Happy Halloween Third Season
− 3 −

 というわけで。
 翌日、バイオスフィア城にやってきた3人だ。
 結局あんな感じで騒いだまま今日に持ち越したものだから、ほんの少し3人ともテンションが上がった状態だ。
 夜は夜で誰が同じベッドで寝るかもめたし。
 レイはなんでもいい、と言ったのだが、ルックはシーナとふたりは避けたいと断言するし、シーナはシーナでどっちかじゃなくてどっちもがいいなんて言い出すし。
 最終的にはジャンケンでレイとルックが同じベッドで寝たのだけれど。
 遅くまでそんなふうにバタバタだったせいで、レイは少し眠そうだ。
 けれど、ルックの転移魔法で一気に来られたのだからそのロスはよしとしよう。
 それよりも、またシーナの部屋にかけられた2着の衣装。
 やっぱり、2着か。
 シーナも相当説得しただろうが、レイとルックが「いやだ」と言い切ればそれ以上押せないのがシーナだ。
 実はルックは押しに弱いから、そこからさらに論理的に説得すれば意外に簡単に折れるのだろうが、無理強いさせたくはないらしい。
 そのふたりのやりとりはわりと簡単に想像できた。
 まあどうせこの祭に呼ばれた以上、こういうことになるだろうことは去年のケースから見て予想していたから今更驚く気はない。
 とりあえずでも一応は違和感を覚えているので、あえて目をそらして窓の外を見てみる。
 今年はまだ表からは見ていないが、窓から見ても既に黒とオレンジとに彩られた様子が見て取れた。
 本当にこの城、いつ戦争をしているのだろう。
 はたはたとはためく大きな黒いタペストリーにはカボチャのイラストと「Happy Halloween!」の文字。
 カボチャのランタンがあちこちで昼間から灯っている。
 見れば木々の陰にも重ねられた大きなカボチャ。
 カボチャ祭?
 何かの収穫祭のようにも見えるが。
「ほら、ほら、レイ〜。そろそろ着替えようぜv」
 嬉しそうなシーナが手招きをする。
 1着はやたらふわふわした白い衣装で、そばには細長い布がたたまれて置いてある。
 光沢があるものや透けるほど薄いもの、何種類かあるようだ。
 もう1着はぴしっとした黒の衣装。
 マントだろうか、表が黒で裏地が赤い布もある。
「まったく。僕は着ないんだから、僕が手伝うことないと思うんだけどね」
 言いながら、丁寧に吊された服を手にするルック。
 いや、本当に嫌なら手伝いもしなくていいのだと思うが。
 それに、転移魔法があるのだからどこへなりとも逃げられる。
 それでもここにいるということは、そういうことだ。
 レイとシーナだけではない、ルック自身もそう気付いているからあえて何も言わないけれど。
 とりあえずそういうポーズでもしておかないと、というルックの照れがそのセリフを吐かせているのだろう。
 もちろん、ルックもそこまでは思っていない。
 そこまで言ってしまってはまずいとどこかでストッパーをかけているのかもしれない。
「じゃ、レイはこっち。まずこれを着て、次にこれね。ひらひらしたのはその上。そしたらここの紐を縛って、そこにこれをはさんで…片方が長くなるけどそれで大丈夫だから。で、上着はこれ。ベルトは後ろで結ばなきゃいけないからそこまでできたら呼んで」
「え……あ、うん」
「シーナはこっち。わかってるだろ、適当に着といて」
「適当ってー」
 レイは目を瞠る。
 随分詳しく説明してくれるものだ。
 これは、ルックもなにがしかに深く関わっているらしい。
 そうでもなければこんなふうに説明なんてしてくれないだろう。
 聞くのが怖いので聞かないが。
(ええと…? まずはこれ……白のハイネックとズボン…なんか、ルックの法衣みたい)
 その上からスカートのような布、そこに黄色みを帯びた、透ける布を重ねるらしい。
 たしかに基本は法衣のようだ。
 重ねる上着はゆったりしていて、袖口が広い。
 色は白だが、去年の魔法使いの進化版なのだろうか。
「ルック…これ、袖長いよ。手が出ない。しかもこのひらひら、引きずるんだけど」
「ああ、それでいいんだよ。そういうデザインなんだ」
 ルックは頷いて、長い白の布を広げた。
 どうやらそれが上着の上から結ぶベルトにあたるようだが……。
「……後ろで結ぶの? ………リボンみたい」
「あんまり後ろがシンプルだと絵にならないからね。ボリューム持たせるためだよ。前のところにこの飾りを付けて…あとはこのケープだけど、ちょっと重いよ」
「!? 何ソレ、羽根?」
「うん。落ちないようにケープと上着とめてあるから、脱ぐときもひとりじゃできないからね。あとはこの薄い布…これを腕に掛けて。後ろでだいぶたるませる感じ。そうだね、そんなところかな」
 …………。
 わかってはいたが……。
 思わず絶句してしまうレイだ。
 ひらひらで。
 ふわふわで。
 金属の飾りの付いた羽根のある。
 真っ白の。
「あのさ、ルック?」
「なに」
「これのコンセプトって……何?」
「……『天使』」
 あぁ…。
 思わず頭を抱えそうになる。
 するとひとりで着替え終わったらしいシーナが振り向いた。
 こちらは片方の肩につけたマントをもう片方の腕に掛けるスタイルで、ご丁寧に剣まで腰にぶら下げた真っ黒な衣装。
「わー、レイっvv かわいーじゃんっ」
「ああそれはどうもありがとう」
 棒読みで答えて、今度は本当に頭を抱えた。
 そのままルックをちらりと見ると、我関せずの涼しい顔。
「…で、アレのコンセプトは?」
「あっちは、『悪魔』」
「……どうしてもペアなわけか」
「あいつが言い出したんだから、文句はあっちにどうぞ」
 これはお祭りだ。
 お祭りなのだ。
 ノリ勝負。
 しかたない。
 レイは大きく息を吸い込んだ。


