
 ほんの微かな曙しか見ることのできない、仮初めの太陽に向かって。
 祈ることしかできない自分に失望しながら。
 ほんの少しの希望のために、今夜もまた、祈る……


『オ……レが……、オレが、見えるの……?』



→ End










<本日の幸せ者>
『Deir Paidir』を捧げたとき、桂月玲様がくださったお話です。
わたしの言葉が伝わってるんだなぁ…と、感動いたしました。
ティルに焦点を置いてたので、ディアの内面はほとんど書かなかったのですけれど。
玲様に代弁してもらえるなんて、幸せですね。
桂月玲様!!! ありがとうございました!!!



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