僕と神様
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「……オレはどうやら、おまえと離れられなくなっちまったらしい」
ぼそりと告げられた言葉。
一瞬理解が遅れた。
「離れ…?」
かろうじてそう問い返すと、そいつは腕を組んだ。
「おまえ今、それこそ冗談だろうと思ったろ? 残念ながらマジな話でさ。目が覚めて神殿でぼんやりしてたら、思いっきりずるずる引っ張られてさ。どうやら一定距離以上は離れらんないみたいなんだよ」
「…それって……もう一回聞くけど、」
「本気」
目眩がする。
遺跡をいくつも巡っているのだから、不思議な現象に立ち会ったことは一度ではない。
いるはずのない人影を見たとか、物音を聞いたとか、目の前でものが動いたとか。
けれど、これはどんな現象よりも信じがたい。
第一神様だなんて、どこをどうやれば信じられるというのだろう。
そこでふと気付いた。
神であるというのなら、あらゆる民族を知っているのではないだろうか、と。
目を落とすとそこには昼間書き写した、あのノート。
開いたページは石碑の文字が書かれている。
それを手に取った。
「…ねえ! 神様なんだったら、昔の人たちのことも知ってるんだよね。これ、読める?」
「昔っつっても、2000年くらい前以上ならわかると思うけど」
「2000年? なんで?」
「あー? だからさ、言ったろ。寝てたんだって。たぶん軽く2000年は過ぎてただろうからな…」
唖然とする。
それが嘘なのだとしたら随分大げさなことを言うものだ。
そしてそれが真実なのだとしたら、なんてのんきなのだろう。
そいつは手を伸ばして、エリオットの手からノートを受け取った。
「これかぁ。これは、リュオ民族の伝記か」
「僕は…モルフの古代文字に似てると思ったんだけど」
さらりと答えたそいつに、注意深く声をかける。
本当に読めるのかどうか見極めるためだ。
しかしそいつに構えた様子はない。
「モルフ? モルフってぇと……あぁ、うん。リュオの傍流が西に移住していってそう名乗ってたっけな」
「リュオって、あんまり聞かない名前だね」
「とっとと名前は滅びたからな。でもその流れをくんでる民族は世の中に掃いて捨てるほどいるぜ。ほとんどの民族がその傍流に当たるんじゃねえか。ただし、リュオは文字こそ持っていたものの、自分たちがいた証拠をほぼ残さずに滅んだから…だから存在自体がなかったことになってる」
エリオットははっとした。
今、研究がなされている最中である、単一民族論。
現在様々な民族がいるが、そのほとんどがひとつの民族を祖先とする、という説だ。
とある有名教授が唱えだしたのだが、あまりにも確証がないので単なる仮説としか受け止められていない。
だから、その説を知る者もごく少数に限られるはずだ。
「その日大地は鳴き、空は暗黒に閉ざされた。人々はお互いの声を聞くこともなく……あぁ、ローダレシル火山噴火による大災害の話か。知ってるか?」
「え? う、うん…。創世神話でよく語られてるけど」
「実際あったんだけどな。あの時は、国が3つ滅びた」
「ええっ?」
「酷いもんだったぜ。煤色の雲が常に頭上にあって植物は育たないしさ。その間に生まれた子供は空ってそういうもんだと思いこんでたんだから」
目をしばたたかせてそいつをみる。
さすがにそれは…聞いたことがない。
神話が現実をモチーフにするというのはわりとよくあることだ。
けれど、その実証は未だにない。
エリオットは、リュックを逆さに振ると、中のノートをぶちまけた。
「…次、これを読んでみてくれる?」
いつの間にか、朝の光が深く部屋の奥まで差し込んできている。
その光のまぶしさに、エリオットはさすがに我に返る。
「うわ…朝……?」
そいつもふと顔を上げた。
「そうみたいだな。おまえ、結構体力あるんだ」
「それほどでもないんだけど……つい夢中になったから……」
ごしごし目をこする。
あれから、今まで集めた古代文字をひたすら見せまくった。
そのときにはそいつが何者で、本当に神とかいう存在なのかどうかとか、そんなことは頭から吹っ飛んでいた。
ただ、こいつはあらゆる古代文字を読むことができる。
今まで誰も読んだことがなかったもの、読んだことはあるもののおぼろげにしか意味を掴んでいなかったもの、そのすべてを読むことができたのだ。
もちろん出任せと考えることもできる。
しかしエリオットたちが研究を重ねてようやく意味がわかるようになった文字と、彼の読む言葉が一致することが多かったのも事実なのだ。