 威勢のいいファンファーレ。
『それでは皆さん、今年も楽しみましょう。ハッピー・ハロウィ〜ン!!』
 城中に響き渡る、ユウキの明るい声。
 それまでしんとしていた城が、とたんにわっと湧き上がる。
 うんざりした様子で本を読み始めたルックを残し、レイとシーナは部屋を出た。
 今年も閉じこもったままで過ごすらしい。
 ふたりになら付き合うが、城中巻き込んでの大騒ぎには荷担したくないようだ。
 広間まで出た瞬間、目眩がしそうになる。
 なにせそこには人、人、人。
 既に果てしなくテンションの高い人々でごった返している。
「そりゃあルックは来たがらないよな」
「だよね……。これは無理でしょ」
 それでなくとも人が多い場所を嫌うルックだ。
 その全員がハイテンションだったら尚更だろう。
 楽しそうな喋り声で広間はいっぱいだ。
 これではどこに誰がいるのかわからないだろう。
 ……が。
 ふたりが階段の上にまで来た瞬間、その声がざわっというどよめきに変わった。
「え?」
 きょとんとするレイ。
 何やら注目されているようだ。
 わけがわからず辺りを見回していると、後ろにいたシーナがぼそりと耳打ちする。
「レイ、レイ。営業スマイル、どうぞ」
「ええ?」
 ますますわからない。
 しかしとりあえず言われたとおりに、解放軍リーダー時代に培った演技力でもってにこやかに微笑んでみせる。
 すると、広間からは歓声があがった。
 一部からは「きゃーっ!!」という悲鳴までも聞こえる。
「そりゃあそうだよなぁ、解放軍の若き先導者レイ・マクドールが天使様の装束で登場、だもんな。もとから人気高いんだから、女の子たちも騒ぐよなあ」
 振り向くと、何故か得意げなシーナ。
 にぃっと笑って、何故かレイの隣に並んで手を振った。
 また、「きゃー!!」の声。
 美形の天使様と悪魔騎士なんてあたりが一部の女子のハートを射止めたらしい。
「さ、降りようぜ」
「あそこに降りてくの、ものすごく度胸がいるんだけど……」
「大丈夫大丈夫。にこにこしてればオッケーだよ。なんせ、天使様vv なんだからさv」
 渋る天使様の手を、先に降り始めた悪魔騎士がそっと取る。
 まるでエスコートのような姿に、みたび黄色い声が響く。
 なんだか大変なことになったなぁ、とレイはつくづく思う。
 もちろん、さらにこれから大変なことになるのだが、さすがのレイもそこまでは予想していなかった。


 騒ぎの首謀者は、やはりこの人物だった。
 レイとシーナはリーダー様スマイルと過剰な演技(もっぱらシーナの方)が大ウケし、大勢の女の子たちに囲まれていた。
 どうやらレイも腹をくくったらしく、「ご立派なリーダー様」の応対でおしゃべりに付き合っている。
 シーナは「手が早い悪魔★」を気取って口説き文句を並べている……いやいつものことか。
 そこに、ふらりと現れた人物。
 レイの姿を見るやいなや、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「れっ……レイさんっっ!!!」
 はっと気付いたときには突進するばかりのスピードで走ってくる。
 いち早く勘付いていたシーナが、レイを抱き寄せてそれをかわす。
 きゃあぁあ、と女の子たちが黄色い叫び声を上げた。
 見事に空振った腕を伸ばしたまま、それはちろりと目線だけをあげる。
 カボチャがあちこちについた衣装のユウキ、だ。
 丈の短いマントや半ズボンのカボチャはまださりげなくてかわいらしいが、手に持ったカボチャ型のバケツと頭に被ったカボチャ人形がなんだか怖い。
 年を追うごとにおかしな方向にいってやしないか。
「…何するんですか、シーナさん」
「それはこっちのセリフだろ。オレのだーいじなレイが怪我でもしたらどうしてくれるんだよ」
「そんなヘマはしませんよ」
 突然バトルモード。
 レイは溜め息をついた。
 いったい何だってこのふたりは……。
 シーナの腕をほどくと、意外とすんなり離れた。
 おや、と思うが、それでもユウキが近付こうとするのをさりげなく阻止している。
(………困った奴だな、本当に……)
 まったく。
 レイをはさむようにして対峙するシーナとユウキに、取り囲んだ少女たちは輝いた目を向けている。
 このままではまたおかしな噂を流されてしまうことになりかねない。
「第一さ、なんなんだよ、おまえ、レイレイって。おまえの客人はレイだけじゃないだろ?」
「それは十分わかっていますよ。でも、レイさんはシーナさんのものでもないんですよ」
「いいや、そんなことないね」
「へぇ……?」
 なんなのだろう、この不穏な空気。
 嫌な予感がひたひたと背後まで迫ってきているのをレイは感じた。
「シーナさん。今日こそ決着をつけようじゃありませんか」
「いいねぇ、受けて立つぜ?」
「二言はありませんね?」
「もちろん」
「じゃあ…………クイズバトルで勝敗を決しましょう!!!」
「「はぁ!?」」
 さすがに、レイとシーナがハモった。



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