〜 Happy Halloween Fourth Season 〜
− 3 −

 そう決まれば話は早い。
 グレミオに話を持ちかけると、「喜んで!」と即答。
 やはりレイがひとりでイベントに出かけているのが淋しかったのだろう。
 いつまでもぼっちゃん離れができないのは困ったものだが、それがグレミオなのだからよしとしよう。


 グレミオはあちこちから本を引っ張り出してくると、机の上に広げて作戦会議を始めた。
「これはどうでしょう。こんなのもありますけど」
 ページを繰りながら生き生きとしゃべり出すグレミオ。
「……それは保存期間が。持ち運びのことも考えて、基本、乾物がいいと思うんだ」
 つい口を出すルック。
「そうですねぇ……やはりクッキーですか?」
「一番量稼げそうだけどね」
「かぼちゃのメニューにした方がいいですよね、せっかくのハロウィンですから」
「テーマはそこに置くにしても、味が一辺倒になるのもどう? たとえばだけど、リーフパイを葉の形に見立ててみるとか」
「あー、こんな形にして…ふむふむ。かぼちゃのクッキーと並べると面白そうですね。」
「大きいのを作って並べてみてもいいね。小さいので、アソートにするのも」
「かぼちゃとシナモンで」
「ココアパウダーが」
「タルトも意外と日持ちが」


 …………。
 あぜんと見守る、レイとシーナ。
 ふたりの頭の中には、どうしちゃったんだろう、という疑問がひとつ。
 珍しいとしか言いようがない。
 だって、あのルックが、お料理論議とは。
 言葉がみつからないふたりに気付いたルックが、ちらりとねめつける。
「…言っとくけど。後方支援に徹するって決めたから、だからね。僕の意思とは遠くかけ離れてることを忘れないでいて欲しいね。……暇なら、自分たちが着る衣装のことでも考えてれば?」
「ルックさんは……」
「パス」
「でしょうね……」
 商品ラインナップであれやこれやと議論が続く部屋を後にする。
 ぱたりと扉を閉じ、レイとシーナは顔を見合わせた。
「…まぁ。あの究極の人見知りなルックがあれだけやってくれてるんだから……オレたちもそれに応えなきゃならんでしょ」
「そこに関しては同意する。でも、衣装のことでも考えればって言うけど……」
「そうだな。今年はオレもまだ考えてないんだよな〜」
 うーん、とシーナは腕を組む。
 仕立屋に頼むにしても、案がなければどうしようもない。
「…そういえばさ、僕とはバラバラじゃダメなの?」
「や・だ。一緒がいい。ペアじゃなきゃやだ。カップルがいい。恋人同士がいい」
「そっかぁ……ってちょっと待った、何どさくさに紛れて都合のいいこと言ってるんだよ」
「だって普段はレイそんなふうにしてくんないじゃん」
「そりゃまあ当然」
「だから、そういう特殊な状況の時くらいはそういうのがいい」
「……言ってておまえ自分で情けなくならない?」
「ちょっと………」
 子供のようなワガママに、レイは少し笑う。
 これのどこが問題ばかり起こすナンパ男なのだろう。
 手が早いなんて噂を聞くが、早いどころか出会って何年が過ぎたことやら。


 しかし困った。
 衣装と一口に言うけれど、これがいいと言ってぽんと出てくるものかといえばそうでもない。
 オリジナリティに溢れたものを用意するとなれば、それなりに用意が必要になる。
 どうしたらいいだろう。
 ……ふと。
 レイが固まる。
 衣装……芝居がかった衣装……と、言えば……。
 いやいやいやいや、それは危険だ。
 限りなく危険だ。
「? どうしたんだよ、レイ」
「あ、ううん、別に……」
「なんかいい案でも浮かんだんじゃないの?」
「いい案……ではないと思う。ただ……ここには、一般的には目にしないような衣装を見ることができる場所が……あったり……するなぁと」
「……おぉ。そういえば、あるなあ」
 レイは遠い目。
 だがもしかしたらヒントくらいはあるかもしれない。
「どうしよっか。行ってみる?」
「相談だけ…してみようか…」





 家に戻ると、既に甘い香りが漂っている。
 柔らかな空気。
 その時ばかりは、重い荷物も少しだけ軽く感じる。
「あぁ、おかえり……ってなんだよふたりとも、その荷物」
 厨房から顔を覗かせたルックは、レイとシーナがふたつずつ手に提げる荷物に不審げに目を留める。
 たしかにそれぞれがボストンバック軽くひとつはありそうな荷物は、不審そのものだろう。
「それがー」
 シーナは乾いた笑い。
 その後をレイが継ぐ。
「実は、衣装の相談に行ったんだよね。相談に、なんだけど」
 荷物とふたりの顔を見比べ、ルックは勘付いたように何度も頷いた。
「なるほどね。勢い余って行っちゃったわけだ。……『花将軍』の所に」
「「はい……」」
 仮装の衣装には、たしかに事欠かないだろう。
 今は現役の仕事は引退しているとはいえ、衣装と花のコレクションに関してはまだまだ健在らしい。
 いったいなんの衣装を借りてきたことやら。
 これは本番が見物だな、とこっそり思うルックだ。


「そういえば、お客が来てるよ。シーナ、あんたに」
「え? オレ?」
 レイにではなくて?
 振り向くシーナにレイも首を振る。
 客があるだなんて聞いていないし、第一シーナがここにいることを誰か知っていただろうか?
 不思議そうに首を傾げたシーナだったが、ルックの後ろから出て来た姿にぎくりと体を強張らせた。
「久しぶりね、シーナ。レイさんも」
「げっ、おふくろ……」
「アイリーンさん?」
 驚いたのはレイも同じだ。
 ここにシーナが来ていることは知らないはずだったのだが、と改めて思う。
 しかし目の前で笑う美女は間違いなくアイリーンだ。
 笑う目元や、夏の陽射しのような金色の髪がシーナによく似ている。
 おそるおそる、シーナはあたりを窺う。
「ま、まさか、親父も…?」
「大丈夫、レパントは来てないわよ」
「ああ、それなら……」
 説教を喰らうことはない、と言うことか。
 盛大にシーナは息を吐いた。
 どうやらアイリーンは市場で大量に粉を買い込んでいたグレミオに偶然出会い、それでこのお菓子作り大会を知ったと言うことらしい。
 そこに、玄関のドアが鳴った。



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