Happy Halloween Third Season
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結局、シーナはそのまましばらく居着いてしまった。
両親もこの都にいるはずだが、会いに行くでもなければ帰る様子もまったくない。
時々鬱陶しいくらいに懐いてくるが別にそれもいつものことなので放っておく。
親善大使という立場上いいのだろうかと思う。
が、とけそうなくらい嬉しそうなシーナを見ると、なんとなくどうでもよくなった。
「……不思議なもんだよね」
「なにが?」
「だっておまえってさ、昔は女の子に声かけてないと即やる気なくしてたじゃないか。少しは落ち着いたってこと?」
「んー。遊びと愛は違うんだ」
「何ソレ……」
よくそんなセリフがさらっと出てくるもんだ。
呆れていいのか感心していいのか。
しかし、こんなふうに誰かといつも一緒にいることは、嫌いではない。
むしろ嬉しいと思う。
なので特に追い出しもせず、数日が過ぎてしまったわけだ。
すっかり自分の部屋のような顔でくつろぐシーナを部屋に残し、レイは階下へ降りた。
玄関では、グレミオがホウキを片手に掃き掃除をしている。
「あぁ、ぼっちゃん。今日は随分寒いですねー。いいお天気だから洗濯物を干していたんですが、もう冷たくて冷たくて」
にこにこと語りかけてくるが、ここのところグレミオの話題は輪をかけて家事に関することが多くなった。
マクドールの家でのんびりしているから、今は旅のことも戦いのことも考えずに済む。
それが話題にも影響しているのかもしれない。
もしかしたら今だけかもしれないけれど、今はそれでいいと思う。
「シーナくんはお部屋ですか?」
「うん」
「今日のお夕飯は何にしましょうかねぇ」
そうだなあ、とレイが腕を組む。
ちょうどその時、誰かが扉を叩いた。
おや、とふたりは顔を見合わせる。
「お客様ですかね。……はい、どちら様ですか」
がちゃ。
扉を開けたグレミオの手が止まった。
「おや。ルックくん」
「…え?」
グレミオの横からひょいと覗き込むと、たしかにグレミオの言うとおり。
いつもの法衣を着たルックがなんでもないふうに立っている。
「あぁ、久しぶり。寒くない、そのかっこで」
「久しぶり…。ここまで転移で来たから大丈夫だよ」
「そっか、とにかく入って」
まさかルックがここまで来るとは思っていなかったから、少し驚いた。
またシーナの先導でバイオスフィア城まで歩いていくのだと思っていたからだ。
暖かい家の中に入ると、やはり外は寒かったらしい、ルックは大きく息を吐く。
「あいつ……ここにいるんだろ?」
「ん? うん」
「だろうね。戻ってこないからそんなことだろうとは思ってたけど。まさか両親のところに行ってるはずもないだろうし」
「あはは……僕もそう思う」
それは予想できたことだ。
だからレイも何も言わなかったし。
「もしかしてアレでしょ。パーティのお迎えに来てくれた?」
「そんなところかな。でも本音で言えば、やかましいから抜けだしてきたんだけど」
「それもルックらしいね。えと……本番のお祭りはいつからだっけ」
「明日」
そういえば詳しい日取りをシーナから聞いていなかったことに今更気付くレイだ。
今年は数日間に渡ってやるんだとは聞いていたが。
しかし、明日?
ルックに転移魔法がある以上、当日でも間に合うはずだけれど。
ああ、とにこにこ頷いたのはグレミオだ。
「それでは、ルックくんも今日はお泊まりしていって下さいね。お出かけは明日でも間に合いますもんね。私の料理がお口に合うかはわかりませんが……。ゆっくりしていって下さい」
え、と思ったのはレイ。
ルックがお泊まり、なんて、イメージがなかったから。
だがルックはレイの驚きに反して、素直に頷いた。
「それじゃあそろそろ仕度しますから。買い物に行ってきますね」
グレミオがぱたぱたと厨房に走っていってしまうと、ふたりはどちらからともなく顔を見合わせた。
「なんか、少し意外だったかな」
「僕が泊まるなんて言うから?」
「それだけ向こう、やかましくなってるんだ」
「相当ね。あんなところにひとりでいるのは疲れるんだよ……」
溜め息。
レイは「あ」と思った。
そうか。
そういうわけか。
「あいつ、上?」
「僕の部屋でだらけてる。でもたぶん、そろそろ降りてくるよ」
言って、上を見る。
はたして、2階からドアを開ける音。
そして足音が廊下を駆ける。
それは階段の上で一度ぴたりと止まり、下を覗き込んだかと思うと転げ落ちる勢いで降りてくる。
「ルック〜〜〜〜vvv」
思いっきり抱きつこうとするその腕を、ルックはさらりとかわす。
が、相手もさるもの、避けられたと思うと踏み出した足を軸足にそのまま振り向き、今度は後ろからしっかり抱きしめた。
こんなときだけ身体能力の高さを披露しなくてもいいだろうと思うのだが。
ルックはあさっての方向を見て大きく息をついた。
「オレに会いに来てくれたの? オレに会いに来てくれたの?」
「そんなわけないだろ。レイを迎えに来たんだよ」
「えー、だって、ルック、石板から離れられないからオレが行けばいいって言ったんじゃん。オレは一緒に来たかったのにー」
「また去年みたいに直前にね。それをユウキが飛び出すのに気付いて慌ててひとりで出てったんだろあんたは。そのあとユウキは帰ってきたのにあんたは帰ってこないんだから。もう戻らないつもりかと思ったよ」
「いやだってせっかくここまで来たんだからどうせだったらレイと一緒に行きたいし」
「まったく……。僕は次第にやかましくなる城の中で我慢してたってのに」
人の家の玄関でこのふたりはいったい何をしているのだろう。
笑い出しそうになるのをレイはなんとか堪えることに成功した。
だって、それはなんだか……。
(なるほどね……。1日か2日くらいならルックも我慢できたんだ。でも、それ以上になっちゃうと、シーナがいないのに耐えられなかったってわけ? ルックってうるさいの苦手だけど、シーナがいれば平気なんだ)
出会った頃だったらそんなふうにルックが思うことは…いや、思っていたとしても人に悟らせることなんてしなかった。
それだけシーナにほだされているか、あるいは目の前にいるのがレイとシーナだけだから気を抜いているのか。
どちらにしても、ルックも随分丸くなったものだと思う。
「……何? レイ」
ものすごく鋭いのは変わっていないが。
「ううん。仲いいなと思って」
「はぁ? 僕が? こいつと? ありえないね」
「そうかなぁ。悪いことじゃないと思うけど。それとも……もしかしてさ、ふたりとも…なんか進展したの?」
「「!!??」」
とたん、ルックがシーナの腕をふりほどいた。
「な…レイっ!? 言うに事欠いて何を!」
「えぇやっぱバレる?」
「あんたは黙ってろ!」
「…冗談なんだけど」
「まさかレイがそんな冗談言う奴なんて思ってなかったよっ」
「いいじゃんかルックおめでたいことなんだからv」
「おめでたいのはあんたの頭だよ!」
「大丈夫だってー、心配しなくても、オレはレイのことも大切だもん〜」
「は? いいよ別に」
「も、ってなんだよ、『も』って!」
「ルックってばヤキモチ〜? 可愛いなぁもうvv」
「……風の魔法で切り裂かれるのがいい? それとも焼き尽くされるのがいい?」
「あああ、やめてルック、ここ僕の家なんだから!」
「えっ、家の心配? オレは〜〜??」
「「問題外」」
「ええええええー」