June 2nd, 2000
★ ★ ★
今夜もベッドの上で少女は待っていました。
何を?
夢が降りてくるのを。
夢はいつでも眠っている間に来て、起きる前にどこかへ行ってしまいます。
だから、ずっと待っているのです。
ずっと起きて待っていて、捕まえようとしているのです。
いつも楽しいところで逃げていってしまう夢を!
どうして夢は途中でいなくなってしまうのでしょう。
少女はずっと不思議に思っていました。
そうしたら、ある日お母さんが教えてくれました。
夢はバクが食べていっちゃうのよ…って。
少女はなるほどと思いました。
いつも夢がいなくなってしまうのは、バクが少女のおいしそうな楽しい夢を食べていってしまうからなのです。
楽しい夢が終わってしまうのはいやです。
夢を最後まで見たくて仕方がありません。
だから、悪者のバクは捕まえて、夢を食べてしまわないように閉じ込めておかなければならないのです。
今日はたもあみを用意しました。
それから、バクを閉じ込める虫かごも。
そして少女は、今か今かとバクを待ちます。
一体どこから来るのでしょうか?
暖炉から? 窓から? それともドアから?
まんまるのお月さまの光が、一瞬だけさえぎられました。
バクに違いありません。
おいしそうな夢を探して飛びまわっているのです。
少女が窓の外を見ると、ははぁ、月の隣を飛んでいる影。
あれがバクなのでしょう。
少女はぽん、とベッドを叩きました。
待ってましたとばかり、ベッドはふわりと浮き上がります。
かたん、と静かな音を立てて、窓の形をしたゲートが開きました。
追跡レースの始まりです。
少女の乗った船が窓から飛び出しました。
まっすぐにバクに向かっていきます。
バクはびっくり、あわてて駆けだしました。
シーツがはたはた、なびきました。
少女の船はバクを追いかけます。
バクは必死に逃げます。
少しずつバクが大きく見えてきました。
それでも船はあまりバクには近付けません。
ははあ。
あんなに速いので、目覚める時に夢が食べられてしまっても、バクを見ることが出来なかったのでしょう。
近付きます、離れます、そしてまた近付きます。
じわりじわり、ようやっと少女の船はバクに追いついていきます。
少女はあみをかまえました。
あと少し、あと少しで届きます。
もう家の灯りはずーっと下の方です。
船はぐんぐんスピードをあげていきます。
ところが、大変です!
船が右に傾いた瞬間、少女は足をすべらせて、まっさかさまに落ちてしまいました!
船はもう遠くまで行ってしまって、逆に今度は家の灯りが近くなっていきます。
少女は怖くなって目をつぶりました。
…しかし、どうでしょう。
誰かが少女を受けとめてくれたのです。
目を開けてみると、なんと、あのバクでした。
バクが背中に少女を乗せて飛んでいるのです。
なんて大きいのでしょう!
とてもあみで捕まえられそうにありません。
バクはスピードをあげ、少女を船まで連れていってくれました。
そして船を引っ張って、少女をおうちまで送ってくれました。
バクは優しかったのです。
少女はお礼を言いました。
バクを捕まえるのもやめました。
けれど、バクが置いていってくれたベッドはさかさまでした。
なんて間が抜けているのでしょう!
朝になりました。
お母さんは少女の部屋に来て、驚きました。
ゆうべ閉めたはずの窓が開いています。
それに、ベッドがさかさまに置かれているのです。
少女は楽しそうに、バクに会ったと言いました。
お母さんはびっくりした顔になりました。
でも、すぐににっこりと笑って少女の髪をなでました。
今夜は、どんな夢を少女は見るのでしょう。
End
<After Words> |
なんだかほんわかと童話風に仕上がりました。 こちらも95年11月8日もののリメイクです。 バクって夢を食べるって言うじゃないですか。やっぱり起き抜けの夢をかすめ 食べていっちゃうのかなあと。だからいつもいい所で夢って終わっちゃうのかなあと。 きっと子供には、そのバクの後ろ姿が見えるんじゃないかな、と思うわけです。 それとも、大人の夢なんて面白味がなくてバクも食べに来ないのかしらん。 → Inspired by Zabadak「パスカルの群れ」 |