それが不審さなんてどうでもいいように感じさせてしまった。
しかも、ここ2000年以内に作られたと思われる文字は読めない。
こんなふうに古文書の文字を読ませては驚くという一連の流れを繰り返し、空が白々と明ける頃にはその2000年という数字が、「寝ていた」という年月と一致したことも、すんなり受け止めてしまえる自分がいつの間にかいた。
「……すごい。それが証明できれば歴史は覆るかもしれない」
「証明、ってなんだよ。オレがそういってるんだから間違いないんだぜ?」
「仮にそうだったとしても、物証がないと誰も信じないよ」
興奮したようにエリオットは拳を握る。
やれやれ、とそいつは大きくのびをした。
「…そういや、さぁ。なんだかおまえの趣味に付き合ってて、オレ、言い忘れてたことがあったわ」
「なに?」
「オレとおまえは、呪術の反発で見えないラインで括られたみたいなんだよな。それを解くには、『天の指輪と地の指輪』っつー儀式が必要なんだわ。おまえにゃ、それを探してもらう。呪術を邪魔したのはおまえなんだからさ」
「うん、いいよ」
さらりと。
さすがにそれにはそいつも驚いたようだ。
「……いいのかよ? おまえだって自分の研究があるんだろうが」
「でも、君がいれば古代文字も読めるよね。考えようによってはこれってものすごくラッキーだと思う」
「…ふーん。随分前向きなんだな。…面白ぇ」
天の指輪と、地の指輪。
エリオットは胸の奥でその言葉を繰り返した。
聞いたことのない言葉だ。
けれど彼はそれを儀式の名前だと言った。
何が起こるのかはわからないが、それは古代史の香りを感じさせる。
考古学を志す自分にとって貴重な経験となることには変わりない。
たしかに不法侵入者であるが、目の前に転がってきたチャンスだ、逃す手はない。
そうだ、とエリオットが顔を上げる。
「じゃあ、同行してくれるんだよね?」
「ま、不可抗力でな」
「だったら名前を聞いておかないと…不便だから」
「…おまえなあ。オレの話聞いてた? おまえらの呼ぶところの神様だぜ、オレは。唯一の存在にどうして名前があるんだよ。宇宙にジャックだのミッシェルだの名付けないだろ? 名前をつけんのは同じ種類の奴がいるから区別のためにつけるんだろうが」
「たとえそうだとしてもね。僕が町中で神様、だなんて呼んだら視線が痛いと思うよ」
「おまえさ。オレが神様、ってあたり、信じてないだろ」
「うん」
頷きながら、そのときだけエリオットはわずかに申し訳のなさそうな顔をする。
いくら古文書が読めたからといって、そう簡単に信じられる話ではない。
無理もない。
そいつは、深く息を吐いた。
「……ま、しょうがねぇな。名前か……名前……そうだなぁ」
顎に手を当て、考えるポーズ。
しばらく間をおいて、小さく頷く。
「んじゃ、リード。リードでいいや。…じゃ、おまえは?」
「僕はエリオットだよ。エリオット・クレアウェイ」
エリオットはすっと右手を差し出した。
そいつ…リードは、迷うようにエリオットの手と顔を見比べてから同じように手を差し出した。
角度を上げていく太陽の光の中、ふたつの姿が地面に影を落とす。
「ねえ、リード? その儀式の場所ってどこにあるの?」
「さあなあ…オレもそこまでは知らねえんだ」
「ふうん、そっか。じゃ、行こう」
「は? おまえそれでいいわけ? いきなり迷子って事なんだぜ?」
「君が言ったんだよ。僕が探すんだって。だから、探しに行けばいいんだよね」
「……やっぱ、おまえ、ものすごい前向きだわ」
「ありがとう。じゃあ次は、ここに遺跡が……」
さらり、とかわしてエリオットが笑う。
リードは息をついて肩をすくめた。
「やれやれ、これからどうなるんだよ…」
「君がそれを言うわけ?」
奇妙なふたり。
奇妙な旅立ち。
けれど、こんな旅立ちも悪くない。
ふたりの長い旅が始まる。
End
<After Words> |
久し振りのオリジナルであります。 しかも続けようと思えば続きそうなタイプの…。 でも、連載にしちゃうと大変なので、そうなってもならなくても 大丈夫なように一応終えてみました。 だから、続くとしても、連載としてのスタイルを取るんじゃなくて ただの続き物になるようにしようかと。 それにしても、ものすごい懐かしい感じがしますね。 いえ…キャラクターのことなんですが。 前向きな主人公(黒髪・一人称僕)。 身勝手でオレ様な連れ(金髪・一人称オレ)。 機会があったらちょっと続きを書いてみたいと思います。 |