〜 Happy Halloween Fourth Season 〜
− 6 −

 ザ・大盛況。
 一度人目に触れてから話題になることの、まあ早いこと早いこと。
 最初に現れたのはメグとテンガアールで、
「すっごい!!」
「やだ似合う!!」
 騒ぎ出したので、あっという間に噂になってしまったようなのだ。
 そう言うメグは黒いひらひらのドレス、テンガアールは魔女っ子スタイル。
 後ろには狼男に扮したヒックスがいたのを意識してわざとシーナが身を乗り出す。
「そういうふたりだってすっごく可愛いカッコしてるじゃん? オレ略奪しちゃっていい?」
「お断り〜」
「ボクも同じくっ。それに、凄い魔女のボクに勝てるわけないでしょ。ヒックス、やっちゃってよ」
「えっ……僕が…?」
 レイは接客しながらそれを肩越しに聞き、とても可愛らしい会話だと思う。
 何年経っても初々しいカップルだ。
 …もちろん、「可愛らしい」の中にシーナは入っていないが。
(それにしても…テンガが魔女、ね。……あながち間違ってないところがなぁ…)
 実際、そうだったりするではないか。
 ルックに聞いたところによると、ハロウィンは悪霊たちを追い払うために悪霊と同じ姿をして対抗した、というところから来ているらしい。
 それが色々な仮装に発展したことはさておき、紋章やら魔法の飛び交うこの場所では仮装の意味がはたしてあるのかどうか。
 そんなところもツッコミどころになっている気がして、楽しい。


 今レイの目の前では、近隣の街から来たのだろう、小さな子供が並べられたお菓子を手にとって迷っている。
 こういう姿が見られるところも嬉しいところだ。
「お兄ちゃん、これ、下さい」
 クッキーの詰め合わせを指し、握りしめたコインを背伸びしながら差し出す。
 レイは笑って、それを受け取った。
「ありがとう。はい、どうぞ。気を付けて持って帰るんだよ」
「はぁい!」
 小さな袋を手にした子供の、満面の笑顔。
 いいなあ、と思う。
 そうだ、こんなふうにものを売るのも悪くない。
 自分たちで作ったものや採ったものを、細々と売りながら歩く。
 争いもなく、ただ、穏やかに。
 笑って一緒に歩きながら。
 こんなふうに。
 それが出来たら……どんなによかっただろう。





 寄せる人の波は、収まることがない。
 客層の殆どは若い女性、時々子供の姿もある。
 女性たちの中でも、半分はお菓子が目当てのようだが、残り半分はきゃあきゃあと騒ぎながら店内を覗き込んだりレイたちに話しかけてきたりする。
 だから会話を楽しんだりすることもないわけではないが、いつしか接客に追われていた。
 ふと見ると、シーナも笑っていたから、きっと楽しんでいるのだろう。
 こんな夢中も悪くないな。
 笑んだ時、向こうから何かがやってくるのが見えた。


 何か、だ。
 正体不明の物体。
 それが一目散にこちらにやってくるから、それで何となく察しがつく。
 察しはつくが………。
 全身グルグル巻きの包帯、顔には2、3重にしか巻いていないから何とか顔の判別はつくものの、十分正体不明だ。
 魔物と間違われないとも限らないレベル。
 それはあっという間にテントに辿り着き、中に潜り込んでくる。
「レイさんっ! わぁ、すごいですね、似合いますよ!」
「…ありがとう。ユウキは、それ、透明人間…?」
 大丈夫なのか、これは。
 不審者扱いされても無理はないと思うのだが……。
 しかしユウキは悪びれた様子もない。
「はい! わかりやすくて面白い仮装はないかなって、ナナミと相談したんです!」
 そこでようやく、女の子たちにケーキを売ったばかりのシーナが気付いた。
「あっ、こら、ユウキ! 勝手にオレたちのプライベートスペースに入って来んなよ」
「いいじゃないですか。僕が一番の責任者なんですから」
「営業妨害っ!!」
「邪魔はしてないです。ただレイさんといるだけですよ」
「レイはたーいせつ、な、パートナーなんだけどなぁ? 売り子の仕事妨害したら営業妨害だろうが」
「ちょっとだけだからいいじゃないですか」


 やれやれ。
 またか。
 でも、本当にお客はたくさん来てくれている。
 営業妨害とまでは言わないが、お待たせするのは悪いなと思って視線を返すが……。
 どういうことだろう。
 商品を見ている客もいるが、シーナとユウキの子供っぽいやりとりをうっとりと眺めている女性客も随分いる。
(……?)
 なんだ?
 包帯男と海賊の喧嘩が面白いのだろうか。
「僕のことは気にしないで下さい。透明人間なので。見えないんです」
「そうは行くかっ」
 シーナが、ユウキの後ろにいたレイの腕をぐいっと引き、シーナの後ろに回らせる。
 よろけたレイは思わずシーナの腕にしがみつき、シーナがそっとそれを支える。
 別に、それが特別なこととは思わない。
 シーナはこんなふうにレイをフォローしてくれることが、今までだって何度となくあったから。
 それに、今口を出しても仕方ないので、ふたりのやりとりが飽きるまでもう少し待ってみようと思って特に抵抗を示さなかっただけだ。
 なのに。
「きゃーっ!!!」
 女性客の中から歓声が上がった。
 ……は?
 一体なんなんだこれは。
 いまいち状況がつかめないレイだ。


「うるさいな……」
 小さなつぶやき。
 誰もがはっとしてそれが聞こえたテントの奥に目をやる。
 ぱさりと奥の布がめくれ、ルックの顔が覗いた。
 驚いた様子の観衆。
 だろう、ここに、こんなやかましい場所にルックがいるだなんて誰も思っていなかったはずだ。
 しかし知っていたレイとシーナはともかくとして、ユウキだけが動じない。
 そのあたりは大したものだと言うべきか。
 にこり、と笑って、
「あ、ルックさんこんにちは。僕は今透明人間なので、見えないことにしておいてください」
 と告げた。
 集まった客たちはさらに驚く。
 あのルックに対して、そんな冗談のような物言い。
 ヘタな言葉をかけると何倍ものトゲ付きの台詞で返ってくることで有名なルックに。
 テントの外ではどんな毒舌が返ってくるのだろうと息をのんでその様子を見つめる。
 だが、そんな大人物のユウキに、ルックは一言。
「透明人間かもしれないけど、包帯巻いてたら見えるよ」
“…………たしかに”
 これは、その場にいたルック以外の誰もが心の中で呟いた台詞。
 ユウキとルックとでは、ルックの方が一枚上手だったようだ。
 どうやらこの勝負は、ユウキの敗戦ということで片が付いたとみていいらしい。
(…………いやそれ以前にいつの間に戦いになってたんだろう)
 レイは、そんな当然の疑問をぼんやりと考えていた。



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