月檸檬
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シーナが壁際に座り込んで、なんとなく僕とルックも同じように座り込む。
一体何を言い出すのかな、と思ってシーナを見ていると、シーナはよいしょと背中を伸ばして、
「あ〜…落ち着く〜」
…って。
なんだよその温泉につかりにきたおじいちゃんみたいなっ。
ルックもおんなじようなことを(たぶんおじいちゃん、とかは思ってないだろうけど)思ったのか、
「なんなんだよ、それ。本当に帰っていい?」
「あっ、違う違う。いや、ほらさ、なんかこう……両手に花って感じで」
「はあ?」
「うん、だからなんとなく落ち着いちゃっただけで……ええと」
なんなんだよ、一体。
僕も不審げにシーナを見る。
僕とルックと、体感温度の低そうな視線を両方から受けて、シーナは困ったようにした。
「意味はないんだよな。あー…オレが2人といたかったからだけ、じゃダメかな」
「だけ?」
「だからさ、このところ2人とも妙に忙しそうだから…とか、そういうの関係なく」
……ふうん。
そういうわけなんじゃないか。
要するに、あれだろ?
僕とルックが休みも少なく働きまわってるから、シーナなりに心配してくれたって。
まったく、素直に言わないんだなぁ。
ルックが肩をすくめて、僕も溜め息をついた。
「でも、2人といたいから、ってのはマジだぜ。つうか、そっちの方が本命。な?」
「はいはい」
そういうことにしといてあげましょう。
まあ、そっちが本音であっても別に驚かないけどさ、シーナのことだから。
…でもシーナがそこに継いだセリフには正直驚かされた。
「んじゃ、というわけで、お月見と行こうぜ〜♪」
………は?
今度こそ僕は目を剥いちゃうぞ。
「シーナ? わかってる? もうそろそろ春だよ? お月見ってのは秋の行事だろ。いくらなんでも四季が逆転しちゃってないか…?」
「いいじゃんか。月見てりゃ月見だろ? そういう細かいことには、オレ、こだわんないタチなんだ」
「細かいかなぁ…」
ちょっと理解に苦しむよ。
たしかに…月を見れば言葉的には『月見』だよね。
間違いじゃないけどなあ。
行事的にはどうなんだろ。
「やれやれ。…レイ、悩んだってしょうがないよ。こいつはこういうやつなんだから」
「え〜? 酷いなあルックv こういう、ってどういうことだよ」
「そのまんまの意味。季節も儀式的な意味もあんたにとっちゃ口実にもならないってことだよ」
「…言えてる。なりふりかまわないってことだよね?」
「レイまで!」
だってそうじゃんか、なあ。
僕とルックは顔を見合わせて、ちょっと笑った(ルックは呆れたような顔だったけど)。
3人して座り込んだ屋上には、柔らかい風。
なんだかものすごく時間の流れが緩やかに感じる。
それは多分、言葉が少ないからなのかな。
たまにぽつりと会話をするだけで、僕たちは何となく空を見上げていた。
少しずつ、ゆっくりと欠けた月が空を巡っていく。
なんだかその通り道を眺めていると、いろんな軍略に忙殺されてる普段の切羽詰まった感じとは真逆みたいで。
シーナじゃないけど、落ち着くなあ。
「ねえ」
珍しく静かなシーナが、いつもよりも少しだけ低いトーンで問いかける。
「月には何がいるのかな」
え?
月には…って。
「言い伝え?」
「でもいいし。あの影が何に見えるか、でもいいんだけど」
人によって、見える形が違うあの月の影。
影が彩る月の模様。
僕は、昔グレミオがしてくれた話を何となく思い出した。
「…やっぱり、ウサギかなあ」
「うん、レイはウサギね。ルックは?」
ルックが何を言うか…それは僕もちょっと気になるなあ。
あんまりルックってロマンチックなこと言わなそうだし。
いや、あんまり、っていうか……。
当のルックはちょっと考えるようにして、
「……ヒキガエル」
「なんかリアルだな」
「だってそういう言い伝え、あったろ? もちろん月に動物が暮らせるような環境があるんならだけどね」
やっぱり。
現実主義なわけだね。
…魔法使いってロマンチストなのかっていうと、そうとも限らないらしい。
ところで、
「それ聞くシーナは?」
僕がそう聞く。
するとシーナはにやりとして、
「やっぱ天女様でしょv 月に住む絶世の美女〜v」
と答える。
……ふ〜ん。
そっち系統じゃないかとは思ったよ。
うん、予想はしてた。
だから、別に?
特に僕に文句はございません。
やっぱりね、で感想終わり。
以上。
「…だから…なんでそこでふたりともそっぽ向くわけ」
シーナが情けない声を出す。
別に何とも思っちゃいないよ。
わかってたから、やっぱりそうだったか、って思っただけだよ。
それだけ。
それ以上はないよ。
……ないってば。
なんか思考がぐちゃぐちゃしかけたところで、ルックがぽつりと呟いた。
「それで? それがどうしたの?」
あ、そうだ。
なんでいきなりこんなこと聞くわけ?
理由を問うと、シーナは笑う。
「レイとルックには、どんなふうに見えてるのかな、って思ってさ」
「どんなふうに?」
「そ」
言ってシーナは顔を上げ、壁に頭を預けて空を仰ぎ見る。
僕も同じように見上げる。
「だって今さ。オレたち、同じものを見てるわけだよな。同じものを見てる……でも、それが同じものに見えてるとは限らないんじゃないかと思って」
…シーナ。
「やっぱり違うんだな」
違う、か。
たしかにそうだね。
月は同じだけど、そこに見えるものは別々だ。
「…そりゃ、僕もルックも、別々のこと考えてるわけだし」
「だよなあ」
「でも、見てるものはあの月だよね」
シーナはきょとんとしたように僕を見る。
僕はルックの方を見て、
「だよね、ルック」
黙ってたルックに同意を求める。
ルックは仕方なさそうに頷いて、溜め息をついた。
「そういうことだろ。捕らえ方が違うのは、僕たちが別個の人間である以上しょうがないけど。…でも、今同じ場所にいて同じもの見てるんだろ。それ以上を望むわけ、あんたは」
さらにシーナはきょとんとする。
「え? それってどういう……」
ああもうだから。
わかんないかなあ!
「…つまり! ちょっとくらい違っても気にすんなってことだよ! だって、価値観がどうのより、今一緒にいるだろ、ってコト!」
あ、とシーナの呟き。
まったく……。
ここまで言わせるなっての。
シーナはようやく僕たちが言ったことの意味を理解したらしい。
とたんににんまり笑うから、ルックは大仰に溜め息をついてあさっての方向を向いた。
…やれやれ。
僕も、つい口を滑らせたような気がするよ。
あーあ……。
そうこうしてるうちに、月が傾いていく。
ぬるい風が僕たちを包み込むように吹いていく。