星に願いを
<前編>
− 2 −
そこに、こんこん、とドアが鳴る。
はっとしたフリックが返事をすると、ドアが開いてひょこんと顔がのぞいた。
今回のパーティに単独参加を申し出たテンガアールだ。
いつもならヒックスの参加を条件についてくるテンガアールだが、そのヒックスが先日戦闘で負った怪我が酷い打ち身で、テンガアールはそれによく効く薬がある場所に行くと聞いてついてきたのだ。
普段から一方的にヒックスを言い負かしているように見えるが、健気なものである。
「ぼく、ちょっと買い物行って、それからお風呂入るから。夕飯までには戻るね」
テンガアールは小さく鞄を掲げると、はきはきした明るい声でそう告げた。
それを聞いてレイが振り向く。
「なんだ。言ってくれれば、どうせ買い物には行ってたんだし……ついでに買ってきたのに」
「あ、ううん。いいのいいの。ヒックスのだから。ぼくが買いに行きたいんだ」
「そう? 街中だから大丈夫だと思うけど……気をつけてね」
女の子ひとりで、というのはあまり歓迎できることではない。
なにせ解放軍は帝国と戦争中であるし、解放軍であることがばれなくとも危険には変わりないし。
だから本当なら同行したいところだが、恋人のために自分で、という女心も察せなくもない。
…そんな考慮をしたのも束の間、のんきに声をあげた奴がいる。
「女の子ひとりだけじゃ危ないでしょ? オレもついてこーか?」
「遠慮しとく」
「え〜? そろそろオレに乗り換えてくれたっていいじゃ〜ん」
「君と? ヒックスと? 乗り換えるんなら対価かそれ以上じゃないの? 悪いけど、お断りっ」
「んじゃあ一緒にお風呂なんてどう〜?」
「それもやーだ。じゃ、行ってくるねっ」
ばたんっ。
ドアが閉じて。
あとにはへらへら笑って手を振るのが1名、来るぞ来るぞ、と嵐の予感を感じているのが2名。
そうして残りの2名は。
どがっっっ。
左右からの見事なキックが決まった。
食らったほうはバランスを崩してベッドから滑り落ちる。
数秒前まで近くにいたはずのビクトールは無責任にぱちぱちと手を叩いた。
「…おー……。瞬殺ってやつだなぁ……」
もちろん、ビクトールが移動したわけではない。
とっさにベッドに伏せたことでかろうじて攻撃をよけたフリックはビクトールのような感心もなにもあったものじゃない。
「あっ……危ないとこだった……」
と、呟くのが関の山だ。
「……ってぇ……。今…ふたりとも、マジだった?」
ベッドからずり落ちた態勢のまま、シーナは腕をさすって笑う。
それを見下ろすふたりは絶対零度の視線。
暖かいはずの部屋は氷河期と化した。
しーん……。
沈黙が耳に痛い。
しばらくして、ようやくこの場をなんとかしなければと思ったのか、フリックが我に返る。
「あ…。けどなんで、そんなに怒るんだ?」
しかし、逆効果なことを聞いてしまったようだ。
一瞬室内にぴきりという音が聞こえたような気がした。
自分を落ち着かせるように大きく息を吐くと、レイは優等生の顔で笑った。
「別にぃ? ただ、軍内の風紀が乱れると、統率が乱れるからね? だから少し自粛した方がいいと思うよ、っていう、リーダーの軽い戒め」
軽い戒め?
なんだか今、クリティカルヒットが出たような気がしたのだが。
気を取り直して、フリックはルックに向き直る。
「で…ルックは?」
聞かれたルックはぎらりとフリックを睨む。
「………なんか、頭に来たから」
それって理由なんだろうか。
そうつっこみかけてやめる。
これ以上は聞いてはならないような……。
ビクトールでさえ困ったように立ちすくんでいる。
お綺麗な笑顔のレイと不機嫌極まりないルックに対峙できる人間などこの世に存在しないのかもしれない。
…いや、いた。
対照的な顔をしつつも胸中で同調しているレイとルックの腕を、やすやすと掴む手。
「それじゃあさ。オレと一緒に風呂行こ〜」
「なっ……」
「ここってさ、風呂が名物なんだって。せっかくだから、夕飯の前に行こうよ。どっちにしたって、おやつしちゃって腹ごなししなきゃだし。ねっ」
さっき蹴り飛ばされたばかりのくせに、シーナは平然とのたまう。
どうなることかと見守るビクトールとフリックだが、シーナのそのセリフにふっと場が和らいだ。
「…はぁ? なんで?」
「いいじゃん、たまにはさ。だってふたりとも、何でだか知らないけど、城にいるときも絶対一緒に入ってくれないじゃんか」
「そ、そりゃ……」
「オレいつも不思議に思ってたんだけどさー。どうして?」
「え……だって…。ねえ、ルック」
「僕に振るなよ…っ」
「…えっと…。そんなこといわれても…僕もなんでかって…よくわかんないんだけど」
とたんにレイとルックがしどろもどろになる。
そこでまたもやフリックが一言。
「そういえばそうだよな。恥ずかしがるもなにも男同士なのに。なんでだ?」
「「!!」」
レイとルックはぐっと言葉を飲み込んだ。
すかさずシーナが、
「ねえねえ、行こうよ。旅先なんだからさ、無礼講ってことで」
「……僕、のぼせやすいから…っ」
「あ、それに関しては全然だいじょーぶっ。いいじゃんか、ねっ? …ふたりがだめなら、オレ、テンガと一緒に入っても……」
「………あああああ、わかったよ、行くよ!!! 行くってば!!!!」
「ほんっとに! あんたって、卑怯だよねっっっ!!」
結局、根負けしたのはふたりの方。
勝負は最初から見えてはいたけれど。
フリックは呆気に取られて閉じたドアを見ていた。
「……珍しいもん見たな。あいつ…怒鳴ってたぜ、ルックの奴」
レイがあんなにうろたえるのも珍しいけどな、と続けて。
ビクトールは息を吐くと、ベッドに座り込む。
「んー…まぁなぁ。しかし、おまえも度胸あるな」
「オレが?」
「おうよ。あの状態のレイとルックにあの質問っつうのはよっぽどの度胸がなきゃできるもんじゃないぜ?」
「そういうもんか? …たしかに、あいつらはああなると手のつけようがないけどな」
それに対しては曖昧に返事をする。
どちらかというと常識的なフリックにはそれですむかもしれない。
だが、変に達観してしまっているというか、やけに理解があるというか、野生の勘が鋭いというか、とにかくビクトールにはあのふたり自身も気付いていないであろう心情が若干であるとはいえ読めてしまうのだ。
やれやれ。
見ていて飽きないのもたしかだが、あのノリに乗り続けるのは疲れる。
年かなぁ、呟くビクトール。
「なんだ、そりゃ。…それより今の騒ぎでオレも疲れたぜ。夕飯終わったら、また風呂にでも行くか」
「だなー。さっぱりしたばっかだってぇのに、もう汗だくだもんな」
ビクトールは力なく笑い、レイが床に置いた買い物袋を引き寄せた。
続くんですよコレが。
<After Words> |
ここまで読んで引いたら、そこでストップ(笑)!! そりゃ……この次は……ねぇ。 平気な方はどうぞ↓Nextボタンで次へGo! |