Happy Halloween Third Season
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ばたばたばた、廊下を走るやかましい音。
そのままシーナの部屋で本を読んでいたルックは顔を上げた。
あの足音……。
まだパーティは始まったばかりのはずだ。
なぜシーナだけが戻ってくるのだろう?
首を傾げるのとほぼ同時、ばたぁん、と派手な音をたててドアが開いた。
「? どうしたのさ。そんな息せき切って。レイは?」
「ピンチなんだ。軍主に奪われそうなんだよ」
「ユウキに? なんでそんなことになったわけ」
「それには話せば長くなるけど複雑で深い理由が」
「ま、単なるレイの取り合いなんだろ」
「……えーと。とにかく、ルックにも来て欲しいんだ」
「なんで僕が? ユウキとトラブル起こしてるのはあんただけだろ。僕は関係ないじゃないか」
「そうもいかないんだ、3対3のクイズで勝負なんだって。どうせあっちはアレ出してくるんだろうし」
「軍師か」
「たぶん。絶対オレひとりじゃ勝ち目ないし…。ルックだってレイが取られたらやだろ?」
「まったく、仕方がないお子様たちだね。無駄な労力を使うんだから……」
「ほら、ほら、ルック!」
「わかったよ……」
「みなさーーんっ!! お待たせいたしましたっ!! ハロウィンパーティスペシャルステージイベント、クイズバトル3on3のお時間がやって参りましたぁ!」
わああああ。
会場から大きな歓声が上がる。
料理勝負で使われる例の場所なのだが、やはりここも黒とオレンジと、奇妙な内装が施されている。
やたらきらきらしたステージの上はどうしちゃったんだというくらいに別世界。
一体これはどれだけ力を入れているのだろう。
ステージ奥、やたら豪奢な椅子に座らされたレイは、なんだか諦めの境地でその様子を眺めていた。
いくつもの石を埋め込んだ金の縁に赤いビロード張りの椅子は、クッションも厚く座り心地はいいはずだったが、精神的に針のムシロだ。
目の前ではミニスカートに小さな三角帽子の形の髪飾りで魔女っ子スタイルのナナミが楽しそうに司会を務めている。
解答者は3名ずつが両側に分かれ、ブースに座っている。
と、レイから見て右側のブースの中央に座ったルックと目が合った。
(……なんだってこんなことになっちゃったんだか)
とでも言いそうな、呆れ果てた顔で息をつく。
レイはそれに肩をすくめて返した。
どうしてこんなことになったのか…それはレイ自身が一番聞きたいことだったりする。
これもすべてイベントを盛り上げるための軍主殿の策略だったらどうしよう。
ふと思ってみると、それが真実なのかもしれないと思えてしまう。
(ええと? 西軍がシーナチーム、ね。ルックとテンプルトン……え、テンプルトン引っ張り出したんだ。なるほどね、地理的な問題にはめっぽう強いだろうし)
ちら、と今度は左のブースに目をやる。
(東軍…が、ユウキチームなわけか。ああ、やっぱシュウ軍師は出てくるか。だろうね。あと……カスミ? え? なんで?)
レイにとっては意外な人選だ。
やはり忍びというのは特殊な知識を持っているだろうからか?
隣から、溜め息。
そちらに目をやって、ちょっと笑ってしまったレイだ。
「……笑うな」
「ごめん。でも……すごいね、いつも」
「いつもって、恒常的なことみたいに言うなよ…」
「だって、去年よりランクアップしてるよ。毛皮のマントだなんて、僕の椅子と交換した方がいいんじゃない? 似合うよ、王子様」
「うるさい、天使様」
すっかりこの世ならざる場所を見つめてしまっている王子様……いや、フリック。
ここからでは見えづらいが、きっと会場にはものすごいドレスを着たニナがいて、目を輝かせながらこの青い色の王子様を凝視していることだろう。
半端なく王族チックな衣装は折りたたみ式の机と椅子にはどうも合わない。
そのミスマッチ加減がなにかコントのようだ。
机の前にはいかにもぞんざいな手書き文字で「解説」と書かれた紙が適当に貼られている。
「一体何をしたいんだユウキは? 本格的にやりたいんなら俺の扱いおかしいだろ……」
「……内装がものすごく凝ってる割にはそこだけ簡単だもんね。ここはやっぱり、狙ってやってるって考える方が自然だと思うよ」
「おまえから見てもそうか……」
ふたりで黒幕だと思われる黒衣の紳士を睨み付けてみる…が、どこ吹く風だ。
本当に、どうしてくれようあの軍師。
ステージ上では、クイズバトルが始まっている。
問題はナナミが読み上げる。
正解を発表するのもナナミだ。
シュウはやはり的確なスピードと正解率。
カスミの早押しのスピードはさすがというべきか。
テンプルトンもマニアックな地理問題に異様に強い。
ルックは早押しには決して参加しないが、書き問題では驚異の正解率。
東軍リーダーのユウキはナイスボケを繰り返す。
西軍リーダーのシーナもかなりコケるのだが、思ったより健闘している。
つまり、あの7人ですべて進行しているというわけで……。
簡単に言えば、舞台奥は暇だ。
することがない。
解説、になんの意味があるのか。
あえてそれにはつっこまないことにしたらしいフリックだが……。
さらにその向こうの奴はいったい何のために?
思ったのはどうやら同時だったらしい、レイとフリックは机の端っこに目をやる。
手書きの「実況」の紙が貼られた席。
そこにはくまがいる。
机に腕をついてそこに半分顔を埋めた、やる気のないくまが。
くま……もちろんアレだが。
茶色の毛玉のようだ。
「…暇そうだなビクトール」
「ん? まあ、暇は暇だな。やることがなんにもない」
「曲芸でもしてれば?」
「はっはっは。レイも言うようになったなぁ」
棒読みのセリフ。
すっかり目がうつろだ。
「今年はつかまっちゃったんだ。……着ぐるみ、似合ってるよ」
「おまえ、着るか?」
「僕は遠慮しとく」
「そうだよなぁ、おまえは綺麗系でシーナとカップルにまとまらないといけないもんな」
「……ビクトール? 狩るよ……?」
「あっはっは。やめてくれ」
遠い目トリオは、はああ、と大きな息をついた。
自分たちはネタの一環なのではなかろうか。
もはやそれ以外考えられない。
「両チーム、見事な接戦ですね! 頑張ってくださ〜い!」
「もちろんっ!! ………ナナミ、オレが勝ったらあとで遊んでくれな」
「却下で〜す、じゃ次の問題!」
あいつも必死なんだな、とレイはぼんやり思う。
冗談を言って場を盛り上げるのもあいつらしいけれど。
企画自体はありがちだし、動機も腑に落ちないが、へらへらした態度の中に時折真面目な横顔を覗かせる。
それが自分のためなんだと思うと溜め息をつきたくなる。
馬鹿だ。
あいつは本当に馬鹿だ。
(……そんなに必死になることでもないだろ。こんなことで決めなくたって……)
困った奴だ。