僕と神様
− 2 −

「なんだよ。起きてんじゃねぇか。だったらさっさと返事しろよなー」
 などと開口一番のたまう。
 エリオットの思考は完全に停止状態だ。
 当然の反応だろう、極度の緊張から急に解放されただけでなく、突然そんなことを言われたら。
 そいつはエリオットが黙っているのをいいことに、開け放した窓から軽い身のこなしで部屋に入ってきた。
 のみならず、ベッドに座り込んであぐらをかく。
 これは一体?
(?????)
 頭の中が疑問符でいっぱいになる。
 砕けた口調と、慣れ親しんでいるような態度。
 知り合いだろうか、と動かない頭はぼんやりと検索を始めた。
 目の前に現れたその人物をじぃっと見て、記憶と照合する。
 光を含んだような金色の髪。
 意志の強そうな目、その瞳の色は柔らかなアップル・グリーン。
 どこかで見たような色だ、と思った。
 そうして、どこかで見た顔だ…。
 だが、思い出せない。
 頭に巻いた幅の広いバンドから、透明な石がぶら下がるのが妙に印象に残った。
 現在のインパクトが強いせいで、だからどんな過去のイメージもすぐに拡散してしまい、知り合いかどうかより前に見たことがあるかどうかすらもわからなくなってしまう。
 ……奇妙な間。
 相手はそれを意に介していない様子。
 混乱しているのはいかにもこっちだけだと言いたげなその態度に、さすがのエリオットもカチンと来た。
 じゃあ、なんて言ってやったらいいのだろう?
 いきなり「あんたは誰だ」と喧嘩腰で迫るのは得策ではない。
 だからといって「あのう、どちら様でしょう」などと問うのはかなり間が抜けているし。
 その言葉にさえ迷って、エリオットの頭はさらに真っ白になる。
 さすがに間が持たなくなったのだろうか、ベッドの上のそいつが息を吸って口を開いた。
 そこで、つい。
「…っ、土足! 靴のままベッドにあがる奴がどこにいるんだよ!?」
 ………。
 言ってから、エリオットは我に返る。
 他に言いようもあったろうに。
 突然の訪問者を前に、ベッドの心配?
 とっさとはいえ、随分のんきな言葉を吐いたものだと自分で驚くエリオットだ。
 そいつはきょとんと目を見開いてエリオットを見ている……が、堪えきれなくなったのかぷっと吹き出した。
 そうすると歯止めがきかなくなったのか、ベッドの上で笑い転げ出す。
 …相変わらず、土足のままで。
 頭の中の疑問符が倍増する。
 思わず、寄りかかっていたベッドからじりじりと遠ざかった。
 息を大きく吸ってみると、慌てていた気持ちがほんの少しだけ落ち着いた。
 そうはいっても、目の前にはあからさまに不審人物がいるのだから、落ち着くといってもたかがしれているけれど。
「………あの」
 思い切って、声を出してみた。
 笑い声が、止んだ。
「…ん?」
 柔らかく首を傾げる、ずいぶんと自然な仕草。
 その雰囲気に流されそうになって、頭を振った。
「…えっと。ごめんなさい。記憶にないんですけど……知り合いでしたっけ?」
「いや。全然」
 きっぱりと。
 なんの躊躇もなく。
 だから一瞬「そうでしたか」と頷きかけて、もう一度我に返る。
「ちょ…っ。じゃあ…完全に初見?」
「そういうことになると思うけど」
 そういうことになる、だなんて、そういう問題ではないのでは…。
 エリオットは頭を抱えた。
「つまり、じゃあ、はっきり聞くけど……何者?」
「オレ? まぁ世間一般でいうところの、『神様』かな」


 固まってしまったのは、反応に困ったせいでもあるし、あっけにとられたせいでもある。
 しかし、やはりそいつはエリオットの反応には目もくれない。
「そう、オレは別におまえのネタを聞きに来たわけじゃないんだよな。文句を言いに来たんだ」
「は……?」
 宿とはいえ、見知らぬ者の部屋に突然入り込んできてその上文句を言いに?
 一体どんな神経の持ち主なのだろう。
 唖然としかけて、はっと気が付く。
 駄目だ、ここでぼんやりしていては埒があかない。
 こうなったら、真正面から話を聞くほかない。
「…聞くよ。なに?」
 立ち上がって、椅子を引く。
 そこに座るとようやく目線の高さが同じになった。
 エリオットが開き直ったのを見て取ったか、そいつはわずかに真剣な目をした。
「昼間……イロールの神殿でさ」
「イロール?」
「あー…ま、名称はどうでもいいや。おまえさ、丸い石に触れただろ」
「僕が倒したわけじゃないよ。そこで会った人が手をぶつけて」
「でもそれを支えるために触れたのはおまえだろ?」
「たしかにそうだけど……って、ちょっと待って!」
 焦って記憶を辿る。
 数時間前の話だ、辿るほどでもないけれど、隅から隅まで思い出してみる。
 遺跡に、自分と、あの男のふたり……ふたりだった。
 他には誰もいなかった。
 いや、いなかったはずだ。
「あの場所に…いたの? そんな気配はなかったと思うけど。一体、どこに…?」
「話、最後まで聞けって。だからな、オレは、その石の中にいたわけ」
「は?」
「いた、っつうか、まあ、寝てたんだわ。なんだけどおまえが中途半端に触れたせいで、目が覚めちゃったんだな」
「……それって…本気?」
「冗談言ってる顔に見えるか?」
 まじまじと見つめ返されて、エリオットは思わず首を振る。
 適当なことを言っている顔ではない。
 が、その内容は十分冗談に聞こえるのだが?
 そいつは肩をすくめ、「それで」と話を繋げた。
「それで、ただ目が覚めただけだったら寝なおしゃいいんだけどさ。ちょっと呪術かけて眠りに入ってたもんだから、呪術が途中で中断されるって形になっちゃったわけさ。……どうやらおまえ考古学者みたいだから、わかるだろ? 呪術が乱されるとどうなるか」
「…大抵…副作用みたいな現象が起きるね。炎の呪術が邪魔されて日照りが起きたり、風の呪術が中断して嵐になったり……」
 かなり大事になるから、呪術師は怪しいという理由以外でも疎まれる。
 たかがひとつの呪術と侮っていたら国がひとつ滅びた例もあったというし。
 突然現れたこいつの言葉をいきなり信じるわけではないが、どう考えてもその理由で滅びたとしか思えない遺跡をいくつも見てきた。
 その規模の大きさの残骸を見たことがあるからこそ、そのセリフはいやにリアリティがあった。
「僕が…呪術を中断したって言うなら…僕に、何か?」
「うん」
 はっきりとそいつは言う。
 では、一体何が起こる?
 干魃か、冷害か、…それともエリオット自身に何か起きるのだろうか。
「あのな。反発が起きてな」
 ごくり。
 喉を鳴らす。



戻るおはなしのページに戻る進む