みにまむ’
=真夏の夜の夢=
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シーナの家に向かうには、大通りに沿ってまっすぐ行けばいい。
が、ふたりは途中にある細い路地で曲がった。
勢いはそのまま、通り過ぎそうになるのを楽しそうに軌道修正する。
石畳に靴音が軽く、家々の壁に響いてリズムを取っているよう。
ふたりの元気をそのまま音にするとこんな感じなのかもしれない。
走って、やがて小さな空き地が見えた。
この近くの子供たちがよく遊び場にしている空き地だ。
そこに走り込もうとして、前を走るシーナの足が止まった。
つられて止まったレイは不思議そうにシーナを見る。
「? どうしたの?」
「……またあいつらがいる」
「えええ、また?」
あいつら、とはこのごろ空き地をよく占拠している少年たちだ。
レイたちより幾らか年上で、背格好も一回り大きい。
しかも例に漏れず乱暴な連中で、目が合えば叩かれたりする。
だから少年たちがいる時には年下のグループはそこを避けざるを得ない。
だが、今日は何か様子が違う。
その数5、6人だろうか、少年たちは輪を作り、何事かを言っている。
レイとシーナはそっと聞き耳を立てた。
「………なんだよ」
「そうだ、そうだ、なまいきなんだよ。子供のくせにすましてさ」
「ほら、なんとか言えよ、ちび!」
「おまえもらわれっこなんだろ? えらそうにしてんなよ」
甲高い、それでも罵声には違いない言葉。
聞いていたふたりがかちんと来ると同時に、追い打ちがかかる。
耳に届いたのは、はぁ、と小さな溜め息。
「……あんたたち。すくえないね」
その物言い、声……ふたりはあっと息をのんだ。
「っ! こいつっ!!」
「むかつくっっっ!!!」
引き金を引かれたように、少年たちのボルテージが上がる。
「あいつら…っ。行こう、レイ!」
「うんっ!!」
一度激高してしまったら手をつけられないのが子供だ。
少年たちのうちのひとりが振り上げた拳、それが振り下ろされようかという瞬間、シーナがその背に体当たりを食らわす。
「いてぇ!」
「な…なんだおまえらっ」
「うっるさい!! おれが相手だ!」
シーナが怒鳴り返している間に、レイも辿り着く。
そうして少年たちを押し分けて輪に入ると、そこには突き倒されたのか小さな姿が座り込んでいた。
周りを囲むのは体格で敵わないだろう相手だが、レイはまったく臆した様子も見せずに両腕を広げた。
「それ以上やってみろ、ぼくがゆるさないぞ!」
少年たちはふたりの剣幕にやや驚いたようで、うろたえたように視線を交わし合う。
が、所詮相手はちび3人と高をくくったのか、リーダー格らしい少年が睨みつけてくる。
「…どう許せないって? こんななまいきなちび、やっちまおうぜ!」
それが合図だった。
レイとシーナは、わずかに身を低くして身構える。
「……無茶するよね……」
座り込んだふたりに、頭上から呆れたような声。
言われたシーナが目を上げて、へへ、と笑う。
「だってさぁ、あいつら、ゆるせなかったんだもん」
「だからって、ぜったい向こうの方が強いってわかる相手に向かっていく?」
「まあ、いいじゃんか。やっつけたりはできなかったけど、おっぱらったんだからさ」
シーナは得意げに鼻の下をこすった。
頬には擦り傷ができているが、気にしていないらしい。
「ね。ちっちゃいからって、弱いってわけじゃないんだからね!」
泥だらけのレイも笑う。
体格的に有利な6人と小さな体のふたり、普通に考えたら圧倒的に不利なはずだ。
だが、レイもシーナも護身や武術を多少習っている分、同年代の子供より強い。
もちろんそれを見越して挑んだわけではないが。
ただ単に、あの言いぐさが気にくわなかっただけだ。
理由は単純だが、しかしあれは酷い、と思う。
そうやってすんなりと怒りをあらわにするふたりに、もう一度溜め息をつく。
「いいんだよ。僕のことなんか気にしなくてさ。…それに、あいつらの言うこともわかるよ。ぼくは子供らしくないからね。なまいき? そんなの言われなれてる」
