〜Deir Paidir〜

終章

April 28th, 2001

★ ★ ★




 それは、遥かはるか昔のこと。
 いえ、遠いとおい明日のことだったかもしれません。
 光は世界に満ち満ち、和らぐ惑星(ほし)の影は安らぎを全ての生き物に与えていました。
 夢は果てしなく流れ、見渡す限りの緑の丘が広がっていました。
 囁く月は柔らかな鼓動(リズム)を生み出し、瞬く星たちは運命(さだめ)を歌い、その下で、世界は溢れる生命(いのち)の喜びに輝いていました。
 そう……永遠(とわ)の楽園。


「それでそれで? おばあちゃん」
 優しい緑の木陰。
 ぎーこぎーこ、揺れるロッキングチェア。
 寄りかかる子供たち。
「3人のかみさまはどうしたの?」
 いつの時代も、こうして語り継がれていく昔語り。
「そうさね。戦いの神様ヌァダは、ダーナ神族の『王』だったのさ。ヌァダは、『古き神』全知全能のダグダの子供たちである大地母神アナとその弟、地下の神ミディールの土地をねらったんだね」
「そこまでは聞いたよ。そこから先は?」
「ある時ね、ヌァダが戦争を起こしたのさ。その戦いのさなかにね、大地母神アナは封印されてしまう。姉を封じられたミディールも、アナの敵(かたき)とヌァダの腕を落としたんだよ」
 うわあっ。
 子供たちが悲鳴を上げる。
「ほほほ、みんなも言うことを聞かないと腕を切られてしまうよ」
 やだやだぁっ。
「そう、それでね。片腕を失ったヌァダは王としての資格を失ってしまってね。位を降ろされ、神殿の台座の下で眠りについた。けれど姉の敵を討ったミディールも地下の国に封印されてしまったんだ。だから、3人の神様はみんな眠りについてしまったわけだ。そうしてこの世界は夜の時代を迎えたわけさ」
「えええ、今はお昼だよ」
「まだみんなには難しいかもしれないねぇ。昼だけど夜だっていう、そんな時代になったのさ」
「わかんないよ」
「でも、ずっと夜じゃ困っちゃうよ」
「ほほほ、大丈夫さ」
 老女はその皺だらけの手で、子供たちの頭をそっとなでる。
「眠りについた『古き神の子(アナ)』が『新しき光の神(ルーグ)』に出逢うとき、幾千もの偽物の朝が訪れたあとで、世界は真実の朝を迎えるんだ」
「じゃあ、今は朝なの?」
「そういう話だね」
「なぁんだ、よかったぁ」


 風は暖かく、湿った南の空気を運んでくる。
 遥かはるか、神代の昔の物語。
 遠いとおい、それは明日の物語。
 まだ人が、神様だった頃の物語。
 かすかな記憶。
 取り戻せる過去の思い出。
 手を伸ばせば掴めるほどの未来(きのう)。
 祈る声は現在(いま)も過去(むかし)も変わりなく、ろうろうと、ろうろうと空を巡る。
 星に、月に、流れる彗星(ほうきぼし)に、目に見えぬ神々に。
 そうしてそれは、還っていく。
 どこかとても遠く、とても近い場所へ。
 想いが辿り着く場所へ。


 ──────。
 丘のふもとから、優しい声。
「ほうら、ご飯の時間だよ。お母さんが呼んでる。早くお行き」
「はあい。じゃあね、おばあちゃん! また昔のお話ししてね!」
 ぱたぱたと。
 駆けていく子供たち。
 楽しげな笑い声。
 老女はそっと頭上を見上げた。
 木漏れ日。
 いのちを育む、優しく、穏やかで、たおやかで、でも、強い。
 光。






 ある語り手(シャナヒー)が物語る。
 燃え上がる炎の胎動。
 頬をなでるいたずらな風の囁き。
 渇きを癒す優しい水の温もり。
 小鳥たちの歌。
 大地の歓(よろこ)び。
 子供たちの笑い声。
 生命のさざめき。
 宇宙に浮かぶ、青い惑星(バイオスフィア)。
 あの頃の砂漠は、
 …………もう、どこにもない。



→ Endless END…


●○ あとがき ○●

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