〜 Happy Halloween Fourth Season 〜
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 さて。
 とうとう当日だ。
 花将軍イチオシの衣装が入ったケースの中身を初めて見たルックは開口一番、
「これはまた……」
 そう言ったきり口を閉じる。
「いやルック、せめてそこはつっこんでよ」
 今更ながら若干後悔気味のレイが弱々しく言う。
 既に開き直っている(というかノリノリな)シーナは早速衣装を広げる。
「まあねー、なんていうか……きらびやかだよな。目立つぞー、これは」
「悪目立ちじゃないといいんだけど……」
 手触りのいい大きな帽子をためつすがめつし、綺麗な羽根飾りを調え、レイはぱふっとそれを被る。
 シーナは思わず息をのんだ。
 真紅に黒の縁取りが、レイにものすごく似合ったから。
「…いいじゃん。レイ、すごく似合うよ!」
「えー…。そうかなあ」
「うん、うん、いい〜。早く全部着てみてよ」
「ほんとに?」
 帽子を取ると、床にぺたんと座り込み、衣装を引っ張り出すレイと、嬉しそうに横目で眺めながら上着を脱ぎ始めるシーナ。
 ルックは呆れたようにその様子を眺めていたが、つい堪えきれずに、
「……何カップルみたいな会話してるんだよ……。はあ……」
 溜め息をつく。
 ぎょっとしてレイがルックを仰ぐ。
「ちょ…カップルって」
「あ、ルックにもそう聞こえた? なんか彼女の服買いに来たカップルの試着シーンって感じだったよなーv」
「別に僕はそんなつもりなかったし…っ、ルック〜〜っ」
「ほらほら、早く着替えないと。時間ないよ?」
 小さく笑い、ルックはレイにブラウスを手渡す。
 しぶしぶ受け取ったレイは、上着のボタンを外しにかかった。
「…ルックもさ。結構僕をからかって楽しんでる節がない?」
「ないとは言わないよ」
 ルックの小さく笑う顔。
 3人でいるときだけの、コドモのやりとり。
 それが、こんなに心を温かくする。
 心を飾り立てなくていいことが、どれだけの重さを軽減してくれるのか。
 いつの間にか、それを知っていた。
 人と人とは違う存在だけれど、時折重なり合うような心地よさを感じることがある。
 きっとそれはこんな時間の中にあるんだろう。
 その時間を誰もが口には出さずに実感している。


「……これをこっちで結んで……はい、これでいいよ」
 そうして、ルックの手伝いを受けてレイとシーナの出で立ちが完成した。
 真紅の衣装に真珠とルビーの飾り、珊瑚色の羽根飾りがレイ。
 深緑の衣装に琥珀とエメラルドの飾り、翡翠色の羽根飾りがシーナ。
 対になった衣装は、……海賊の船長。
「ねえ、シーナ。海って見たことある?」
「見たことだけなら」
「僕はまだなんだよねー」
 …それなのに海賊、とは。
 つっこまない方がいいのだろう、きっと。





 ぷつん、と音響のノイズが走り、のほほんとしたファンファーレが鳴り響く。
『みなさ〜ん、お待たせしました!! あと10分で今年度のハロウィンパーティを開始いたします。一緒に楽しんでいきましょう!』
 ユウキの声だ。
 珍しそうに剣を抜いて眺めていたレイは、それを鞘に収める。
「はー。……目立ちませんように」
「まあ無理だと思うけどなー。大丈夫だって、レイ、すっげ似合ってるってば!」
「でも、海賊がお菓子売るのって似合うの?」
「………。それは、ちょっとな」
 3人は顔を見合わせた。
 海賊なら略奪とかなのではないのだろうか。
 それが、お菓子を売ると言うのだから。
「いいんじゃないの。仮装なんだし。そんなところまでリアリティ求める必要ないだろ。せいぜいそのギャップで売り上げ稼いできなよ」
 肩をすくめながら、ルック。
 それにしてもちょっと妙な感じがするのだけれど。


 シーナは、まだ怖じ気づいているらしいレイの肩をいきなりがしっと抱いた。
「! 何すんだよ」
「だーいじょうぶvv そうやって不安がるレイもイイけどっ。前回も前々回もやってるんだから、ね?」
「……たしかにそう言われれば……そうなんだけどさ」
「でしょ? 問題ナッシ〜ング、さ、行こう。ルックはどうするの? ここで待っててくれる?」
 なにやら淋しげに上目遣いでシーナが問う。
 毎年、途中までは手伝ってくれても、一緒に来てくれることはなかったから。
 だから今年もそうなんだろうと思った。
 けれどルックは少し考えるようにしてから、言った。
「……行くよ」
「えっ!?」
「中も騒がしいからね。裏のテントの方で本でも読んでるよ。それでもいい?」
「いい! それがいい! 一緒がイイっ!!」
 ね、レイ!
 問いかけるシーナの笑顔は弾けんばかり。
 腕の中のレイは、目の前のはしゃぎっぷりに思わず吹き出した。
「そうだね。一緒がいい。僕もそう思うよ」





 昨日のうちに用意したテントに着く。
 あれからこつこつ作業したおかげで、急拵えにしてはそこそこ見栄えがいい。
 一体どこから集めてきたのか、コンパスやロープ、酒樽に小さな宝箱にランタンに操舵輪……そんなものが「それっぽい小物」として飾られていた。
 それだけで紫紺に囲まれた空間は、立派に『船長室』に見えるからなんとなく不思議だ。
 そこまででも雰囲気は十分なのだが、そこにレイとシーナがいる。
 戸惑い気味なレイにしても、ルックの目からはしっかり似合っているように見えたし、ぴしっと装飾の施された衣装はレイの持つ聡明さやカリスマ性、近寄りがたいような威厳さえ感じさせる。
 やたらはしゃぐシーナは言わずともがな、きちんと着込む衣装は普段のだらけた服とは真逆だが、これが意外によく似合い、かえってシーナ本来の自由奔放な明るさを際立たせている。
 なんだ、あのセンスはどうかと思ってたけど実はちゃんとした見立てもできるんだ、とミルイヒご推薦の衣装にいまいち信頼が持てていなかったルックはこっそり思った。


 ルックは早々に奥のテントに引っ込み、レイとシーナは木箱に麻布をかけたテーブルに商品を並べる。
 しっかりそれっぽい雰囲気に対し、セロファンで包まれたそれはやはりずいぶんと可愛らしい。
 でも、いいのかな、とレイは思う。
 これで置いてあるモノまでが略奪品の闇市のようだったら、ちょっと入り込みすぎだろう。
 ルックの言うとおり、このギャップでちょうどいいのかも知れない。
 そうこうしているうちに、2度目のファンファーレが鳴る。
 今度は少し長くて、派手なファンファーレ。
 さぁ……祭の始まりだ。
 ぽん、ぽぽん、と煙だけの花火があがる。
(………わぁー…。これは目立つね……。ハイランドの軍が来ちゃったらどうするんだろう)
 眺めながらレイはつい考えた。
 こんなときにそんなことを考えてしまうのは悪い癖なのか、それとも真っ当な神経だと言うべきか。
 きっと後者なのだろうけれど、まぁ何とかなるかと思い直してみる。
 この軍にはあの大した性格の軍師がいる。
 いざという場合に備えてなにがしかの策は調えてあるのだろう。
 そう思っておこう。
「さぁ、お客さん来たぞ〜」
 嬉しそうなシーナの声。
 レイは小さく息を吐いた。



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