「ルック」
「ほら、行けば? ぼくといるとよくない、って大人はいうんでしょ? 聞こえてないと思ったらおおまちがいだよ。とりあえず助けてくれてありがとう。これでいい?」
目を伏せて、ルックはそこまで一気に言った。
肩をすくめたのはシーナだ。
「……ごめんって。な? もうちょっとはやく来たらよかった。なあ、そんないじけるなって」
「………いじけてなんか、ないよ。そうだろうね、どうせぼくは素直じゃないからさ。もらわれっこだからしょうがないってみんないうよ」
ルックがそっぽを向くと、シーナはその腕をぽんぽんと叩く。
「そんなの関係ないって。誰の血をもらってようがルックはルックだよ。おれたちにとっちゃそれだけなんだからさ。ごめんな、こわかったんだろ?」
「……………」
返事もせず、ルックはぺたりと座り込んだ。
レイがそっと背中をさすってやると、小さな右手がレイの服の裾をぎゅっと掴む。
ああやって不当な扱いを受けてきているから余計に虚勢を張るのだが、本当はそんなものは強がりでしかないとレイとシーナにはもうわかっている。
すました顔で毒舌を吐きながら、実は泣き出したいのをこらえているだけだなんて、他の誰が知らなくてもちゃんと知っているから。
レイはもう一度背中をそっとなでながら笑った。
「ルック、行こ? あのねぇ、シーナがあたらしいおもちゃをもらったんだ。いっしょにあそぼ」
無邪気なレイの声。
ふと顔を上げたルックは、わずかに首をかしげて頷いた。
ばたばた、ばたーん。
「母さん、ただいまあ!」
シーナが体ごとぶつかるようにしてドアを開け、中に飛び込む。
手をつないでいたレイとルックがそのあとから飛び込んだ。
「…レイ、速い……」
あいた手を胸に当てて、ルックは大きく息をつく。
腕白なレイやシーナより、ルックは体力がないから。
「えええ? ごめん、はやかった?」
「まあ、ついていけなくはないけどね」
肩をすくめるルック、ふたりはまた視線を交わして笑う。
そこにぱたぱた、と音がして、奥からアイリーンが出てきた。
「まぁまぁ、レイくん、ルックくんもいらっしゃい。……あら、シーナ…レイくんも。ずいぶんとボロボロね」
「まーね、『めいよのふしょう』ってやつかな!」
えへんと胸を張るシーナ。
ルックがその陰でぺこりと頭を下げる。
レイは頭を掻きながら笑った。
「こんにちは、シーナくんのお母さん。…ちょっと、ケンカ、しちゃって」
「ケンカ? そう、元気いっぱいね。どうせふたりでケンカしたわけじゃないでしょう?」
「はい。ケンカ、って言うよりか、あれって乱闘っていうのかな」
「そーだよ、母さん、おれがレイにこんなことするわけないじゃん!」
そんな3人に、アイリーンは膝をついて同じ目線で笑いかける。
「そうね。シーナはレイくんもルックくんも大好きだものね」
「うん!!」
「じゃあ、3人とも、顔と手を洗っていらっしゃい。傷の手当てをして、少ししたらお昼にしましょうね。乱闘の後じゃ、おなかすいてるでしょう」
「わあ、母さん、おれ、ハムが入ったオムレツがいい!!」
「オムレツね。わかったわ。…レイくんとルックくんは?」
「あ、ぼく、チーズが入ったのがいい!」
「え? ぼく………」
ちら、とルックが目を上げる。
暖かい眼差しに囲まれて、ほんの少しだけ視線を泳がせた。
「……ふわふわの、なんにも入ってないの……」
アイリーンはにこりと笑い、ルックの頭をなでる。
「それじゃあ、頑張って作るわね。ほら、いってらっしゃい」
するとシーナがレイとルックの手を取った。
「では〜、手をあらいに、レッツゴー!」
シーナとレイの笑顔。
ルックもつられたように、ほんの少し笑った。
「……うん!」
アイリーンの作ったオムレツは、ふかふかしていてとても美味しかった。
ピーマンのオムレツも美味しいわよ、というアイリーンのセリフにレイが困った顔をしていたけれど。
泥だらけの服は洗濯をしてもらった。
グレミオが心配するから、とレイがつぶやいたからだ。
3人は日が暮れるまで遊んでいた。
ちっとも、飽きたりなんかしなかった。